ものづくりの町が作る「空に浮く靴」 

大阪特派員 木村さやか

2025年大阪・関西万博でのお披露目を予定している宙に浮く靴のイメージ(株式会社リゲッタ提供)
2025年大阪・関西万博でのお披露目を予定している宙に浮く靴のイメージ(株式会社リゲッタ提供)

2025年大阪・関西万博開幕まで半年を切った。目玉になると期待された空飛ぶクルマは残念ながら日本初の商用運航が見送られ、デモ飛行に。ならば宮崎駿監督のアニメ映画「風の谷のナウシカ」に登場する「メーヴェ」をモデルにメディアアーティストの八谷和彦さんが開発した小型飛行機が飛んだりしたらいいな…と思っていたら、面白そうな企画があった。「空中に浮く靴」である。

「大阪ヘルスケアパビリオン」に府内の中小企業が共同出展する「未来のファッション」の一つ。開発を進めるのは大阪市生野区の靴メーカー「リゲッタ」だ。社長の高本泰朗(やすお)さん(48)は「万博開催が決まったときから、めっちゃ絡みたかった」と語る。

「浮く靴」は、リニアモーターカーに使われる超電導技術を活用する計画だ。ただ、「硬いアスファルトと対話できる靴」として社名のブランド靴を製造販売してきた高本さんは当初、企画に対して「空中に浮いたら歩かれへんやん」と心の中でツッコミを入れ、冷めていたという。中高生だった息子たちに「おもろいやん! 履いてみたい!」と言われ、「『俺はいつの間にこんなおもんない大人になってたんや!』って目が覚めた」そうだ。

「リゲッタ」はころんと丸いつま先とかかとが特徴的なコンフォートシューズ。平成17年に誕生し、現在は国内約500、海外約30の店舗で販売され、来年には累計販売が1千万足を突破する見込みの人気ブランドだ。実は、細分化した製造工程を地元の約150業者に発注、約400人の職人が携わって作られている。「アウトソーシングといえば聞こえはいいですけど、そんな近代的なもんとちゃいます」と高本さんは笑う。

生まれ育った生野区は、大阪市内で最も多い1900軒近くの製造業事業所がある「ものづくりの町」で、今も狭い路地に小さな住居兼工場がひしめく。製品は先代の父の時代と同じように、職人さんの手から手へと町中を回って完成する。文字通り「町全体が工場」なのだ。

裁断職人だった父は、靴メーカーの下請けとして地場産業のサンダルを家族経営で受注生産していた。高本さんは高校卒業後に東京の靴専門学校に進学し、神戸・長田で3年間修業。23歳で父の会社に入ったが、会社は「下請け切り」で売り上げゼロの危機的状況に。「何とかしたい」とデザインや営業に奮闘した。

だが、展示会に出展するとすぐに安価なコピー商品が出回って利益が出ないという状況に陥り、頭を抱えた。「海外で作ればまねされない値段でオリジナルの靴が作れる」とも考えたが、父に相談すると「お父さんは生野が忙しい方がいい」。玄関の引き戸を開けた先に作業場がある職人さん宅を回ると、家族の暮らしが肌で感じられる。「作り手の顔が見える関係って、大変です。『仕事ないねん』では済みませんから」

生野で作り続ける覚悟を固め、起死回生をかけたのが「ブランド化」。日本伝統の下駄(げた)の機能を取り入れ、指先の動きと連動した「着地」と「けり出し」を重視したリゲッタを発表した。名前の由来は「下駄をもう一度」。4980円と安くはなかったが、展示会に出すと量販店から約7千足の注文が入った。ブランドは驚異的なスピードで認知され、販路は海外にまで広がった。

23年に父から継いだ会社は、家族経営から115人の従業員を抱える株式会社に。新卒採用を始め、職人の高齢化と後継者問題に備えて自社工場も設けた。会社は新たなステージに立ちつつある。

半世紀以上前の1970年大阪万博を体験した父が亡くなって10年。「万博は良かった。俺は貧しい中卒やったけど、それでもあの時は希望しかなかったぞ」と父が目を輝かせていた万博を、自分が今、創り出す側にいることにわくわくしている。「浮く靴」開発でこだわっているのは、経営理念と同じ「楽しく歩く人をふやす」ことだ。

バロメーターは子供たちの「おもろいやん!」。けり出すと「ボヨン」と弾むような感覚が体感できる仕組み作りを模索中だという。ものづくりの町の、プライドをかけて。(きむら さやか)

=次回は11月15日掲載予定

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