公に目にする記者会見の裏で、ときに一歩も譲れぬ駆け引きが繰り広げられる外交の世界。その舞台裏が語られる機会は少ない。ピアニスト、ワイン愛好家として知られ、各国に外交官として赴任した大江博・元駐イタリア大使に異色の外交官人生を振り返ってもらった。
西側結束、プーチン氏も想定外
《イタリア大使として赴任してから約2年後の22年2月、ロシア軍が突如、ウクライナに侵攻した。イタリアとロシアの関係を注視した》
イタリアはエネルギー面でロシアへの依存度が強く、ウクライナ侵攻が始まったとき、ドイツと同様に天然ガスの7割近くを依存していました。露軍侵攻を受け、ロシアに対し強い立場をとれるか心配しましたが、イタリアはドイツとともに、北大西洋条約機構(NATO)のメンバーとして一枚岩となり、対露制裁に加わった。プーチン露大統領にとっても想定外だったと思います。
ロシアへの肩入れ、不可能
ロシアからの天然ガス輸入をパイプライン経由で行っていたドイツと違い、イタリアは短期間で供給源の多角化を実現。あっという間に、天然ガス依存度を20%以下に下げました。ウクライナ支援で全くぶれなかったドラギ首相から、ロシア寄りと言われたメローニ首相が同年秋に就任したとき、ウクライナ支援政策が変わるか懸念しましたが、蓋を開けると、そうはなりませんでした。メローニ氏をしても、国内の雰囲気がロシアに肩入れできるような状況ではなかったのです。
安倍晋三元首相を含め多くの方から、ウクライナ支援など諸政策に変化があるかどうか聞かれました。私はメローニ氏の政策はドラギ氏時代と一緒だと思う、と説明。一方で、「コロナ禍とウクライナ戦争で経済的影響を大きく受けているイタリア経済を立て直すには、欧州連合(EU)からの支援を受けることが必須だ。ただ、欧州中央銀行(ECB)の総裁も務め、EUと太いパイプがあったドラギ氏と同じようにできるか分からない」との分析を伝えました。
議会襲撃「本当に恥ずかしい」
《トランプ米政権下の駐イタリア米大使は、共和党支援者のアイゼンバーグ氏だった》
すごく立派な方でした。21年1月の「米連邦議会議事堂襲撃事件」が発生したとき、彼はローマ駐在の各国大使に対し、「私は常に共和党支持者だが、今回の事件は本当に恥ずかしい。トランプ前米大統領に代わり、皆さんに謝罪したい」とのメールを送りました。
彼の送別会をイタリア外務省が主催したとき、彼と仲の良い数人の各国大使が呼ばれました。それぞれトランプ氏を批判する発言を繰り返す中、アイゼンバーグ氏は「大江大使はどう思うか」と振ってきた。私は「はっきり言って、トランプ氏はメチャクチャなところがある大統領だったと思う。ただ、トランプ氏が10年早く大統領に就いていれば、中国や北朝鮮の軍拡路線を止められたかもしれない。今からでもまだ間に合うかどうかは自信がない」と述べました。アイゼンバーグ氏は〝わが意を得たり〟という表情で頷いていました。
〝ウクライナ支援疲れ〟を懸念
バイデン米大統領は目下、中国に厳しい政策をとっています。ただ、副大統領だったオバマ政権時代は親中と言われていました。今、彼が中国に対して厳しい政策をとっているのは、米議会が中国に厳しい立場をとっているからです。
今秋には米大統領選が実施されますが、そういう意味では誰が大統領に選出されようと、対中政策は大きく変わらないと思います。
より心配なのは、ウクライナ支援に変化があるかどうか。というのは、米議会の中にウクライナ支援疲れが強く出ているからです。米国のウクライナ支援に変化があったとき、ウクライナ戦争で経済的影響をより大きく受けている欧州が強い立場を維持できるか問われることになる。これは、世界の平和と安全に大きな影響を与える問題だと思います。
(聞き手 黒沢潤)=終わり
〈おおえ・ひろし〉1955年、福岡市生まれ。東京大経済学部卒。79年に外務省入省。国連政策課長、条約課長などを経て、2005年、東大教授。11年にパキスタン大使、16年に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)首席交渉官、17年に経済協力開発機構(OECD)代表部大使、19年にイタリア大使。現在は東大客員教授、コンサルティング会社「神原インターナショナル」取締役などを務める。