大阪市内の繁華街から20分ほど歩いた場所に建つ雑居ビル。鉄扉の奥に続く細い階段から2階に上がると、ドアの向こうから年配とおぼしき男性の軽妙な語り口が聞こえてくる。
「後継者不在の寺が売りに出されていますよ。法人格と本堂、敷地込みで1億8千万円」
事務所で来客と向かい合う男性は、宗教法人の売買仲介を手がける河村哲郎氏(63)=仮名。まるで不動産営業マンのように、宗教法人を購入するよう持ち掛ける。
河村氏のようないわゆる「ブローカー」のもとを訪れるのは、何も宗教関係者に限らない。資産家や実業家、暴力団関係者に至るまで素性は多岐にわたる。
宗教法人を手に入れれば、宗教活動で得た収入や礼拝施設には課税されないなど税の優遇措置が受けられる。収入が一定額を超えなければ、収支報告も不要だ。事務所を訪れる者の中には制度の悪用を目論み、「『マネーロンダリング(資金洗浄)のために宗教法人がほしい』と平然と語る客もいる」。
買収した宗教法人に多額の「お布施」を納めることで相続税の〝節税〟を図ろうと、町工場をグローバル企業に育てた経営トップの関係者が姿を見せたこともあった。建設業者が事業で得た数千万円の裏金を隠そうと、相談に来るような話は枚挙にいとまがない。
宗教法人法に売買を禁じる規定はないが、文化庁は宗教活動以外の目的で法人経営に関与すれば現行法の趣旨にもとるとし、法人売買を「脱法行為」と位置づける。法人を所管する都道府県側にも注意を促すが、表通りに面した事務所の窓ガラスに堂々と「宗教法人売買仲介」と掲げる河村氏は、こう高をくくる。
「この商売をやめるように行政から指導を受けたことは一度もない。売買自体は違法ではなく合法だからだ」
中国人投資家も触手
《人気神社を入荷しました》《土地建物付きで2億4000万円》-。宗教法人ブローカーの河村哲郎氏(63)=仮名=が運営するウェブサイトには、非公然の「闇市場」で売りに出された宗教法人が紹介されている。文化庁が法人売買をいくら「脱法行為」とみなそうが、現行法上は違法ではなく、サイトの内容にも後ろめたさはうかがえない。
《収入が年間8000万円までなら、帳簿を作る義務もなく、税務署へ申告する義務もありません》《税務署には申告書が来ないので、その宗教法人は、何に金を使っているのか把握することはできません》
法人買収のメリットを説明する部分には、税務署対策を強調するような文言が並ぶ。宗教法人法などによると、確かに収益事業をしておらず、宗教活動上の年収が8千万円以下であれば帳簿の作成義務はない。
宗教法人は、そもそも宗教活動による収入に課税されず、税務調査の対象になりにくいようだ。ある国税OBは「お守りをいくら授与しようが、お布施がいくら入ろうが、宗教活動の名目さえあれば収入に課税できない。調査対象は基本的に、駐車場経営など宗教活動と別の事業をしている法人に限られる」と明かす。
こうしたメリットに目を付け、宗教法人を悪用した脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)などを狙う一味が、ブローカーと商談を進める。投資家とみられる中国人グループが、買収に興味を示して連絡してきたこともあった。河村氏は「不正を唆してはおらず、少なくとも私は法的に何ら問題はない」と言い切る。
相場3千万~5千万円
闇市場での宗教法人の取引相場は、複数のブローカーによれば法人格だけでおおむね3千万~5千万円。地方より都市部が高い傾向にある。これに本堂や敷地といった不動産の価格が上乗せされる。
法人格の売買は通常、法人トップの代表役員の地位が対象となる。買い手が売り手に合意額を支払い、さらにブローカーに5~10%程度の仲介手数料を支払った上で、買い手側の新たな役員を登記すれば売買は完了する。
ただ、脱法行為に過ぎないとはいえ売買が表沙汰となれば、行政側が問題視する可能性はある。だから「売買は極秘裏に行われる。顧客の秘密は守らなければならない」(河村氏)。
非合法活動で得た「アングラマネー」を扱う暴力団にとっても税が優遇され、帳簿作成も不要な宗教法人は使い勝手がいい。関西で霊園経営にも携わる宗教法人ブローカーの西山春志氏(59)=仮名=のもとにも、時に暴力団関係者が相談に訪れる。「指定暴力団の元幹部がある寺の法人格と不動産を得ようとしたこともあった」。
永岡桂子文部科学相は2月上旬の国会で、宗教法人が反社会的勢力の支配下に入るなどした場合、宗教法人法81条1項5号に基づき解散命令の対象とする方針を明らかにした。だが、宗教法人を所管する都道府県側は人員不足で、常に監視の目を光らせるような余裕はない。ある県の担当者は「法人が暴力団に乗っ取られたとしても、解明はほぼ不可能だ」とこぼす。
そもそも暴力団関係者が直接、法人の役員に名を連ねることは極めてまれだ。西山氏は「普通は(暴力団は)別の人物を代表役員に据えて裏で法人を支配する」とし、暴力団の尻尾を捕まえるだけでも実に至難の業だと打ち明ける。
「独立」系が標的に
逆に、どのような宗教法人が売買の標的になりやすいのか。河村氏によると、宗派(包括宗教法人)に属さない仏教系の「単立宗教法人」が多いとされる。宗派の末寺(被包括宗教法人)などでは、代表役員の交代や資産の処分に宗派の承認がいちいち必要になるからだ。
単立法人の中でも狙われやすいのが、後継者不在や信者離れで休眠状態に陥り、世間による監視の目が緩い法人。活動実績のない法人は解散命令請求の対象となる「不活動宗教法人」に認定されるが、全国3千超の不活動法人のうち、令和3年に解散命令請求に至ったのはわずか6件だった。
休眠状態の法人が売買されると不正や犯罪の温床になるのに、整理されず放置されているとして、2月の国会で政府が追及された。
危機感を覚えた文化庁は3月末、連絡がつかなかったり、書類報告を怠ったりした法人を直ちに「不活動宗教法人」と認定し、自主解散などに応じなければ、速やかに裁判所への解散命令請求に踏み切るという新ルールを策定した。
ただ、国は解散命令のハードルを下げつつも、売買を法規制するまでには至っておらず、法人売買の抑止に実効性を伴うかどうかは未知数だ。
ある宗教関係者は、法改正に踏み切るのが困難な背景として、後継者不足に悩む寺の住職が一族以外に禅譲するケースを挙げる。
「寺の庫裏(住居部分)が法人所有であれば、前任の住職は禅譲後に寺を去らなければならない。法人の売却益はいわば『退職金』だ。売買が一律に禁じられたら、住職たちが老後に路頭に迷ってしまう」
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国内に約18万ある宗教法人。このうち休眠状態や経営難に陥った法人を主な標的に売買が横行している。税優遇措置を悪用されるケースなどが懸念されながら、売買自体は宗教法人法で禁止されておらず、文化庁も脱法行為と位置づけるに過ぎない。事実上の「無法地帯」で繰り広げられる売買の実態を追った。(「宗教法人法を問う」取材班)
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