被曝リスクを検証する(中)

牛の殺処分を拒否した畜産家が、世界初の実験で明らかにした被曝の影響

被曝した牛の飼育を続ける山本幸男さん=2月3日、福島県浪江町(野田佑介撮影)
被曝した牛の飼育を続ける山本幸男さん=2月3日、福島県浪江町(野田佑介撮影)

 緑色のトラクターが雪の残る平原をうなりを上げながら進んでいく。その音を聞くや、大柄で真っ黒の牛たちがリーダー格を筆頭にゆっくりと集まってきた。

 「べぇーべ」。トラクターの運転席から下りた山本幸男さん(73)が、牛を意味する東北地方の方言「べこ」に由来する言葉を口にしながら、わらをほぐす。「同じ家族だからね」。まるで自分の子供のように、寄ってきた牛たちの頭や背中をそっとなでた。

 東京電力福島第1原発から約10キロ北西にある福島県浪江町の末森地区。山本さんは東京ドーム4個分ほどの広さに、約50頭の牛を飼育している。他の牛と違うのは、大量の放射性物質で被曝したことだ。

 原発事故から2カ月後、政府は福島第1原発から半径20キロ圏に残された家畜の殺処分を決定したが、山本さんは拒否し、牛を牧場内に放った。家族の一員を自らの手であやめることはできなかったのだ。

 しかし、飼育の厳しさは年々増す。4月から11月ごろまでは牧草が餌になるが、12月から3月ごろまでは草が生えず、岩手県で取れた牧草を購入。その間の餌代は600万円ほど。出費だけがむなしくかさむ。

 それでも、山本さんは牛の面倒を見続ける。「飲まず食わずで死ぬのと、腹いっぱい食べて死ぬのとでは全然違う。最後まで面倒見てやりたいんだ。そして地域のため、福島の畜産の未来のために、この牛が貴重な資料になるんだよ」

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 山本さんの牧場を含む浪江、大熊の両町の3カ所では、殺処分を拒否した被曝牛計約160頭の調査が続けられている。

 「大型動物の被曝を長期的に調べるのは世界初。実験室ではできない。その研究が人間にとっても参考になり還元されていく」。岩手大農学部准教授の岡田啓司さん(59)=生産獣医療学=は力を込める。

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