スクラムの生みの親が語る、スクラムとはなにか? たえず不安定で、自己組織化し、全員が多能工である ~ Innovation Sprint 2011(前編)

2011年1月18日

アジャイルなソフトウェア開発手法としてもっとも広く使われているのが「スクラム」です。このスクラムは、1990年代半ばにジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)氏らによって提唱されたものですが、その考え方の基盤となったのが1986年に一橋大学の野中郁次郎氏と竹内弘高氏が日本企業のベストプラクティスについて研究し、ハーバードビジネスレビュー誌に掲載された論文「The New New Product Development Game」でした。

1月14日にコミュニティが主催し都内で行われたイベント「Innovation Sprint 2011」は、このスクラムの生みの親と言える2人、野中郁次郎氏とジェフ・サザーランド氏がそれぞれ基調講演を行いました。しかもサザーランド氏と野中氏が会うのは今回が初めてということで、アジャイル開発の歴史に残るイベントになりました。

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基調講演の内容を紹介しましょう。

スクラムは軍事研究から始まった

一橋大学大学院国際企業戦略研究科 名誉教授 野中郁次郎氏。

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スクラムは軍事研究からはじまっていて、私は以前、防衛大学校にいて日本軍がどうして負けたか、という研究をしていた。私の著作では「失敗の本質~日本軍の組織論的研究」が、実はいちばん売れた本。

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日本軍は過去の成功体験、日露戦争の経験がしみついて自己否定できなかった。山本五十六は飛行機が重要になることを見抜いたが、それをコンセプトにまとめてシステム化することができなかった。

また大艦巨砲から航空戦になると、太平洋の島々の攻防が大事になってくる。米軍において島々の攻防で最初に戦うのが海兵隊で、海から陸を攻めて島をとるという大事な部隊。このとき、空と陸と海という時間軸の違う人たちがチームを組み、あらゆる関係部門がそれをサポートする。空軍なんかはメシを食うスピードまで違う。こうした異なるチームが一体となって戦う。

これを一般の企業の問題に転じてみると、陸海空一体というのは、製造、マーケティング、開発という目的も時間軸も違うチームが一体になるものといえる。

このように組織とイノベーションの研究による結果が「スクラムアプローチ」だ。それぞれの分野がサイロではなくオーバーラップする。スクラムというのはラグビーからとった言葉。

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スクラムというのは一体なんだろうかというと、たえずアンステイブル(不安定)、つねに動いている、そして「自己組織化」や「全員が多能工」であるなどだ。

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こういうことをハーバードビジネスレビューに論文として出したのが1986年。これにカオスの理論、複雑系など関連分野を総合してエクセレントなモデルを作ったのがサザーランド氏。

しかしそのこと(論文がサザーランド氏によるアジャイル開発の基になっていたこと)は昨年の4月まで知らなかった。

それで平鍋さん(本イベントの主催者の一人、平鍋健児氏)がきて、ソフトウェアワークショップをするからきてくれと、でも自分はソフトは知らねえんだと、私はコンピュータも使いませんから。そしたら「スクラム」がソフトウェア開発手法のメインストリームになるという話を聞いて、20年以上眠っていた論文が復活したと、そういう意味でジェフ(サザーランド氏)には感謝をしています。

スクラムは何のために組むのか。それはやはりイノベーション。イノベーションとは要約すれば知の創造ではないか。そこで、知識創造理論を開拓して世界発信している訳です。

日本にイノベーションはないのか?

昨年、米国のレスター・サロー氏(マサチューセッツ工科大学名誉教授)が、日本にはイノベーションがないのではないか、と言い出しまして。米国の方がイノベーションに向いているよと、産業主体から知識主体の経済に移っていると。日本にはゲイツ、ジョブズみたいなのがいないじゃないかと。

私はこれに賛同していないが、一点だけ言えるのは、イノベーションの本質は何かといえば、イノベーションは技術やモノを生み出すのではなく、新しい価値の提供であって、モノを媒介とするコトづくり。

コトというのは関係性をつくると。iPadでいえば、モノの集合体ではなく、iPadを通じて人に見せたりコミュニケーションしたりとつながることであると。日本はコトをつくるスピードなどにおいて他の国に劣っている。

知識というのは関係性。関係性をつくるには思いがなきゃいかん。知識の最大の特徴は関係性の中で作る、他者やモノとの関係性で作るものであって、そのときの文脈が大事。

しかしモノが重要でないとは言っていない。モノを媒介としたコトづくりという点では、大きな課題を背負っている。ソフト、ハードの統合も含めて。

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自己の枠を超えた相互主観を生み出せ

イノベーションは研究開発との相関は必ずしもない。相関するのはプロセスのクオリティなのだ。いかによい組織を生み出し、リーダーが時々刻々の中で最善の判断をするかがクオリティであって、こんにちのアジャイルスクラムはこの点と深く関わってくる。

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知というのは、同じ組織内の人間、あるいは顧客、サプライヤ、競合、大学、政府といったさまざまなプレイヤーたちとのやり取りの中で、それぞれに異なる主観を共有し、客観化し、総合していく社会的なプロセスの中で作られる。

総合というのは単にまとめることではなく、より高い次元でスパイラルアップするのがよい総合であって、そういう基盤になるのが「場」で、その場に参加することで、自分の主観の限界を超えて、相互主観性、みんなの主観というものが作られる。

そういう相互主観性、みんなの主観性を生み出すために、最近分かってきたのは身体が触れあえなければならないということ。例えば最近発見された「ミラーニューロン」によって、同じ動作をすることで相手の意図が読めるという。ソシアライゼーションが大事だというのが科学的にもわかってきたと。

ホンダの「わいがや」はそういうことなのかなと。三日三晩やり合いながら相互主観性を作っているのかな。よい宿、よい食事、よい温泉が大事で、ちまちました宿では高質の知はできないなと(笑)

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初日はぶつかりあい。サイロの代表ですから、しかし徹底的にやっていくと浅はかな形式知は消えていくんですね。そうすると全人的知識で向かわなければならなくなる。逃げ場もない。そうして向き合いながら相手の視点にも立って、三日目に自己の枠を超えた相互主観というもの、もっともクリエイティブな状態ができるという。

ただし、必ず新しい知が得られるという100%の保証はない。ないんですね。

さらにそういう場を全社にひろげる、組織間に広げて大きな知に持っていくのが知の重層的展開。トヨタのプリウスの開発などがその例。ソニーのストリンガー氏による「ソニー・ユナイテッド」や、日立製作所の「現場の知を生かす」のもそう。

日本の企業は中長期の経営を特徴としているので、ある意味で宝の山なんですね。いかにポテンシャルの発揮を追求し続けるかがわれわれの課題だろうと思います。

アジャイルスクラムは知的体育会系

イノベーターを中心にインタビューし、まとめた6能力。イノベーションは政治力、本質の直感を概念化する。

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これをもっと要約すると3つ。大局観、場作り、人間力。

大局観は、現場主義から生まれる。本田宗一郎は徹底的に現場にこだわったし、ジョブズ、ゲイツ、みんな現場主義です。

そして場作り、これはレトリックというか言語能力ともいえる。ジョブズの現実歪曲空間も人々の意識を変えて引き込む。「できねえんじゃねえの」という意識を「いやー、ひょっとしたら(できるかも)」と思わせる能力。スクラムマスターにも必要じゃないか(笑)

リーダーには修羅場経験、とりわけ失敗の経験が必要。教養も必要だ。

アジャイルスクラムとは近代的徒弟ではないかと思うんですね、体験を共有しながらイノベーションの体験をしつこくするわけですから。

もっと簡単にいうと、知的体育会系。絶えずインタラクティブに、動きながら考え抜く、これがアジャイルスクラムの、まさに育成しようという人間像ではないか。

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(ジェフ・サザーランド氏の基調講演を紹介した記事「重要なテクノロジーは10名以下のチームで作られた~ Innovation Sprint 2011(後編)」に続く)

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