脳科学と人工知能(AI)研究は,互いに影響を与えながら発展してきた。脳科学はAI開発のインスピレーションとなり,機械学習は脳を理解するためのヒントとなる。昨今のAIにおけるブレイクスルーもまた,脳科学に示唆をもたらしつつある。
脳を理解するために有用な視点に「座標系」がある。実際に脳科学は,脳が様々な情報をマップする多様な座標系を持つことを明らかにしてきた。その一方,異なる種類の座標で得た情報をどう統合するかというバインディング問題が未解決のまま残されてきた。
現在,AIの世界では,ChatGPTなどの大規模言語モデルが依拠するTransformerアーキテクチャの威力が驚きをもって受け止められている。このTransformerと脳との対応を精査することは,実は脳がどのようにバインディング問題に対処しているかについて重要な示唆を与える。
さらに,Transformerの成功は,脳が現在や過去の「時間」を従来の想定とはまったく異なる方法で扱っている可能性を示している。大規模な脳活動の取得やシミュレーション技術が急速に進展している近年の脳科学は,こうした脳の複雑性に直接向き合う段階に入っている。
著者
平 理一郎(ひら・りいちろう / 丸山隆一(まるやま・りゅういち)
平は東京医科歯科大学大学院准教授。専門は神経科学。動物の脳活動を記録・分析する実験と,深層学習などのモデルを用いた理論の研究により脳の機能解明に取り組む。丸山は科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)フェロー。科学技術政策に関する調査業務などに携わる。学生時代から「脳をどう理解できるのか」に関心がある。
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