ボクシングの前WBC世界バンタム級王者山中慎介(35=帝拳)の雪辱戦に、想定外の困難が襲いかかった。昨年8月にV13を阻まれた王者ルイス・ネリ(23=メキシコ)との世界戦は今日3月1日に両国国技館で挙行されるが、2月28日の都内での前日計量で、ネリが大幅な体重超過。その場で王座剥奪となり、山中が勝てば王座復帰、負けか引き分けなら空位となる。相手は減量苦も少なく、体調には大きな隔たりがある。因縁はより深く、許容できない失態。逆境をはね返し、勝つしかない。
「ふざけるな!」。騒然とし始めた計量会場に、怒気をはらんだ声が伝わった。山中の叫びだった。
「55・8キロ」。はかりに乗ったネリの体重が通知された瞬間だった。バンタム級のリミットは53・5キロ。はかりが示す異常な数字に報道陣、関係者のざわめきが広がる中で、山中の心は引き裂かれた。「信じられない思いで口から出てしまった」。人生をかけた試合だった。昨年8月のプロ初黒星。ネリを倒すためだけに現役続行を決めた。体をいじめ抜き、仕上げてきた。ネリの後に計量に臨み、53・3キロ。減量を乗り越えた頬がこけた顔で、ネリをにらみつけた。フラッシュを浴び、目に涙をためた。「両方万全のコンディションでやりたかった」。虚無感、悔恨、絶望、憤怒。感情は入り交じった。
2・3キロオーバーはボクシング界の常識ではあり得ない。ネリ陣営の説明は栄養士の責任に終始した。2カ月前に契約したペレス氏に全権委任。水抜きを減量法にし、この日朝で3キロ残しだったとした上で、「他のボクサーなら落とせる。99%成功していた」と言い訳した。筋量低下を避ける方法だが、ネリは今回が初体験で効果が出なかった。
そもそも栄養士を雇用したのは、昨年8月の試合後にドーピング検査で陽性反応が出たため。牛肉に混入していた禁止薬物によるものと主張し、処分はなかった。続くトラブル。2時間の猶予を経て臨んだ2回目の計量でも、54・8キロ。この時点で王座を失った。WBCはネリに今日午後0時の当日計量を課し、上限58・06キロを超えた場合は何らかのペナルティーが科されるが試合は行う。
どちらにしても山中には大きな不利が予想される。2度目の計量後こそ机にもたれてぐったりしていたネリだが、前日の練習では上半身裸で活発に動き、減量苦は感じられなかったという。帝拳ジムの本田会長は「(つらい)ふりをしているだけ。山中はきついと思う」とおもんぱかった。
「それでも試合はあるので、気持ちを整えて、明日の試合は頑張りたい。向こうも調子は上がってきているでしょうし」。踏みにじられた思いを抱え、逆境に向かい、5年9カ月にわたり王者であり続けた男はリングに立つ。その「神の左」で因縁極まる敵を倒すために。【阿部健吾】