NHK大河ドラマが初めて江戸中期を描く2025年『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公は、横浜流星が演じる蔦屋重三郎(以下、蔦重)。色街・吉原に生まれ育ち、遊郭や遊女にまつわる出版物でヒットを連発。江戸の出版界を牽引した人物だ。
大河ドラマでは、小芝風花や福原遥が花魁役で登場し、吉原が物語の重要な舞台となる。
「幕府が公認した江戸で唯一の遊郭が吉原です。吉原関連の出版物を出した版元は多いが、蔦重は生粋の吉原っ子で、吉原の仕組みや作法、料金、どんな遊女がいるのかなどを知り抜いていた。だからこそ、庶民と隔絶された世界の吉原を宣伝することができたのです」
こう語るのは、江戸時代の文化を中心に、吉原や春画に関する論評も数多い作家の永井義男氏だ。蔦重は、吉原のガイドブックである『吉原細見』を編集したほか、遊廓などを舞台にした性風俗小説である洒落本や浮世絵などを手掛け、吉原を江戸の一大観光名所に仕立て上げていく。
「蔦重の手掛けた浮世絵に描かれる遊女の衣装や髪型は、当時の女性たちの憧れの的となりました。今日のアイドルやファッションモデルのように熱狂的な人気を博すと、描いた絵師も売れっ子になっていく。そうした相乗効果で、蔦重は江戸を代表する版元になっていくのです」(永井氏)
明暦3(1657)年に日本橋から現在の台東区千束に移転した吉原は、非公認の売春街である岡場所に客を奪われ、元禄年間(1688~1704)の好景気が弾けて以降、客足が遠のいていた。蔦重が刊行物をヒットさせ、人々の関心を吉原に向けさせたのは、渡りに船だったのである。
「参勤交代で地方から江戸を訪れる勤番武士も、吉原見物を何よりの楽しみにしていたようです。もっとも、彼らは金銭的な余裕はないので見世にあがらず見物しただけでした。新撰組の前身・浪士組を率いた清河八郎が母親を吉原見物に連れて行った記録も残っています」(永井氏)
一方、江戸では狂歌が大流行し、蔦重も吉原に作られた連に「蔦唐丸」の狂名で参加。ここで深めた戯作者や絵師たちとの関係が、蔦重を時代の最先端を走る出版人に育てていった。
※週刊ポスト2025年1月17・24日号