「ジョーカー」へと変貌したアーサー(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM &(C)DC Comics

 だとしたら、「上級国民」とは誰か。これはアメリカでははっきりしている。

 東部(ニューヨーク、ボストン)や西海岸(ロサンゼルス、サンフランシスコ)で金融、教育、メディア、IT産業などに従事する「裕福なリベラル」は、中流から脱落した白人たちを「プアホワイト」「ホワイトトラッシュ(白いゴミ)」と侮蔑し、「レイシスト(人種差別主義者)」として批判している(すくなくとも「白人至上主義者」はそう思っている)。アメリカの「下級国民」たちがこころの底から憎んでいるのは、富裕層や不法移民ではなく「知識社会のリベラル」なのだ。

『ジョーカー』は、アーサーが社会からも性愛からも排除されていることを執拗に描くことで、典型的な「下級国民」の人物像を造形していく。それはアメリカのリベラル(「上級国民」)にはきわめて危険で、受け入れがたいものに感じられるのではないだろうか。

 映画のクライマックスは、アーサーに影響された市民たちが暴徒と化して街にあふれる場面だ。暴徒はピエロの仮面をかぶっているが、それが白人の集団であることは明らかだ。この場面でアメリカの観客は、「白人至上主義者」のデモや、白人で埋まったトランプの選挙キャンペーンの会場を想起するだろう。

 ロバート・デニーロ演じるトーク番組の司会者を射殺したアーサーは、パトカーで警察署に連行されるが、その途中でピエロの仮面を被った男たちが救急車をパトカーに激突させる。意識を失ったアーサーは暴徒によってパトカーのボンネットに横たえられ、やがて眼を覚まし、立ち上がって優雅に踊りはじめる。

 これは映画史に残る美しい場面だと思うが、その意味するところは明らかだろう。「下級国民」のアーサーは交通事故で死に、「下級国民の王」ジョーカーとして復活するのだ。

 ポピュリズムというのは、「下級国民による知識社会(エリート)への反乱」のことだ。どこにも救いがない映画であるにもかかわらず、『ジョーカー』が日本でも世界でも大きな反響を呼んでいるのは、あらゆるところで「社会からも性愛からも全面的に排除されたマジョリティ」が増殖していることにひとびとが気づいているからではないだろうか。

参考:Lawrence Ware “The Real Threat of ‘Joker’ Is Hiding in Plain Sight” The New York Times

◆橘玲(たちばな・あきら):1959年生まれ。作家。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎文庫)、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)などベストセラー多数。新刊『上級国民/下級国民』(小学館新書)は12万部を突破。

関連記事

トピックス

『金スマ』が放送終了へ(TBS公式サイトより)
《TBSも社内調査へ》中居正広『金スマ』謎の赤い衣装の女性100人の正体「鉄の掟」と「消えた理由」
NEWSポストセブン
サガン鳥栖で活躍する福田(本人Instagramより)
《5年ぶり2度目の女性トラブル》人気Jリーガーが中絶・不倫騒動 インスタのDMで「会いたい」…以前語っていた「反省してもう一度やり直す」はどこへ
NEWSポストセブン
渋谷被告
《一夫多妻70代ハーレム男が判決言い渡し直前に死亡》10代女性への性的暴行事件、ともに公判中だった元妻・千秋被告も昨年亡くなっていた
週刊ポスト
投打の二刀流をついに復活させるドジャース・大谷翔平
投手・大谷翔平、2度目の肘の手術を経て誕生する新たな投球スタイル 以前とは違った変化の“新スイーパー”を軸に組み立てへの期待、打撃専念シーズンの好影響も
週刊ポスト
騒動の中心になったイギリス人女性(SNSより)
「目出し帽にパンツ1枚の男たちが…」金髪美女インフルエンサー(25)の“乱倫パーティー”参加男性の衝撃証言《タダで行為できます》
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告
《あとで電話するね》田村瑠奈被告をクラブでナンパした20代男性が証言「“ハグならいいよ”と言われて抱き合った」【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
男はスマホで動画を回しながらSPらに近づき中指を突き立てた
突然、中指を立てて…来日中の米ブリンケン国務長官に暴言を吐いた豊洲市場スタッフが“出禁”になっていた
週刊ポスト
逝去したアイ・ジョージさん(共同通信)
《訃報》紅白12回出場歌手のアイ・ジョージさんが逝去 91歳 関係者が悼む「昨年も元気にマッコリを飲んで…」ラテン歌謡ブームを牽引
NEWSポストセブン
北海道江別市で起きた集団暴行致死事件で、札幌家裁は川口侑斗被告(18)を主犯格と認めた
《江別・大学生集団暴行》「“イキり”で有名」「教師とケンカして退学」情状酌量の余地なしと判断…少年らのリーダーだった18歳の男が“グレた理由”  浮かび上がる主犯格らとの共通項「弱そうな人や歳下ばかり狙って…」
NEWSポストセブン
渡米した小室圭氏(右)と眞子さん(写真/共同通信社)
【独占】「眞子と呼んでください…」“NYの後見人”が明かす小室夫妻の肉声 海外生活の「悩み」を吐露、圭さんから届いた「外食は避けたい」のLINE
週刊ポスト
交際が順調に進んでいるSixTONESのジェシーと綾瀬はるか
綾瀬はるか、ジェシーの会食やパーティーに出席し“誰もがうらやむ公認カップル”に 結婚は「仕事に配慮してタイミングを見計らっている状況」か
女性セブン
シューズブランド「On」の仕掛け人として知られる駒田博紀氏
大人気スニーカーブランド「On」仕掛け人経営者が“不倫&路上キス” 取材に「ひとえに私の不徳の致すところ」と認める
週刊ポスト