ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

イギリス人はエーデルワイスが嫌いなのか、半径五メートルの世界

既に元ツイートは削除されているのですが、サウンドオブミュージックの「エーデルワイス」に関するこんな話が盛り上がってました。

 

togetter.com

 

イギリスでは「第三帝国」を思い出すから嫌われているという内容ですが、それに対して、「いやサウンド・オブ・ミュージックは戦後だし…」みたいなツッコミが入って「デマ」という形になっていました。

 

私はネットミームに関しては、デマかどうかもそうですが、火のない所に煙は立たぬ主義なので、どうしてそういう話が出たのか、という流れを考えるのが好きなため、そういったことを調べてみました。結論だけ書くと、「”エーデルワイス”の曲自体についてナチスを想起する人はどうやら一定数いるが、誤解に基づくものであるし、あまり一般的ではなさそう」ということのようでした。デマというか、自分の経験をどこまで一般化するかという話なんだろうなと感じました。

 

【目次】

 

***

 

「エーデルワイス」について

これは既に色々な人が指摘しているので二番煎じになるのですが、「エーデルワイス」の成立について簡単に記します。

 

「エーデルワイス」は言わずもがな『サウンド・オブ・ミュージック』の代表曲の一つです。リチャード・ロジャース作曲、オスカー・ハマースタイン2世作詞で、1959年のブロードウェイのミュージカルが元々ですね*1。

 

劇中においては、トラップ大佐がギター片手に歌いますが、内容は花の美しさを歌いながら、祖国オーストリアを思うというような内容です。

 

どうしてここで「第三帝国」の話が出てくるかというと、第二次大戦時、アンシュルス、いわゆるオーストリア併合が行われ、サウンドオブミュージックの舞台自体は当時のオーストリアの状況を踏まえているからですね。そのため、物語の流れから考えると、「エーデルワイス」はナチスへの抵抗のようにも読みとれます。

 

エーデルワイスとオーストリア

実際のところ、「エーデルワイス」はオーストリアの花のひとつであるかもしれませんが、歌については全く関係がありません。しかし、ここら辺は誤解があるようで、「エーデルワイス」をオーストリアの国歌や民謡と見る向きがあるようです。

 

No, it is NOT! And Austrians hate this question.

違う、まったく違う! そしてそれはオーストリア人が嫌う質問だ。

Is Edelweiss the national anthem of Austria? - Quora

 

Although Hammerstein and Rodgers were trying to imitate the overall genre of folk music, they did not base their song on any preexisting lyrics or melody.

(作詞作曲の)ハマースタインとロジャースはフォークソングとして模倣しようとしたようだが、既存の歌詞やメロディーを踏襲したわけではない。

No, "Edelweiss" Is Not an Austrian Folk Song or a Nazi Song - Tales of Times Forgotten

 

この誤解は最近始まったものではなく、かなり昔からあるようで、少し昔の新聞を漁ってみると、なるほど、ちょこちょこ見つかります。

 

Espesically inspiring is the lovery 'Edelweiss,' Austria's national anthem to-a daint folower,

特に、すばらしい「エーデルワイス」というオーストリアの可憐な花を歌った国歌には感銘を受けた

Deseret news, Sep, 1, 1965 P34

 

One of their featured numbers was "Edelweiss," Austria's popular national anthem.

オーストリアの国歌である「エーデルワイス」がその中の一つとして取り上げられた。

The Sacramento Bee  21 Jul 1996, SunPage 116

 

有名なエピソードだと、レーガン大統領が1984年に当時のオーストリア大統領キルヒシュレーガーが訪問した際、エーデルワイスを演奏し、歌詞を引用したスピーチを行ったなんてことがあります。当時のワシントンポストのアーカイブにはこんな感じで書かれています。

 

At a State Department luncheon Tuesday hosted by Secretary of State George Shultz, Klestil lamented the fact that many Americans believe the Austrian national anthem is "Edelweiss." 

シュルツ国務長官主催の国務省による昼食会で、クレスティル氏は、多くのアメリカ人がオーストリアの国歌は「エーデルワイス」だと信じていることを嘆いた。

Muddled Melody 'The Sound of Music' Doesn't Play in Austria - The Washington Post

 

オーストリアの新聞も、この出来事を皮肉っていて、まあ、よくある話なんでしょうね。そもそも、オーストリアにおいて『サウンド・オブ・ミュージック』の評判は悪く、間違えられること自体不快な思いをしている人がいるようです。それは、オーストリアの地理的誤りや、典型的な国民描写、ナチスへの加担の書かれ方などなど。

 

My parents haven't seen it. My siblings haven't. Nobody I know at home has seen it.

私の両親は見たことがないし、兄弟も、私の家族は誰も見たことがありません。

As an Austrian, I Am Baffled by America's Love for The Sound of Music - Features - The Stranger

 

なので、今回の話、イギリス人ではなくオーストリア人なら簡単に成立するのにな…という感じです。

 

エーデルワイスとナチス

興味深いことに、「エーデルワイス」がナチスの歌だとする向きもあるようです。

 

有名なエピソードだと、2019年4月、ホワイトハウスで「エーデルワイス」が演奏されたというものがあります。トランプ政権時ですね。それについて、NYT紙の記者が、「ホワイトハウスはこの歌の意味を理解している?」といった投稿をしました。

 

 

この投稿は、彼女が「エーデルワイス」を「ナチス」の歌だと捉えていると解釈されて、主に保守派層から盛大に皮肉られていました。要するに、親ナチスの歌を流すなんて...と捉えたわけですね*2

 

The New York Times‘s White House correspondent, Maggie Haberman, suggested the song was a Nazi anthem, inspiring rightful backlash on Twitter. She seemed to stick with this false view, even after she was called out on it.

ニューヨーク・タイムズ紙のホワイトハウス特派員マギー・ハバーマンは、この曲がナチスの賛美歌であると示唆し、ツイッターで当然のように反発を招いた。彼女は、この誤った見解を指摘された後も、それを貫いているようだ。

NYT's Maggie Haberman Suggests Trump Playing 'Edelweiss' at White House Has Some Sinister Meaning – PJ Media

 

Amazonで放映された『高い城の男』に「エーデルワイス」が使われたことから、彼女が誤った考えを持っているのではないか、という指摘もありました。このディックの小説は、ドイツが第二次大戦で勝利したというパラレルワールドを描いていて、アメリカは占領下にあります。

 

So the version of “Edelweiss” used by the series is meant to sound creepy and uncomfortable. Those unfamiliar with the origins of the song might even think it was supposed to sound like a German folk song now being sung in a zombie-like chorus in the fictionally occupied United States.

そのため、このシリーズで使われている「エーデルワイス」のバージョンは、不気味で不快な響きを持つように意図されています。この曲の起源を知らない人は、架空の占領下にあるアメリカで、ドイツ民謡がゾンビのようなコーラスで歌われているように聞こえるはずだとさえ思うかもしれない。

Haberman Thinks It’s Weird For The White House To Play ‘Edelweiss’

 

このニュースを受けてか、「エーデルワイスはナチスの賛美歌ではない」とするサイトも結構見つかります。

 

forward.com

 

medium.com

 

また、作詞作曲の二人がユダヤ系アメリカ人であることを指摘し*3、この歌がナチスを賛美するなどありえない、としているものもありました。

 

ここで大事なことは、賛成にしろ反対にしろ、「エーデルワイス」がナチスと結びつくのは、ミームとして不自然ではないという点です。欧米圏の人々は、「エーデルワイス」を思い出すとき、オーストリアとドイツ、そして第二次大戦が紐づいているわけです。 

 

なので、くだんの投稿者の方(もしくはご家族)は、今回のNYTの記者が感じたような「親ナチス」のイメージをエーデルワイスに抱いているのではないか、という推測ができます。あるいは、「エーデルワイス」を、親ドイツであったオーストリアの国歌か民謡などと勘違いしているか。それ自体は一般的な考えではないかもしれませんが、有り得ることです。

 

ナチスとエーデルワイスと反ナチス

しかしなぜ「エーデルワイス」がナチスと結びつくのか。

そもそもの事実として、「エーデルワイス」という花自体はドイツでもポピュラーであり、そして実際、ドイツ軍の記章の一つとして扱われていたという経緯があります。

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:WW2_Nazi_Germany_Waffen-SS_Gebirgsj%C3%A4ger_Mountain_troops_peaked_field_ski_cap_Bergm%C3%BCtze_Alpejegerlue_Edelweiss_emblem_SS_eagle_Lofoten_krigsminnemuseum_Norway_2019-05-08_9963_cropped.jpg

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:ONI_JAN_1_Uniforms_and_Insignia_Page_008_German_Army_WW2_Mountain_uniforms._Officers_and_men._Signal_troops,_mountain_cap,_service_caps,_shoe,_puttees,_white_jacket,_Edelweiss_device._Gebirgsj%C3%A4ger._June_1943_Field_recognition_No_known.jpg



山岳部隊に使われていたようですね。

 

というか、アルプスを抱く国々は、けっこうエーデルワイスを記章に使っていて、初めはスイスが、次に第一次世界大戦時にオーストリアが採用し、第三帝国が山岳部隊に記章として使った、という経緯らしいです*4。

 

しかし興味深いことに、「エーデルヴァイス海賊団」という若者のグループも第二次大戦時に存在し、これはドイツ国内で反ヒトラーの活動をしていたんだとか*5。「エーデルワイス」は、以前にあった青少年運動のモチーフからとられているらしく*6、ドイツ的という認識もあったのかもしれません。

 

ここらへんは推測になってしまいますが、「エーデルワイス」は、ドイツを含め、あそこらへん一帯のシンボルのひとつとなっており、それを色々な団体がこぞってつかったため、その意義解釈が多面的になってしまったという点が、現在にもつながっていて、ナチスや反ナチスといった相反する印象をもつ人が出てくる原因になったのではないでしょうか*7。

 

イギリス人はドイツをどう思っているか

くだんの投稿者のツイートを追っていくと、「第二次大戦時のドイツの行為をイギリス人は忘れていない」というところに尽きるのだなと感じました。そこらへんは当然あるだろうと、私も思います。

 

ただ、それが一般的なイギリス人に当てはまるのかどうかという点は考えものです。

 

少し古いものになりますが、2012年に、国別の意識調査があります。好感度については、

 

British voters placed Sweden first, with 31%, followed by Germany (24%) and the United States (18%). Each age group gave the same top three, in the same order.

英国の有権者は、1位がスウェーデンで31%、2位がドイツで24%、3位が米国で18%であった。各年齢層では、同じ順番でトップ3が示されました。

We rate the Germans more highly than they rate us | YouGov

 

と、ドイツに対しては高評価です。近年の調査でも、イギリス人のドイツ指導者への評価は6割を超えています。

 

https://news.gallup.com/poll/323030/britons-ratings-germany-highs-transition.aspx

年齢別の調査が見つけられればよかったのですが、それはそうとしても、現代のイギリス人にとって、ドイツは評価が高く、「エーデルワイス」に第二次大戦の影を色濃く見るという感覚は、一般化するには少し偏ったものではないか、と感じます。

 

 

今日のまとめ

①「エーデルワイス」は、戦後のユダヤ系アメリカ人が作成したものであり、物語の文脈的にも、どちらかというと「反ナチス」的なものである。

②「エーデルワイス」は、その舞台になったオーストリアの国歌と間違えられるほどだが関係がなく、オーストリア人にとって、『サウンド・オブ・ミュージック』は評価が低い。

③「エーデルワイス」をナチスの賛美歌と捉えるミームもあるが事実ではない。

④ただし、「エーデルワイス」自体は、アルプスを抱く国々の共通した花であり、ドイツ軍も記章に使用していたため、花自体に多様なイメージが重なる原因になっているのではないか。

⑤近年、特にイギリス人が特別ドイツに対して悪印象を抱いている調査はなく、イギリス人がエーデルワイスを嫌っているという話を一般化するのは誤りと考えてよいだろう。

 

ブレクジットの際、Leave.euという団体が掲げたポスターがかなり反感を呼びました。

 

 

“We didn’t win two world wars to be pushed around by a Kraut,”「Kraut」はドイツ人への蔑称で、ドイツに振り回されるために二つの世界大戦に勝ったわけではない、というところでしょうか。これはかなり問題になり、すぐに撤回されています。

このポスターでは、メルケル首相の腕の感じが、ナチス式の敬礼を思わせます。Quoraの「イギリス人はドイツ人が好きですか」という質問の回答なんか*8を見ていると、好意的なんですが、やはりナチスの話が絡んでくるところを見ると、ドイツと第二次大戦自体は切り離せないのかな、という気はします。

 

ただ、一般的に見て、上記を肯定する層は少し極端に思えます。少なくとも現在のドイツにナチスや第二次大戦の影を強く見る考えを声高に主張するのは、公的にはあまり歓迎されていないでしょう*9。

 

「エーデルワイス」に拒否反応を示すイギリス人、というのは(認識に誤解があったとしても)もしかしたらいるのかもしれません*10。周りにそういう人ばかりいたら、確かにそう思ってしまうかもしれません。難しいなと思うのは、投稿者の方は海外の見聞が広いようなのですが、それでも、自分の見聞きした範囲で事物を判断してしまうということです。これは我々も同じで、半径五メートルぐらいの範囲であんまし悦に浸らんように気をつけましょうというのは、肝に銘じておいてもよさそうです。

 

*1:

エーデルワイス (1959年の曲) - Wikipedia

*2:

ただ、個人的にはこの投稿だけだと解釈に幅がありません?という気はします。ナチス的(と思われている)言動をするトランプ大統領が「反ナチス」の歌を流すなんて「意味を理解している?」ととることも可能な気もするんですが。ただ、「親ナチス」と考えているんだろうと思う方が自然であるとは確かに思います

*3:

The song was written by two progressive Jews. 

Edelweiss | Why The Song Edelweiss Is Not A Nazi Anthem

*4:

Why did some Austrian soldiers pin an edelweiss on their cap or uniform during the World War 2? - Quora

めんどくさくって裏はとってないですが、間違いではなさそうです

*5:

Edelweißpiraten – Wikipedia

*6:

Bündische Jugend – Wikipedia

*7:

おもしろい例としては、オーストリアの極右政党が、ナチスのシンボルだたヤグルマギクをやめて、「オーストリアのシンボル」のエーデルワイスにした、という記事がありました。

https://www.thelocal.at/20171109/austrian-far-right-ditches-nazi-flower-for-edelweiss/

*8:

Do English people like Germans? - Quora

*9:

一応私もQuoraで質問してみたのですが、ちょっと質問内容がよくなかった。でも、あんまり「エーデルワイスが嫌いなイギリス人はいるよ」という話にはならんかったですなあ。

What do British people feel about the Sound of Music song 'Edelweiss'? I heard that some people don't like it because it reminds them of the Third Reich. Is this true? - Quora

*10:

ツイートを見る限り、戦争を体験した高齢の方に多いのかもしれませんが、それならそれを書けばよかったかもしれませんね。ちなみに映画の『サウンド・オブ・ミュージック』自体も、公開当時はドイツではあまり評判がよくなく、勝手にシーンをカットしちゃったバージョンもあるんだとか。

How Was “The Sound of Music” Received by German Audiences Upon Release? | Watch | The Take

推測なんで脚注にしか書きませんが、そういう記憶をもった年代の人たちは、「エーデルワイス」もネガティブに受け取るかもしれませんね。