ネットロアをめぐる冒険

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NYの地下鉄はペットを連れて乗っていいのか、2年後にまた会いましょう

日本でも、電車の中でペットをケージやカバンのようなものに入れている人を見かけますが、ニューヨークの地下鉄では、ペットの連れこみについて、「バッグに入らない動物は連れ込み禁止」という新しいルールができたという話。

 

しかし困るのは、バッグに入らない大きさの犬である。たとえ動物がバッグに入ったとしても、それを持ち歩くのは激しく疲れる。そんな事実上の「大きい犬は乗せられないよ」というルールに反発し、とんでもないやり方で大きな犬を地下鉄に連れ込んでいる人が出現し、注目を集めている。

【話題】ニューヨークで「バッグに入らない動物」の連れ込み禁止 / 賢いやり方で連れ込む人が出現 | バズプラスニュース Buzz+

 

どんなのかというと、こんなの。記事とは別の写真ですが。

 

 

いろいろよくない噂のあるBuzz+の記事は、1月7日に投稿されてバズったツイートのパクリ記事ですが、私が気になったのは、これを「新しいルール」として、さも最近作られたルールであるかのように紹介していることです。これはBuzz+に限らず、このことを紹介する場合には、枕詞のように使われています。

 

 ニューヨークの地下鉄では、「カバンに入らないサイズの動物の持ち込みは禁止」というルールが設けられた。

「かばんに入らない動物は持ち込み禁止」ではこれでどうだ?コーギー犬、すぽっとリュックに入り地下鉄のアイドルに : マランダー

 

 ニューヨーク市営地下鉄では、列車内への動物の持ち込みについて「キャリーケースやバッグなどに入らないペットの持ち込み禁止」というルールを定めた。

ニューヨークの地下鉄犬事情。「バッグに入らない動物の持ち込み禁止」というルールを独創的に守るニューヨーカーたち : カラパイア

 

ニューヨークの地下鉄が、キャリーケースやキャリーバッグに入っていないペットは持ち込み禁止のルールを新たに設けました。

ニューヨーク地下鉄「キャリーケースに入ってないペットは持ち込み禁止」→「その結果、こんな光景を見ることになった」 (2016年8月18日) - エキサイトニュース

 

果たしてこのルール、最近できたものなのか?というところを調べてみました。

 

 

 

***

 

 1.MTAには2014年からある

リード文のリンク先は、実はどれも2017年や2016年のものです。つまり、今回バズっている話は、既に2年ほど前から話題にされているというわけです。ということは、このルールができたのはそのあたりなんでしょうか?

 

今回の動物持ち込みの規則はどこにあるかな、と調べてみると、ニューヨーク都市圏交通公社(MTA)のページにあります。

 

...no person may bring any animal on or into any conveyance or facility unless enclosed in a container and carried in a manner which would not annoy other passengers.

他の乗客に迷惑をかけないような方法で囲われるような入れ物に入れ運ばない限り、誰もどのような輸送も、施設にも、いかなる動物を持ち込むことはできません。

mta.info | Rules of Conduct

 

ここの「enclosed in a container」に特段の定めがないので、今回の写真にあるような、大型犬運搬チャレンジみたいなことが起こっているわけですね。

 

では、このMTAのルールに関する記事がどれぐらいあるかというのを調べるために、WaybackMachineにかけてみます。

 

web.archive.org

 

すると、2014年4月6日のアーカイブが最古でヒットするので、MTAのページには、遅くとも2014年から掲載されていることになります。

 

2.NCTRRのルールである

ではこのルールができたのは2014年ということなんでしょうか。

 

ところが、先程のページには、このルールについてこんな説明があります。

 

 

These rules are posted on this site as a convenience to members of the public. Official text of the New York City Transit Rules of Conduct can be found at 21 NYCRR, Chapter XXI, Part 1050.

このルールは市民のために便宜的に掲載されています。ニューヨーク市の交通ルールの公式テキストの内容については、NYCRRの21、21章、1050番で見つけることができます。

mta.info | Rules of Conduct

 

NYCRRとは、「New York Codes, Rules and Regulations」の略で、ニューヨーク州の規則や規制について、公式的に編纂されているものです*1 。

 

なので、WESTLAWというアメリカの法律データベースには、MTAと同様のものが掲載されています。

 

govt.westlaw.com

 

この「バッグに入らない動物は連れ込み禁止」ルールは、NYCRRの21「その他」の項目の21章、1050.9「Restricted areas and activities」(h)(1)の記載が該当する、と言えるでしょう。

 

3.いつできた項目か

しかしながら、NYCRRは1945年にはじめて編纂されており、古いものです*2。この電車に動物ルールはいつからあるんでしょうか。

 

というわけで調べてみると、公的なものにはちゃんと、条文の履歴がついているようです。

 

www.glaver.org

 

上記のページに掲載されているNYCRRは1995年7月版のもの*3で、動物ルールについて、現在見られるものと同じ文言*4が既に掲載されています。1995年!ずいぶんとさかのぼりますね。

 

f:id:ibenzo:20190112213710p:plain

https://www.glaver.org/nycrr/index.shtml より

この文書には、ちゃんと「Historical Note」が記載されていて、1050.9のルールについては、以下のような変遷があったことがわかります。

 

Sec. filed May 24, 1985; amds. filed: March 31, 1993: Sept. 26, 1994 eff. Oct. 12. 1994 Amended (a). (d). (h).

 

1050.9のルールについては、1985年5月24日にはじめてNCYRRに編纂され、1994年10月12日に(h)の項目について改定されていることがわかります。ということは、1994年以前のこの項目が見られるといいですね。

 

ということで、NCYRRのデジタルアーカイブのページがあるようなので、そこから探してみます。

 

law.lib.buffalo.edu

 

このサイト、探し方が私には難しくて、なかなか当該ルールがヒットしなかったんですが、1990年3月31日版のものを見つけました。すると、(h)はあるものの、ルールの文章が確かに現在と相違があります。

 

f:id:ibenzo:20190112220431p:plain

NYCRR Digital Archive より

 

書き起こすと以下のとおりです。

 

Except for working dogs for law enforcement agencies or other dogs properly harnessed accompanying blind or hearing impaired persons to aid or guide such persons, or trainers carrying a certificate of identification issued by a dog guide school, stating that the dog is trained or being trained to aid and guide a blind or hearing impaired person, no dog or any other animal shall be taken on or into any conveyance or facility unless enclosed in a container, accompanied by the passenger and carried in a manner which does not annoy other passengers.

警察犬や聴導犬、盲導犬、もしくはそれらの犬を訓練しているまたは訓練されていることが記載された訓練学校の身分証を所持するトレーナーを除き、犬やその他の動物については、他の乗客に迷惑をかけないように、囲まれた入れ物でなければ、どのような持ち込みも施設にも運ぶことはできない。

 

長たらしい文章で、訳が不出来なんですが、注目すべきは太字の部分で、多少文章は違うものの、結局言いたいことは、「かばんかなんかに入れなきゃ電車に乗せないよ」なので、やっぱりルールは現在のものと同じです*5。そして、「Historical Note」は、これ以前の改定がないことを示唆しているので、結局この動物もちこみルールは、1985年のNCYRRへの編纂まで遡れることになります。つまり、30年以上、NYの地下鉄では動物の持ち込みはカバンやケージに入れなければならないと決められていたわけで、なにも昨今新たにできたルールではない、ということになります。

 

4.マナー悪化が原因か

ではなぜ、最近になって取り沙汰されてきたのでしょうか。

 

これは推測にはなりますが、2016年1月11日のNYTの記事がなかなか興味深いです。

 

www.nytimes.com

 

NYTは、犬が堂々と車内に乗り込んでいる様子を、SNSなどの投稿から日常化していることを指摘していますが、実際にその禁止行為で出頭命令を受けたのも、2015年の75000人という輸送関係での出頭命令のうち、わずか「219人」だったという警察の話を載せています。しかし、このペットの乗車問題は、微笑ましい光景としてだけではなく、電車を遅らせたり、乗客同士のトラブルにつながることもあったという話も載せており、社会問題化しつつあることも伺わせます。*6。

 

このルールについて、NYTは、

 

Many riders claim to be unaware of the rules. Unlike signs that remind riders that smoking and moving between train cars are not allowed, the restrictions on dogs are not widely posted.

多くの乗客はこのルールが知られていないと主張しています。喫煙や車両間の移動が許可されていないことを伝える掲示とは違い、犬への制限については広く知らしめられていません。

 

という声を掲載し、そもそもNY市民にもこのルールが浸透していないことを指摘しています*7。

 

ただ、こういう記事になったということは、ある程度寛容だった車内への動物のもちこみに対する考えが、この時期から変わってきたということなんだと推察されます。あるいは、鉄道会社の啓発活動が活発になり、厳しく見咎められるようになったのかもしれません。そういう社会の変化の中で、冒頭に上げたような大型犬乗車チャレンジのようなものが生まれていったのではないか、と想像されます。

 

今日のまとめ

①「バッグに入らない動物は連れ込み禁止」というNYの地下鉄のルールは、NCYRRの1050.9「Restricted areas and activities」(h)(1)に該当する。

②ただし、形を変えながらも、当該ルールは1985年から存在しており、最近新しくできたルールではない。

③「新しさ」を感じるのは、2016年頃から、車内への動物の持ち込みについての意識変化や鉄道会社の対応の変化があり、表面化してきたからではないかと推察される。

 

この話は、日本においても2016年ごろから話題になっていました。しかしまあ、私もどっかで見たような気がするんですが、バズった画像を見てもあんまり思い出せず、新鮮さを覚えました。どうもネット上で繰り返されるネタの再生産を見る限り、我々の記憶力の限界は2年程度なのではないかと思います。なので、また2年後、同じような話が再燃したら、どうぞこの記事を思い出してください。

 

 

 

*1:

ちょっと私にはわかりにくかったのですが、NYCRRは「 「法の全ての効果と強制力」をもっているが、「法律」もしくは「立法」ではない(They generally have the “full force and effect of laws,” but are not “laws” or “legislation”)」ものなので、日本でいうと自治体の条例に近いんでしょうかね。

参考:

「NYCRR History and the Process of Keeping it Up‐to‐Date:
Important Information for Using this Database」

https://law.lib.buffalo.edu/pdf/NYCRR%20History.pdf

*2:NYCRRに組み込まれるルールについてはもっと古いものもあるようです

*3:ただ、掲載者自体は取得したのは2000年2月としています

*4:

正確に言うと、現在のものには、この文の前に「Except as otherwise provided in paragraph (2) of this subdivision,」という一文が入るのですが、これは介助犬などのことを定めたつぎの2項目目のことを触れているだけなので、この改定年までは調べませんでした。

*5:

1994年の改定では、前段の盲導犬などの文言を別項にしたのでしょう。

*6:ちなみに許可なく動物を車内に連れた場合は25ドルの罰金です

*7:

そのため、英語圏のサイトの中にも、新たにルールを作った、というような書き方をしているものもあります。

NYC Made Rules About Dogs on the Subway. New Yorkers Got Creative