2023年度外交・安全保障事業
- コメンタリー
- 公開日:2024/10/16
なぜアメリカのイスラエル支持はかくも盤石なのか?
MEIJコメンタリーNo.8
明治学院大学法学部政治学科准教授 溝渕正季
はじめに
アメリカとイスラエルはしばしば「特別な関係(Special Relationship)」にあるといわれることがある。この言葉を最初に用いたのはジョン・F・ケネディ大統領であった。1962年12月、彼はイスラエルのゴルダ・メイア外相に会い、こう告げたといわれる。「アメリカはイスラエルと特別な関係を築いている。かつて、そして今も英国とそうであるように」。
実際、アメリカはかつても現在も変わらず、イスラエルにとって大恩人である。1948年にイスラエルが建国されて以来、アメリカは外交面でも経済面でも一貫してイスラエルを力強く支持してきた。イスラエルは第二次世界大戦後、アメリカの対外援助を最も多く受けた国であり、これまでにおよそ3,100億ドル(インフレ調整後)の経済的・軍事的援助を受けている。1970年代から2000年代初頭にかけて、アメリカはイスラエルに多額の経済援助を行ってきたが、現在ではその大部分が軍事援助となっている。2016年に署名された覚書に基づき、アメリカは2019会計年度から2028会計年度まで毎年38億ドルの軍事援助をイスラエルに提供することを約束した。さらに、2023年10月7日のハマースによる大規模攻撃を受け、アメリカはイスラエルに対して少なくとも125億ドルの追加軍事援助を提供している[1]。
また、アメリカとイスラエルの安全保障協力は「質的軍事優位性(Qualitative Military Edge: QME)」という原則に基づいて強化されている。これは、アメリカが他の中東諸国に対する武器販売を行う際、イスラエルの軍事的優位性が損なわれないよう保証することを義務付けたものであり、リンドン・ジョンソン政権以降の歴代政権が維持してきた長年の伝統である。1981年、当時のアレクサンダー・ヘイグ国務長官は議会でこう証言した。「1973年10月の戦争以来、アメリカの政策における中心的な側面は、イスラエルが軍事的な質的優位を維持できるようにすることである」。この原則は2008年、改正された武器輸出管理法のなかで正式に文書化された。
外交的にも、アメリカは国際的な場で一貫してイスラエルを擁護してきた。特に国連においては、イスラエルに対する不当な攻撃とみなした決議に拒否権を行使することで、1972年以降、少なくとも53回(2023年時点)その成立を阻止している。こうしたアメリカの揺るぎない外交的支援により、イスラエルは占領地政策や入植地拡大などに関して国際的な非難を免れ、制裁から保護されている。2023年10月以降も、イスラエルがガザにおいて非人道的行為や国際法違反を繰り返してきたにもかかわらず、アメリカは一貫してイスラエルを擁護し続けており、人道的停戦を求める国連安全保障理事会の決議3件に対して拒否権を発動した。
このように、アメリカのイスラエル支援は今次のガザ紛争を経てもなお(そして、国際的に厳しい批判を浴びてもなお)一貫して強固であり続けている。そしてその背景には、歴史的、宗教的、文化的、政治的、戦略的といった多面的な理由があり、それらが相まって両国間に深く永続的な関係が築かれてきたのである。以下、本稿では、それらの要因について、これまで論じられてきた様々な議論[2]を簡潔に整理してみたい。
1.宗教的基盤とキリスト教シオニズム
アメリカ人がイスラエルを支持する最も強固で永続的な要因の1つは、「聖地へのユダヤ人の帰還は聖書における預言の成就である」という宗教的信念である。これは特に、アメリカ人有権者のおおよそ4分の1を占めるといわれるキリスト教福音派についていえることである。きわめて単純化していえば、福音派とは「聖書の言葉を絶対的な真理と受け止め、その一字一句をそのまま信じる人々」であり、新約聖書の「ヨハネの黙示録」や旧約聖書の預言書(特にイザヤ書やエゼキエル書)を文字通り解釈し、終末の時期においてイスラエル国家が重要な役割を果たすと信じている。彼らの終末論によれば、イエスは終末に至る最後の千年間世界を支配するために再臨するとされるが、その前にユダヤ人がイスラエルに国家を再建設することが不可欠であり、それは聖書のなかで示された預言の成就に他ならないという。
ビリー・グラハム(1918〜2018)、ジェリー・ファルウェル(1933〜2007)、ジョン・ヘイギー(1940〜)といったアメリカの著名な福音派指導者たちは、この宗教的な物語を普及する上で重要な役割を果たしてきた。たとえば、クリスチャンズ・ユナイテッド・フォー・イスラエル(CUFI)の創設者であるヘイギーは、「わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。そしてわたしは彼らの神となるであろう」という約束が書かれた創世記(17: 8)を引用し、アメリカの対イスラエル外交政策は神の計画の一部であると明言した。ヘイギーは聖書を「神の外交政策」と表現しているが、これは、アメリカはイスラエルを無条件に支援すべきであり、そうすることが神の意志に沿うという意味である。このような宗教的視点は福音派の指導者に限ったことではなく、より広範に政治の世界にまで浸透している。たとえば、ジェームズ・インホフ上院議員(共和党・オクラホマ州)は上院の議場において、イスラエルは「神がそう言ったのだから」その土地を所有する権利があると主張した。
こうした宗教的信念は、多くのアメリカ人がイスラエルに対して感じているより広範な文化的親近感によってさらに強化されている。旧約聖書に語られるユダヤ民族の物語は、「開拓」、「国家建設」、「明白なる運命」といったアメリカの物語と共鳴している。アメリカ史の初期から、プロテスタントの入植者のなかには、自分たちの新しい国を「新しいイスラエル」とみなし、カナンの古代イスラエル人のように、荒野に神の定めた国家を樹立するのだと考えた者もいた。その結果、一部のアメリカ人たちはイスラエルの存続と繁栄を自分たちの宗教的アイデンティティと国家的使命の一部とみなしているのである。
2.歴史的類似性とアイデンティティ
上記の宗教的基盤と一部重なる部分もあるが、同様に重要なのは、アメリカ人、特に初期の入植者や政治指導者たちがユダヤ人に対して表明してきた根深い歴史的共感という要因である。早くも18世紀頃から、アメリカの説教師や政治思想家たちはアメリカと(聖書のなかで語られる)歴史的イスラエルの類似性を描いてきた。アメリカの建国はしばしば聖書のなかでのイスラエル人のエジプト脱出になぞらえられ、新大陸はある種の「約束の地」とみなされてきた。加えて、「アメリカ人たちは、自分たちが神の新しいイスラエルであるという考えに魅力を感じた。それは、ネイティブ・アメリカンを追放することを正当化するのに役立ったからでもある」[3]。このような自他同一視は、現在のイスラエルが建国されるはるか以前から、アメリカとユダヤ人のあいだに特別な文化的紐帯や連帯感を形成する一因となっていた。
1948年にイスラエルが建国されたとき、多くのアメリカ人はそれを、イギリスによる植民地支配からの独立を目指したアメリカ自身の戦いと同じように、祖国を求めるユダヤ民族の長い戦いの集大成であると考えた。乾燥したパレスチナの大地を繁栄する国家へと変えていくというユダヤ人入植者たちの開拓者的な姿は、フロンティアの拡大と独立というアメリカの精神と深く共鳴した。事実、ウッドロー・ウィルソン大統領やハリー・トルーマン大統領のような著名なアメリカ人指導者たちは、シオニスト運動に対して個人的に深い共感を示し、イスラエル建国を積極的に支持した。また、20世紀前半には数多くの議会議員もまたシオニズム支持を表明していた。ディヴィッド・タルはこの点について次のように論じている。
公聴会や声明文にみられる議会議員の支持表明は、イスラエル・ロビーがアメリカの政治家に及ぼす政治的パワーと影響力に関する後世の言説を覆すものであった。ユダヤ人の有権者層と政治力が、バルフォア宣言とユダヤ人の民族的郷土を設立するための上下両院合同動議を支持するよう議会に影響力を行使したとは考えにくい。ユダヤ人はアメリカのなかでは人口的に少数派であっただけでなく、シオニストやシオニズムに傾倒していたのはそのうちのごく一部にすぎなかった。オハイオ州、デラウェア州、ネブラスカ州、ウェストバージニア州の上院議員や下院議員がバルフォア宣言を支持したことを説明する唯一の方法は、彼らが純粋にユダヤ人は国家を持つに値すると信じていたからである。議員たちはシオニストの大義を支持する理由として、宗教、価値観、歴史を挙げているが、大統領たちがそうであったように、彼らも本心からそう考えていたようだ。[4]
多くのアメリカ人にとって、ユダヤ人の祖国帰還は忍耐と自由の勝利を象徴するものであった。敵対的な隣国に囲まれた小国イスラエルが、その存続のために戦っているという物語は、自由、自決権、不屈の精神といったアメリカの理想を映し出していた。つまり、アメリカのイスラエル支援は、「神によって独自の運命に召された国としての自分たちの地位を正当化する方法」[5]に他ならなかったのである。こうした文化的・歴史的同一性は、アメリカとイスラエルの関係をさらに強固なものにした。
3. ホロコーストと罪悪感
ホロコーストのおぞましい記憶も、アメリカのイスラエル支持において重要な役割を果たしているといわれる。ホロコーストは世界に衝撃を与え、反ユダヤ主義の行き着く先を世界の眼前に突きつけ、ユダヤ人のための安全な祖国の必要性を世界的に認識させた。他の西側諸国と同様、アメリカも第二次世界大戦中に600万人ものユダヤ人が大量虐殺されたにもかかわらず、それを防ぐために何もしなかったという深い罪の意識にとらわれた。
ハリー・トルーマン大統領やドワイト・アイゼンハワー大統領といったアメリカの政治家たちは、ホロコーストに対する恐怖を表明し、安全な祖国を求めるユダヤ人を支援する道義的責任を感じていた。この道徳的義務は、ナチスの強制収容所が発見され、ユダヤ人に対する残虐行為が広く記録されたことによってさらに強化された。多くのアメリカ人にとってホロコーストは、ユダヤ人の安全な避難所としてのイスラエル国家建設を正当化し、このような悲劇が二度と起こらないようにするためのアメリカの役割を強く認識させた。
このような道徳的義務感については、後のロナルド・レーガン大統領なども共有していた。レーガン大統領は、ホロコーストによってアメリカには、ユダヤ人が二度とこのような危険に直面しないようにする「道義的責任」が残されたと述べた。ジミー・カーター大統領もまた、ホロコーストの罪悪感が残っていることを、アメリカがイスラエルの安全保障に揺るぎなくコミットする理由として言及した。
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ここまで論じてきた1〜3の理由はあくまで歴史的な事実であり、そこに異論を差し挟む余地はほとんどない(だからといって、アメリカはイスラエルを全面的に支持しなければならないと即座に結論付けられるかといえば、それはまたまったく別の問題ではあるが)。だが、以下の4〜5の理由については、現在ではその事実として妥当性をめぐって様々な立場から議論が展開されており、最後の6についてはシンプルにアメリカの国内政治的な理由である。
4.民主主義的価値観の共有
アメリカがイスラエルを支持するさらなる重要な理由は、民主主義へのコミットメントを両国が共有していることである。もっとも、アラブ系市民の権利問題や占領地政策に関して、イスラエルの民主主義に対する批判もまたアメリカ国内外では根強い。それでも、この理由を支持する論者からは、イスラエルはしばしば「独裁の海に浮かぶ民主主義の孤島」として描かれてきた。そして、こうした民主主義的価値観の共有は、長年にわたり外交政策の中核として自由と民主主義の世界的普及を唱導してきたアメリカにとって、イスラエルを魅力的な同盟国へと仕立て上げることになる。
アメリカの対外政策は「宗教」と「啓蒙主義的リベラリズム」という、2つの互いに絡み合った柱に基づいているとしばしば指摘される[6]。宗教はアメリカ人に強い自意識を与え、リベラルな価値の促進という啓蒙思想、すなわち、人々は自由に政府の形態を選択できるという思想を普及する宣教師としての自らの活動を正当化するものであった[7]。イスラエルは建国以来、定期的に自由選挙を実施し、独立した司法を維持し、言論の自由や信教の自由を含む市民の権利を保障してきた。このためイスラエルは、自らを「自由世界のリーダー」とみなすアメリカにとって、自然なパートナーとなってきた。実際、アメリカの大統領や政治指導者たちは、イスラエルを支持する主な理由として、イスラエルとの民主主義的価値観の共有という要因を頻繁に挙げている。たとえば、カーター大統領はイスラエルを「中東における民主主義の砦」と表現し、レーガン大統領はイスラエルの存続がこの地域の民主主義的価値を守るためにきわめて重要であると強調した。
イスラエルが中東の「独裁的」で「神権的」な政権と生き残りをかけて戦う民主主義国家であるという認識は、人権、自由、民主主義を擁護するという、より広範なアメリカ的価値観とも一致している。ヒラリー・クリントン国務長官は、価値観の共有という点について次のように表現した。「イスラエルの物語には、私たち自身の物語があり、自由と自らの運命を切り開く権利を求めて闘ったすべての人々の物語がある」[8]。その後任として国務長官に就任したジョン・ケリーは、イスラエルを訪れるたびに、「中東の砂漠に家を構えたアメリカの家族の分家を訪れているような気がした」と述べている[9]。
5. 戦略的地政学的利益
不安定な中東において、イスラエルは戦略的に重要な同盟国であると長い間みなされてきた。こうした見方の背景には、数十年にわたり紛争、過激主義、独裁、不安定に悩まされてきたこの地域において、アメリカは信頼できるパートナーを必要としているという事実がある。ただ、こうした議論は冷戦期にはたしかに説得力を持っていたかもしれないが、冷戦終結以降、特に今日においては、イスラエルはアメリカにとって戦略的資産(asset)というよりはむしろ負債(liability)であるとする議論が優勢となってきている。
まず、イスラエルをアメリカにとっての戦略的資産であるとする議論について整理しよう。こうした議論の中心には、軍事面・インテリジェンス面での協力関係が存在する。イスラエルはその地理的位置からして中東の要衝に位置しており、この点はアメリカの軍事戦略にとって大きな利点である。また、イスラエルが提供する先進的なミサイル防衛システムやサイバーセキュリティ技術は、アメリカにとって重要な資産となっている。イスラエルが独自に開発したミサイル防衛システム「アイアンドーム」は、その実戦経験から高く評価され、アメリカの防衛体制にも大きく寄与している。加えて、イスラエルの情報機関は、イランやヒズブッラー、ハマースといったアメリカにとって敵対的な勢力に関する貴重な情報を提供しており、この情報共有はアメリカの中東戦略を支える重要な柱となっている。
さらに、イスラエルの軍事力は、アメリカが中東における優位を維持し、敵対的な勢力を封じ込めるための一つの手段として機能している。冷戦期にはソ連の影響力に対抗し、その後はテロリズムやイスラーム過激派との戦いにおいて重要な役割を果たしてきた。2010年以降は中東全域におけるイランの影響力を抑える上でイスラエルは枢要なプレイヤーとなってきた。イスラエルとアメリカは共に、イランの地域的な野心や核開発を抑止するという共通の目的を共有している。イスラエルがイランの核施設に対して行った破壊工作やサイバー攻撃は、アメリカの利益とも合致する。イスラエルの強力な軍事力とその地域における安定した存在は、このようなアメリカの戦略において、他の不安定な国家とは一線を画す重要なパートナーである。特に、イスラエルの民主主義体制は、他の中東諸国の多くが権威主義的な政権であるなかで、アメリカにとって長期的な協力関係を築く上で信頼できる基盤を提供している。このように、イスラエルはアメリカの中東政策にとって欠かせない軍事的パートナーであり、その存在はアメリカの地域的影響力を強化しているという主張はこれまでに一定の説得力を持ってきた。
他方で、イスラエルがアメリカにとって戦略的負担であるという主張も根強い。特に、アメリカがイスラエルを支援することで、アラブ諸国やイスラーム圏において反米感情が高まり、そのイメージや影響力が損なわれているという点はしばしば指摘される。また、アメリカは長年にわたり、イスラエルに対して多大な軍事援助を提供し、国際的な場ではイスラエルを徹底的に支持する姿勢を示し、これらがパレスチナ問題を解決する上で大きな障害となっているとも批判されている。イスラエルが(たとえばレバノンやイランなどに対して)無謀な軍事行動に乗り出し、それにアメリカが巻き込まれるリスクについても常々指摘されてきた。
アメリカは、イスラエルの入植地拡大やガザへの軍事行動に対して国際社会から批判を受けるたびに、国連などの国際フォーラムでイスラエルを擁護しなければならないという状況に追い込まれ、外交的に孤立することが少なくない。これにより、アメリカは他の国際的な課題(核不拡散や人権問題など)において多国間での協力を得るのが難しくなっている。2023年10月以降のイスラエルによるガザ、レバノン、そしてイランに対する軍事行動に際しても、同様のことが繰り返された。
加えて、イスラエルがアメリカに対して与える経済的負担も無視できない。アメリカはイスラエルに対して毎年数十億ドルに及ぶ軍事援助を提供しており、この金額はアメリカの対外援助の中でも突出している。この援助が、他の地域や課題に向けるべき資源を圧迫しているという批判もある。イスラエルは経済的に豊かであり、自前の防衛産業を持つ先進国であるため、アメリカからの援助が過剰であるという見方もある。このように、イスラエルへの過剰な支援は、アメリカの経済的利益に対する負担を増加させているという批判は根強い。
6. イスラエル・ロビーと政治献金の影響力
イスラエル・ロビー――ここでは簡潔に「アメリカの外交政策をイスラエル寄りにしようと活動している個人や諸団体の緩やかな連合体」と定義しておく[10]――がアメリカの中東政策を過度に歪めているという主張は、学術的にも公共の議論においても物議を醸している問題であり、様々な立場からの議論が展開されている。この主張を支持する論者は、親イスラエルのロビー団体がアメリカの外交政策に対して不釣り合いな影響力を持ち、その結果、イスラエルの利益がアメリカの広範な戦略目標に優先されていると論じる。それに対して、この主張に反対する者は、アメリカの対イスラエル政策は、戦略的およびイデオロギー的な利益を共有することに基づいており、イスラエル・ロビーの影響力は重要ではあるものの、中東におけるアメリカの政策を形成する多くの要因の一つに過ぎないと主張する。
イスラエル・ロビーがアメリカの中東政策を歪めているとする主張のなかで最も有名な議論は、ジョン・ミアシャイマーとスティーヴン・ウォルトによる2007年の著書『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』において展開されている。彼らによれば、AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)をはじめとする親イスラエル的な団体が、ロビー活動、広報キャンペーン、政治家候補への資金献金を通じて、アメリカの政策立案者に対して過剰な影響力を行使し、その結果、アメリカの広範な利益と矛盾する場合でも、アメリカの外交政策が常にイスラエルに有利な方向に傾いているという。特に軍事援助、外交支援、イスラエル・パレスチナ問題に関する政策がロビー団体の影響によりイスラエル寄りに歪められていると論じられ、これがアメリカの戦略的または道徳的な利益と一致しない政策決定をもたらしていると主張される。
ワシントンにおけるイスラエル・ロビーの活動を丹念に追跡したカーク・ビーティーは、その巨大な影響力と資金力について次のように報告している。
興味深いことに、そして重要なことに、2000年から2012年の間、親イスラエル派PAC(引用者注:political action committeeの略、アメリカの選挙において活動する政治資金団体)の支出は、中絶政策や銃規制といったホットな問題に対するロビイストの支出を上回り続けている。人工妊娠中絶に関しては、1999年から2012年にかけて、「プロ・チョイス」と「プロ・ライフ」の支出は、選挙サイクルごとにそれぞれ平均111万ドル、45万ドルで、平均総額は156万ドルであった。「銃の権利」支持派は一つの選挙サイクルあたり平均160万ドルを拠出し、「銃規制」支持派は同じ期間に平均10万ドルを拠出した。つまり、中絶政策と銃規制の各論点における支持派と反対派の献金を合計すると、一つの選挙サイクルあたりそれぞれ平均156万ドル、170万ドルであった。これに対し、「イスラエル支持派」による献金はこの期間、一つの選挙サイクルあたり平均287万ドルであった。
興味深いのは、アメリカ国民の90%以上が望んでいた「銃規制」を打ち砕く議会が誕生した2012年の選挙サイクルにおいて、「銃の権利」擁護派が連邦議会議員候補者を支援するために153万ドル以上を支出したのに対し、親イスラエル派PACは連邦議会議員候補者に298万ドルを支出したことである(この数字は、過去4回の選挙サイクルのそれぞれよりも少ない)。[11]
また、実際、2023年10月7日以降、AIPACは一貫して停戦に反対してきた。10月7日から2024年1月の4ヶ月のあいだに、AIPACは9,000万ドルもの資金を集めたとも報じられた[12]。また、紛争勃発以降にイスラエル支持をより強くした議員は、パレスチナ支持を掲げた議員よりも、前回選挙中にイスラエル・ロビーから平均で10万ドル以上多くの資金援助を受け取っていたとも報じられている[13]。バーニー・サンダース上院議員(民主党・バーモント州)が2024年1月に提出した「イスラエルがガザ攻撃において人権や国際法に違反しないことを条件に援助を行う」との決議案もまた、AIPACなどの反対にあい、上院議員11人からの支持しか得られなかった。
他方で、こうした議論への反論も多くなされてきた。そこでは、イスラエル・ロビーは強力ではあるものの、アメリカの外交政策を「支配」しているわけではないという点が強調されている。ロビー活動はアメリカの民主主義における通常の政治過程であり、環境保護団体や防衛産業などの他の利益団体と同様に、各自の利益に合致する政策を追求している。AIPACなどの親イスラエル団体もこの枠組みのなかで活動しており、政治献金やロビー活動、広報活動を通じて自らの目標を推進しているに過ぎない。さらに、これらのロビー活動はアメリカの世論や政治エリートの支持を反映しているに過ぎず、世論調査では、アメリカ国民の大多数がイスラエルに共感しており、議会でもイスラエル支援が超党派の支持を得ている。この観点からは、イスラエル・ロビーの成功は、アメリカ国内の価値観や戦略的利益と一致しているからこそ達成されているのだ。このように論じられる。
さらに、アメリカの対イスラエル政策が常にイスラエル・ロビーの要求に従っているわけではなく、ロビーの影響力には限界があるとも指摘される。たとえば筆者は、2003年のイラク戦争が「少なくともそれなりに、イスラエルをより安全なものにしたいという願望によって動機付けられていた」[14]と論じたミアシャイマーとウォルトに対し、アメリカのユダヤ人コミュニティはイラク戦争をめぐって、体制転換の是非、そしてその手段としての軍事侵攻の是非に関して意見が鋭く分裂していたことを挙げ、こうした主張に疑問を呈した[15]。また、イスラエルとイスラエル・ロビーは1990年代以降一貫してイランの核施設に対するアメリカの先制攻撃を求めてきたが、そのような主張が実行に移されることはなかった。イスラエルとイスラエル・ロビーはまた、その強硬な反対にもかかわらず、2015年、バラク・オバマ政権によるイラン核合意(JCPOA)の成立を許してしまった。その他にも、アメリカは2000年代以降、イスラエルとイスラエル・ロビーの意に反する対中東政策(サウジアラビアをはじめとするアラブ諸国への高性能兵器の売却など)をしばしば採用してきた。これらの事例は、アメリカの対イスラエル政策がロビー団体の影響力を超えた、より広範な地政学的な配慮に基づいていることを示していると論じられる。
結論
ここまで論じてきた通り、アメリカのイスラエルに対する寛大な支援は、宗教的、歴史的、文化的、政治的、戦略的要因が複雑に深く絡み合った結果である。福音派キリスト教徒の宗教的信条、ユダヤ人に対する歴史的シンパシー、ホロコーストのトラウマ、民主主義的価値観の共有、中東における戦略的地政学的利益、イスラエル・ロビーの巨大な影響力など、すべてがアメリカとイスラエルの特別な関係に寄与している。このような様々な要因が組み合わさることで、アメリカのイスラエル支援は揺るぎないものとなっているのである。
さらに、2020年に締結されたアブラハム合意以降、アメリカにとってのイスラエルの戦略的価値は大きく向上したともしばしば指摘される。UAE、バーレーン、スーダン、モロッコというアラブ諸国がイスラエルとの外交関係を正常化したことで、アメリカのイスラエル支援が中東におけるアメリカの政治的影響力を必ずしも損なわないことが明らかになった。これらのアラブ諸国が「パレスチナの大義」よりも経済的・安全保障的な実益を優先する姿勢を示したことは、イスラエルがアメリカにとって戦略的資産であるとの主張を後押しする材料となってきた。ただし、こうした議論は2023年10月以降の「蛮行」ともいえるイスラエルの大規模攻勢により、急速に萎んでいった。
他方、近年では「Z世代」と呼ばれる若い世代が、このようなイスラエルを無条件に支持するアメリカの外交政策に対して、批判的な眼差しを向けるようになってきた。彼らは歴史的に差別的扱いを受け続けてきた黒人たちの命と尊厳を訴える「ブラック・ライブズ・マター運動」の中心的な担い手であったが、その関心は国内だけに留まらず、世界各地の差別や暴力、特に自分たちの国家であるアメリカが行使してきた暴力や加担してきた抑圧に厳しい批判を向けている。実際、2023年3月のギャラップ社による世論調査では、過去20数年間で初めて、パレスチナに共感すると回答した民主党支持者(49%)が、イスラエルに共感すると回答した民主党支持者(38%)を上回っている。こうした変化の要因としてもZ世代の親パレスチナ的な世論の高まりが重要であると指摘される[16]。
それでは、今後、イスラエルの急進化・右傾化やZ世代の台頭がアメリカ・イスラエル関係を変化させ得るのであろうか。恐らくそうはならないであろう。アメリカの徹底的なイスラエル支持は、単純にイスラエル・ロビーの資金力や影響力のみに帰するものではなく、上述のような歴史や理念といった様々な要因の絡む盤石なものである。多くのアメリカ人にとって、イスラエルの存在を肯定することはすなわち自らの国家を肯定することと同義であり、イスラエルへの支援は戦略や国益といった世俗的な利害を超えて倫理的・宗教的な義務に他ならない。したがって、それがいかにアメリカの国際的な評判や国益を損なうことにつながろうとも、アメリカ・イスラエル関係の現状が変化する可能性はきわめて低いといえよう。
著者略歴
溝渕 正季(みぞぶち まさき)
明治学院大学法学部・准教授。1984年香川県生まれ。博士(地域研究、上智大学)。ハーバード大学ジョン・F・ケネディ公共政策大学院ベルファー科学・国際関係研究センター研究員、名古屋商科大学ビジネススクール教授、広島大学大学院人間社会科学研究科准教授などを経て、現職。専門は中東地域の政治・軍事・安全保障問題、中東をめぐる国際関係、イスラーム政治など。
※『MEIJコメンタリー』 は、「中東ユーラシアにおける日本外交の役割」事業の一環で開設されたもので、中東調査会研究員および研究会外部委員が、中東地域秩序の再編と大国主導の連結性戦略について考察し、時事情勢の解説をタイムリーに配信してゆくものです。
以上
- [1] Congressional Research Service, “U.S. Foreign Aid to Israel,” RL33222 (March 1, 2023); Jonathan Masters and Will Merrow, “U.S. Aid to Israel in Four Charts,” Council on Foreign Relations (May 31, 2024).
- [2] なお、本稿では、主に以下の文献を参照した。池田有日子『ユダヤ人問題からパレスチナ問題へ:アメリカ・シオニスト運動にみるネーションの相克と暴力連鎖の構造』(法政大学出版会、2017年); 立山良司『ユダヤとアメリカ:揺れ動くイスラエル・ロビー』(中央公論新社、2016年); Yaakov Ariel, An Unusual Relationship: Evangelical Christians and Jews (New York: New York University Press, 2013); Kirk J. Beattie, Congress and the Shaping of the Middle East (Seven Stories Press, 2015); Daniel G. Hummel, Covenant Brothers: Evangelicals, Jews, and US–Israel Relations (University of Pennsylvania Press, 2019); Amy Kaplan, Our American Israel: The Story of an Entangled Alliance (Harvard University Press, 2018); Walter Russell Mead, The Arc of a Covenant: The United States, Israel, and the Fate of the Jewish People (Knopf, 2022); John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt, The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy (Farrar, Straus and Giroux, 2007); Dennis Ross, Doomed to Succeed: The U.S.–Israel Relationship from Truman to Obama (Farrar, Straus and Giroux, 2015); David Tal, The Making of an Alliance: The Origins and Development of the US-Israel Relationship (Cambridge University Press, 2022); Dov Waxman, Trouble in the Tribe: The American Jewish Conflict over Israel (Princeton University Press, 2016).
- [3] Walter Russell Mead, “The New Israel and the Old: Why Gentile Americans Back the Jewish State,” Foreign Affairs, Vol. 87, No. 4 (July/August, 2008), p. 37.
- [4] Tal, The Making of an Alliance, p. 32.
- [5] Mead, “The New Israel and the Old,” p. 36.
- [6] Walter Russell Mead, Special Providence: American Foreign Policy and How It Changed the World (Routledge, 2002); Jeremi Suri, Liberty’s Surest Guardian: American Nation-Building from the Founders to Obama (Simon & Schuster, 2011).
- [7] Michael Hunt, Ideology and U.S. Foreign Policy (Yale University Press, 1987).
- [8] Hillary R. Clinton, Hard Choices (Simon & Schuster, 2014), p. 304.
- [9] John Kerry, Every Day is Extra (Simon & Schuster, 2018), p. 446.
- [10] John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt, The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy (Farrar, Straus and Giroux, 2007), p. 5.
- [11] Beattie, Congress and the Shaping of the Middle East, p. 67.
- [12] “Inside The Israel Lobby’s New $90 Million War Chest,” The Lever (February 1, 2024).
- [13] Tom Perkins, “Revealed: Congress Backers of Gaza War Received Most from Pro-Israel Donors,” Guardian (January 10, 2024).
- [14] Mearsheimer and Walt, The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy, p. 231.
- [15] 溝渕正季「なぜ米国はイラクに侵攻したのか?開戦事由をめぐる論争とその再評価」『国際政治』第213号(2024年3月)112-127頁。
- [16] 三牧聖子『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書、2023年)。