【理学部】物理科学科 伊藤 豊 教授の研究グループがスピン3/2の核スピン格子緩和曲線の厳密解を高温超伝導体に応用する研究成果を発表しました

2024.12.04

研究成果

理学部物理科学科 伊藤 豊 教授の研究グループがスピン3/2の核スピン格子緩和曲線の厳密解を簡単にした数式を発見し、それを銅酸化物高温超伝導体HgBa2Ca2Cu3O8+δ(Hg1223)に応用することで、電荷ゆらぎの兆しを示唆する結果を得たと発表しました。研究成果は、英文学術誌Journal of the Physical Society of Japanの本論文として2024年12月25日付にオンライン版が出版されました。

掲載論文

題目: Quest for Nuclear Quadrupole Relaxation in HgBa2Ca2Cu3O8+δ
著者: Yutaka Itoh, Akihiro Ogawa, and Seiji Adachi
掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. Vol.93, No.12,124708 [DOI: 10.7566/JPSJ.93.124708]
URL:https://doi.org/10.7566/JPSJ.93.124708

研究概要

固体の構成元素の中のスピン3/2の原子核スピンは、強力な外部磁場と結晶電場の勾配によって分裂した共鳴吸収曲線を示すことが多く、吸収したエネルギーを放出する過程で超微細場の磁気ゆらぎと電荷ゆらぎの2つの異なる緩和過程を伴うことが知られていました。しかしながら、実際の研究では多くの場合、電気的か磁気的かどちらか一方の緩和率を仮定して解析されています。図1は電荷ゆらぎとスピンゆらぎの概念図です。
図1: 電荷ゆらぎと磁気ゆらぎの概念図。電子の属性には電荷とスピン角運動量があり、2つの自由度は固体の中の熱平衡においても確率的に揺らいでいる。
核スピン格子緩和に2種類以上の異なる緩和過程をともなうような、同時に2つのゆらぎが存在する場合のスピン3/2の理論曲線の厳密解が1998年に発見されていました。(図2は核スピンのエネルギー準位図と準位間をむすぶ散乱過程の対応図です。)しかし、その数学的な複雑さのためにほとんど利用されてきませんでした。今回、この厳密解を詳細に検討したところ、簡単化した数式を発見することができました。さらに、もともとの複雑な式においても、比較的簡単な手順で厳密解を含む緩和時間を実験的に評価する方法も発見しました。
図2: 核スピンのエネルギー準位図における磁気双極子遷移による緩和率Wと電気四重極遷移による緩和率WQの対応図。
銅酸化物高温超伝導体において、近年、磁気ゆらぎの中に電荷ストライプや電荷密度波が高輝度放射光の実験によって見出されており注目されています。今回発見された厳密解の還元式を、常圧で世界最高の超伝導転移温度をもつ3枚層超伝導体Hg1223(銅63Cuアイソトープを濃縮した特別な試料)に応用したところ、わずかではありますが電荷ゆらぎの兆しを示唆する結果を得ました。決定的な証拠というにはまだまだ研究をしなければいけませんが、厳密解の簡易版を使えば、2つの揺らぎの成分を迅速に抽出できることを示すことができました。

厳密解を簡単にした数式は、超伝導体に限らず、スピン3/2の原子核を含むすべての物質に応用できる汎用性をもつものです。電気と磁気が同時に関係してくるマルチフェロイック系の交差相関、より高次の電気磁気分極である多極子秩序などが固体の強相関電子系の分野において注目されており、複数の自由度のからみあった物理現象の研究が始まっています。これらの物質に対しても今後、この新たに発見された簡易版の数式の活発な応用が期待されます。

用語と解説

【スピンと核磁気共鳴】質量をもった素粒子はスピンとよばれる「自転」のような運動にともない磁石の性質をもちます。この「自転」は真空のゼロ点振動のことです。固体の磁性の起源は電子の磁石としての性質であり、その元はスピンS = 1/2の集団の振る舞いから生じています。また、ここで登場したスピンは原子核のもつスピンのことで、元素の種類によってさまざまな値をとります。銅63Cu、リチウム7Liやナトリウム23Naの原子核はスピン I = 3/2 をもち、機能性材料などの物質に含まれる元素です。このような物質に外部磁場を印加することでスピンが共鳴し、共鳴吸収と緩和現象がおきます。病院にあるMRIは体の水分子の中の陽子の核磁気共鳴を利用しており、今回の研究は超伝導体の中の銅核についての核磁気共鳴の緩和研究でした。

参考

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