【生命科学研究科】大学院生 岩本 駿吾さんと板野 直樹教授らの研究グループが、がん幹細胞性を促進する新たな機構を解明
2024.01.18
がん幹細胞出現の謎に迫る
生命科学研究科の板野 直樹教授と岩本 駿吾さん(大学院博士後期課程学生、進路・就職支援センター職員)らの研究グループは、持続的な細胞内糖代謝負荷が、がん細胞のがん幹細胞性を促進し、がん幹細胞の出現頻度を高めるという新たな機構を解明しました。
本研究成果は、2024年1月15日付で、英国科学誌「Cell Death & Disease」に掲載されました。
本研究成果は、2024年1月15日付で、英国科学誌「Cell Death & Disease」に掲載されました。
背景
近年、多くの癌腫において、「がん幹細胞」の存在が報告されています。このがん幹細胞は、従来の化学療法や放射線治療に抵抗性を示し、転移や再発を引き起こすことから、がん根治を阻む最大の要因と考えられています(図)。再発した治療抵抗性のがんを抗がん剤治療などの従来法により治療可能とするためには、がん幹細胞性を制御しているメカニズムを解明し、がん幹細胞の出現頻度を抑える技術を開発することが重要です。
低酸素・低栄養など種々のストレス環境が、がんの悪性化に深く関わっていることが知られています。持続的な低容量のストレスに曝されたがん細胞は、特有のストレス防御機構を発動して、これらストレス環境に適応していると考えられます。なかでも、種々のストレスに耐性をもつがん幹細胞の出現は、抗がん剤による一過性で強いストレスに適応するためのがん生存戦略の中核をなしています。しかし、このようなストレス環境が、がん幹細胞の出現頻度に及ぼす影響については、これまで十分には解明されていませんでした。
低酸素・低栄養など種々のストレス環境が、がんの悪性化に深く関わっていることが知られています。持続的な低容量のストレスに曝されたがん細胞は、特有のストレス防御機構を発動して、これらストレス環境に適応していると考えられます。なかでも、種々のストレスに耐性をもつがん幹細胞の出現は、抗がん剤による一過性で強いストレスに適応するためのがん生存戦略の中核をなしています。しかし、このようなストレス環境が、がん幹細胞の出現頻度に及ぼす影響については、これまで十分には解明されていませんでした。

がん幹細胞の抗がん剤抵抗性とがん再発の概念図
化学療法や放射線治療に抵抗性を示すがん幹細胞は、治療後も残存し、自己の複製とがん細胞への分化によってがんの再発を引き起こす。再発後のがん組織では、がん幹細胞が高頻度で存在することで治療抵抗性となると考えられる。このため、がん幹細胞の出現を抑える薬の開発が切望されている。
化学療法や放射線治療に抵抗性を示すがん幹細胞は、治療後も残存し、自己の複製とがん細胞への分化によってがんの再発を引き起こす。再発後のがん組織では、がん幹細胞が高頻度で存在することで治療抵抗性となると考えられる。このため、がん幹細胞の出現を抑える薬の開発が切望されている。
研究概要
研究グループは、細胞内糖代謝への持続的な負荷が、がん細胞の糖鎖修飾を変化させ、がん幹細胞の出現を促すとの仮説を立て、その検証に取り組みました。まず、高分子多糖のヒアルロン酸を産生する乳がん細胞では、細胞内の糖ヌクレオチドが減少し、糖代謝に弱い負荷が持続的にかかっていることをHPLC分析により明らかにしました。また、グライコミクス解析による糖鎖の包括的プロファイリングを実施し、ヒアルロン酸産生乳がん細胞に特徴的な糖鎖の形成不全を明らかにしました。そこで、人為的に軽微な糖鎖不全を引き起こしたところ、乳がん細胞のがん幹細胞性やシスプラチンに対する耐性が高まることを明らかにしました。このことから、ヒアルロン酸の産生を引き金に、乳がん細胞内の糖代謝に持続的かつ軽微な負荷がかかり、がん細胞の糖鎖修飾に変化が生じて、がん幹細胞性が促進されたと考えられます。
タンパク質の主要な翻訳後修飾である糖鎖修飾は、タンパク質の正常なフォールディングや細胞内輸送、さらには、膜タンパク質・分泌タンパク質の機能を調節し、細胞内のシグナル伝達を広く制御しています。本研究では、RNA-seqによる遺伝子発現の網羅的解析を実施し、糖鎖の軽微な変化が、がん幹細胞性の制御に重要なNotchシグナルを活性化し、がん幹細胞性を促進することを明らかにしました。そこで、ヒアルロン酸産生乳がん細胞をグルコサミンやマンノースで処理して、細胞内の糖代謝負荷を軽減し、糖鎖の形成不全を部分的に解消したところ、がん幹細胞性が抑制され、シスプラチンに対する感受性が回復しました。
今回、細胞内糖代謝に持続的かつ軽微な負荷が加わることにより、がん幹細胞性が促進されるという、新たな機構が明らかとなりました。本研究の成果は、これまで謎の多かったがん幹細胞の出現機構に新たな視点をもたらすと考えられます。
タンパク質の主要な翻訳後修飾である糖鎖修飾は、タンパク質の正常なフォールディングや細胞内輸送、さらには、膜タンパク質・分泌タンパク質の機能を調節し、細胞内のシグナル伝達を広く制御しています。本研究では、RNA-seqによる遺伝子発現の網羅的解析を実施し、糖鎖の軽微な変化が、がん幹細胞性の制御に重要なNotchシグナルを活性化し、がん幹細胞性を促進することを明らかにしました。そこで、ヒアルロン酸産生乳がん細胞をグルコサミンやマンノースで処理して、細胞内の糖代謝負荷を軽減し、糖鎖の形成不全を部分的に解消したところ、がん幹細胞性が抑制され、シスプラチンに対する感受性が回復しました。
今回、細胞内糖代謝に持続的かつ軽微な負荷が加わることにより、がん幹細胞性が促進されるという、新たな機構が明らかとなりました。本研究の成果は、これまで謎の多かったがん幹細胞の出現機構に新たな視点をもたらすと考えられます。
今後の展望
グルコサミンやマンノースにがん幹細胞性を抑制する作用があるという今回の発見は、将来、これらサプリメントを抗がん剤治療の補助療法として展開するための基盤となり得ます。
用語説明
がん幹細胞
がん幹細胞性を示すがん細胞。高い造腫瘍能、自己複製能やがん細胞への分化能、化学療法や放射線治療に耐性をもち、再発や転移を引き起こす要因と考えられている。
ヒアルロン酸
N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸からなる直鎖上の高分子多糖で細胞外マトリックスの主要な成分。細胞内糖ヌクレオチドを基質に生合成される。
HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析
試料を溶かした溶液を移動相の流れにのせて固定相を高速で通過させ、試料中の成分と固定相との相互作用の違いにより、成分を分離して検出する分析法
RNA-seq解析
次世代シーケンサーを用いて、全転写物の塩基配列を読み取り、遺伝子発現を網羅的かつ定量的に解析する手法
シスプラチン
DNAなどの生体成分と結合して抗がん効果を発揮する白金製剤
論文情報
論文タイトル | Tolerable glycometabolic stress boosts cancer cell resilience through altered N-glycosylation and Notch signaling activation |
---|---|
掲載誌 | 英国科学誌Cell Death & Disease |
掲載日 | 2024年1月15日 |
著者 | 岩本駿吾1,*、小林 孝2,*、花松久寿3,*、横田育子4、寺西由紀子1、岩本明歩2、北川未唯2、蘆田紗和子1、櫻井彩弥音1、松尾 俊2、明翫佑真2、杉本愛侑2、潮田 亮2、永田和宏2,5、後藤典子6、中嶋和紀7、西風隆司8、古川潤一3,4、板野直樹1,2,# 1京都産業大学大学院生命科学研究科、2京都産業大学生命科学部、3北海道大学大学院医学研究院、4名古屋大学 糖鎖生命コア研究所 糖鎖ビッグデータセンター、5 JT生命誌研究館、6金沢大学がん進展制御研究所 先進がんモデル共同研究センター、7岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 糖鎖分子科学研究センター、8島津製作所 分析計測事業部 Solutions COE (*筆頭著者、#責任著者) |
DOI | 10.1038/s41419-024-06432-z |
謝辞
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(課題番号:JP18K06671、JP22K06605、研究代表者:板野直樹)、水谷糖質科学振興財団研究助成(研究代表者:板野直樹)および金沢大学がん進展制御研究所共同利用・共同研究拠点の支援を受けて実施されました。