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山田剛のINSIDE INDIA (第140回)

どうなるインド新興財閥アダニの不正疑惑

コロナ克服目指す経済政策への影響はーー

2023/02/23

インフラやエネルギーを事業の柱に急成長したインドの新興財閥「アダニ・グループ」が不正会計疑惑に揺れている。ナレンドラ・モディ首相と同郷のグジャラート州出身ということもあり、政権との緊密さも指摘されている。インドでは来年春の総選挙を控え、有権者や産業界へのアピールを狙った2023年度予算案が発表されたばかり。こうした状況でアダニの疑惑が深刻化すれば、政府の経済政策に対する影響も懸念される。インド産業界の革命児か、怪しい政商かーー。アダニの素顔に迫ってみたい。

3年でグループ時価総額9倍に

グループを率いるゴータム・アダニ会長(60)は1962年、グジャラート州アーメダバード生まれ。86年、貿易自由化の波に乗りアダニ・エンタープライゼスの前身であるプラスチック商社「アダニ・エージェンシー」などを設立。98年には今日の中核事業である同州・ムンドラ港開発プロジェクトに着手。その後炭鉱経営や電力・ガス、太陽光発電などへ次々と事業を拡げ、空港や高速道路建設などにも進出した。最近は再生可能エネルギーや携帯電話、情報技術(IT)、そして有力テレビ局を買収してメディア事業にまで手を広げた。さらに、ムンバイにあるインド最大のスラム「ダラビ地区」の再開発にも乗り出し、タタ・グループ、リラアイアンス・グループに次ぐインド第3位の財閥へと躍進した。

さらにビジネス界を驚かせた大型買収劇が2022年。スイスのセメント大手ホルシムのインド子会社である「ACC」と「アンブジャ・セメント」の2社を約64億ドルで買収、これによりアダニのセメント生産能力はインド第2位に躍り出た。2022年6月にはアダニ氏60歳の誕生日に家族で計6000億ルピー(約9600億円)を医療、教育事業などに寄付する、と発表している。

過去3年間でグループ時価総額が9倍に膨れ上がるというすさまじい急成長によって、財閥を一代で作り上げたアダニ会長の資産も急増。22年9月には米フォーブス誌によって一時インドで首位、世界でも「テスラ」のイーロン・マスク氏、「アマゾン」のジェフ・ベゾス氏に次ぐ第3位の「金持ち」に認定された。

「美食家」とされるが、動物性の食品は食べないベジタリアンとして知られる。趣味はカードゲーム。目標とするビジネスマンはグジャラティの先輩でもあるリライアンス・グループ創業者の故ディルバイ・アンバニ氏(ムケシュ・アンバニ氏の父)。クルマは防弾仕様のトヨタ・アルファードを愛用。ビジネスジェット4機を保有している。

これだけの大財閥が不正疑惑で大きく動揺していることで、インフラ投資に重点を置くモディ政権の経済政策推進への影響も懸念される事態となっている。

https://www.youtube.com/watch?v=H2JWFFPUEPw

ムンドラ港紹介VTR

疑惑で株価急落

このようにわが世の春を謳歌していたアダニ・グループが激震に見舞われたのは23年1月下旬、米投資会社「ヒンデンブルグ・リサーチ」がアダニについて「長年にわたっての株価操縦や、タックスヘイブンを利用した不正会計があった」とするレポートを発表したことがきっかけだ。アダニは直ちに400ページを超える反論書を出して疑惑を全面否定し、訴訟も辞さない構えを見せた。しかし、グループ各社の株価は3週間で最大60%も下落、疑惑浮上前に約2200億ドル(29兆円)あったグループの時価総額は半分以下に目減りした。また、アダニ会長の個人資産も2月上旬までに630億ドル以上が失われ、「資産家ランキング」でもベスト20から転落した。

このヒンデンブルグ、アダニ・グループ株への「空売り」を公言するなどいささか胡散臭い印象を与えるが、2000年にアメリカの電気自動車メーカー「ニコラ」による虚偽の宣伝を告発したことで知られている。騒ぎの渦中でグループ旗艦企業「アダニ・エンタープライゼス」による総額25億ドルの公募増資が中止に追い込まれたのをはじめ、格付けが引き下げられ、信用不安もささやかれるようになった。アダニは昨年、グリーン水素事業などに700億ドルを投資する再生可能エネルギー・プロジェクトや西ベンガル州での大規模データセンター建設などを打ち出していたが、こうした新規事業は大幅な見直しを迫られそうだ。

モディ首相と同じグジャラティ(グジャラート州出身者)ということで、アダニはとかく政権との緊密な関係が指摘される。事業の柱である港や空港などの「インフラ建設」や「再生可能エネルギー」は、まさにモディ政権が進める政策に合致する。昨年、政府に批判的なニュースTV局「NDTV」を買収した時も「(政権の意を受けて)報道に介入するのでは」と指摘された。だが、冷静に考えれば、大国インドの政治指導者は新興財閥と一蓮托生で付き合うほど脇は甘くない。モディ政権との関係性を論じるなら、やはり同じグジャラティーであるリライアンス・グループ総帥のムケシュ・アンバニ氏の方がより緊密と言える。

確かにアダニ・グループはモディ政権誕生とともに急成長している。与党インド人民党(BJP)が圧勝し政権を奪回した2014年春の総選挙直後から見れば、アダニ・グループの時価総額は実に37倍に拡大している。だが、アダニのビジネスが軌道に乗ったきっかけは現野党・国民会議派時代の1985年、時のラジーブ・ガンディー政権が実施した輸出入規制緩和やそれを引き継いだナラシムハ・ラオ首相、マンモハン・シン財務相(後の首相)が断行した経済改革だった。アダニ会長自身も、いろいろな政治家と幅広く付き合っている。アダニの疑惑とインド政府の政策は分けて考えるべきだろう。

インド経済への影響 最小限に

こうしたスキャンダルで思い出されるのは2009年。当時インド第4位のIT企業だったサティヤム・コンピュータによる不正会計が露見し、同社は経営破綻。マヒンドラ・グループに吸収され創業者のラマリンガ・ラジュ氏が逮捕・収監された事件だ。だが、この事件によってインドの成長が阻害されることはなかった。

今のところ、アダニのスキャンダルによるインド株式市場への影響は限定的だ。アダニに関するレポート公表後に下落したムンバイ証券取引所の平均株価は、2月中旬までにほぼ値を戻している。よりによって2月1日は23年度予算案の発表という重要な節目だったが、シタラマン財務相ら政府幹部は即座に政策への影響を否定し、その後もかなり冷静に対応している。

近年はかなり圧縮されていたとはいえ、アダニ・グループの上場10社の負債総額は3.4兆ルピー(5.4兆円)とかなりの額にのぼる。これまでのアダニの株価高騰もいわば「バブル」の産物。よって、いつかは破裂して当然。そこを百戦錬磨の空売りに狙われた、という側面もありそうだ。

経済政策への影響は

ただ、政府はその23年度予算案で、雇用増とサプライチェーンの強化、民間投資の呼び込みを狙い、インフラなど固定資本に前年度比33%増、10兆ルピー(16兆円)の歳出を盛り込んだばかり。こうしたインフラ建設を得意とするアダニ・グループが不振に陥れば、政府の投資計画に遅れが出る可能性もある。

民間資本がなかなか育たなかったインドでは長年、国営企業と財閥が経済を支えてきた。財閥はもちろん、有力な民間企業では強烈な個性の会長・社長がトップダウンでかじ取りに当たることが多い。即断即決のスピード経営という強みはあるが、トップの判断ミスや逸脱が企業の経営を揺るがす事態に発展することも少なくない。だが、さすがにインドでも多くの企業がここ十数年でコーポレート・ガバナンスを大幅に改善し、コンプライアンスや情報公開、さらには利益の社会還元にも気を配るようになっている。アダニ騒動の着地点はまだ見えないが、インドの産業界全体が動揺するような事態にはならないと考えていいだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 アダニ・グループーーー。インドが注目され始めた約20年前には「港湾事業を手掛けるローカル財閥」、といった評価でした。それが2010年代後半から驚異的なスピードで事業を拡大、インド第3の財閥へと成り上がりました。今回のスキャンダルで「これだからインドの会社はーーー」という声も耳にしますが、タタやリライアンスなどその他多くの財閥・企業にまで風評被害が波及することはなさそうです。ただ、2010年代に高速道路やサーキットなどを競って建設した企業が軒並み破綻し、彼らが残した不良債権が今なおインドの足を引っ張っていることを考えれば、インフラ建設という国家的巨大事業を担う「真っ当な会社」をもっと育てるべきでは、と思います。

(主任研究員 山田剛)

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