【食品業界、人手不足問題】ロボットは人間の仕事を奪わない?よくわかる 最新「協働ロボット」入門

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人とロボットが協力して働く日がやってきた

工場でロボットが車を組み立てたり溶接したりする姿を、ニュース映像などで見たことがある方は多いと思います。そうした「産業用ロボット」が海外で作られるようになったのは1950年代頃。

その後、1970年代の高度成長期には、人手不足の解消策として、日本でも産業用ロボットが普及し始めます。

 

……にも関わらず、令和の時代となった今も、日本の食品業界では人手不足が深刻な問題となっているのです。

 

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そこで登場してきたのが「協働ロボット」と呼ばれる、人と一緒に働くロボット。

 

「ロボットなんて、前から大きい工場で人と一緒に動いていたでしょ。そういうロボットを小さい工場にも置けばいいのでは? 何をいまさら」と思う方もいるでしょうが、食品業界にはこの業界特有の問題があり、ロボットを置けば即解決……というわけにはいきません。

 

さらに、人と一緒に働く協働ロボットには、今までの産業用ロボットとは違った性能が求められるのです。

 

何か難しいように見えますが、単純に「協業ロボットすげー! これがあれば、これからも美味しいものを好きに選んで食べられるな!」という話なので、安心してお読みください。

 

食品機械が集まる展示会へ

……ということで、やってきたのは東京ビッグサイト。一般社団法人日本食品機械工業会が主催する、国際食品工業展「FOOMA JAPAN 2019(以下、FOOMA JAPAN)」の会場です。

 

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FOOMA JAPANは、食品加工、保存、食品製造のための自動化装置やロボットなどの、食品に関わる機械を製造・販売する会社が700社ほど集まる、国内最大規模の食品機械工業の展示会です。

 

展示されているのは、例えばこんなもの。

 

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▲全体が抗菌樹脂製の食品向けベルトコンベア。衛生管理は重要事項

 

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▲レトルトパック製造用の釜。少量生産タイプのもので、お値段280万円。店で出している料理をレトルトで売り出すために、個人店にも売れることがあるそう

 

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▲食べられるインクを使用した、食品用のインクジェットプリンター。他にもラテアートができるプリンターなどが並ぶ

 

こんな感じで、一般人は何に使うかよくわからない装置から、原材料があっという間に食品に変わっていくような、見ているだけで楽しい装置まで、食品に関わる様々な機械が展示されていました。社会科見学と思われる子供たちもいたので、一般の人が見ても楽しい展示会かもしれません。

 

食品業界でロボットを導入するメリット

それでは本題です。食品業界の人手不足問題が注目される中、今回のFOOMA JAPANでは、協業ロボットを展示するメーカーが数多く出展していました。

 

……そもそも、食品業界で活躍する「ロボット」とは、どのようなものでしょう?

 

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まず、食品の製造工場というと、こちらの写真のようにいくつもの機械の下を食品が流れていく様子を思い浮かべるのではないでしょうか。

 

実はこういった機械の中にも、人の手のように食品をつまんで回転させたり、移動させたりする小さなロボットが組み込まれているものがあります。

このような機械に組み込まれたロボットは、基本的に決まった動きしかしません。そのため、もし普段とは別のものを作ることになったら、機械全体を変える必要があります。

 

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▲この速さ、早送りではありません

 

一方、こちらのロボットは、一度教えた動作を同じように繰り返します(いわゆる「ロボット」というと、こちらのようなイメージですよね)。作るものが変わっても、それに合わせた動作を教えれば、機械全体を変える必要もありません。

同じ大きさ、形の食品を大量につくる大きな工場ならば、こういったロボットは大いに活躍できるでしょう。

 

それでは、通常の「産業用ロボット」と「協働ロボット」は、何が違うのでしょうか?

 

人に合わせてロボットが動く

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▲麺を取り分けるロボット

 

すでに「産業用ロボット」が活躍しているような大きな現場ではなく、例えば色々なものを少しずつ作る小さな工場、さらには飲食店といった現場で、どうしてもあと1人働き手が欲しいとき。

そうした場面で活躍してくれるのが「協働ロボット」です。

 

食品というのは多くの場合、1個ずつ形が異なっていたり、柔らかかったり、薄かったりと、全く同じものばかりを扱うわけにはいきません。ロボットが自分で判断して、動作や力の加減を調整する必要があります。

そのため、画像処理技術やセンサー技術、ロボットの関節を動かすモーターの技術、それらを動かすためのコンピューター技術などは、以前と比べ格段に進歩しており、現在ではかなり人間に近い動作ができるようになりました。

 

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例えばこちらの協働ロボット。唐揚げをつかんでトレーに入れる作業が行えます。唐揚げは一つずつ形や大きさが異なりますが、ロボット自身が持つ方向を決め、落とさないようにつかんでトレーに入れていきます。

 

人間ならばなんてことない動作ですが、

  • 立体的に唐揚げを見て、その形を判断する
  • どの方向からつかめば落とさないようにつかめるのか、形全体から判断する
  • 潰れないよう優しくつかむのに必要な力を判断する

これだけのことを、ロボットが瞬時にやらないといけません。

 

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これが大きな工場で、一日に何万個もの唐揚げ弁当を作るというのであれば、唐揚げを1つずつ決まった位置でトレーに落としていくような機械を作れば問題ありません。

 

しかし、街の小さな弁当工場で、何十種類かの弁当を数十個ずつ作るとなるとどうでしょうか? それぞれの弁当用に専用の機械を組むことはできませんから、作業員の人が弁当ごとに対応するしかありません。

そんな時、協働ロボットを隣に置けば、人と同じようにおかずを詰めてくれるのです。

 

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従来の産業用ロボットは、ロボットが作業しやすいように、形や大きさ、置き方などを揃えたりと、人がロボットの動きに合わせていましたが、協働ロボットはその逆で、ロボットが人に合わせて動いているのです。

 

協働ロボットに求められるもの

協働ロボットには、いくつか求められる機能があります。

 

①人と同じようにつかめる「手」

食品を扱うとなると、特に手に関しては人と同じような作業ができる必要があります。

 

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▲各種ロボットハンド

 

ロボットにとって、コップや串といった決まった形の硬さのあるものをつかむのは、それほど難しいことではありませんが、ゴツゴツした唐揚げ、破れやすい薄い春巻きの生地、表面が濡れて滑りやすいプチトマト……そんなものを持ち上げるとなると、非常に難しくなります。

 

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一方、人間の手というのは非常に精密で、細かく動かせます。しかも、かなり繊細なセンサー機能もあるので、これをロボットでまねることは大変難しい。

 

そこで、様々なものがつかめるように、各メーカーが努力して色々なタイプの協働ロボット用の「手」を開発しています。

 

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例えばこちらの手。それぞれの指が弾力のある樹脂でできています。

 

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人間の手の表面は柔らかく弾力があり、磨かれた金属のようにツルツルではありません。協働ロボットが柔らかいものをつかむとき、この弾力と、表面の摩擦、力の加減などが重要になります。

 

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この手なら、柔らかいケーキも優しくつかんで運べますね。協働ロボットで、手は非常に重要なパーツです。

 

②食品衛生基準への対応

また、協働ロボットに限らず、食品工場で動くあらゆるロボットは、食品衛生の基準に適合していないといけません。

 

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ロボットの関節部分には、滑らかに動かすために何らかのオイルが使われています。もし、このオイルが漏れたり、霧状になって漂ったりしてしまうと、食品に付いてしまうことがあります。

そうなっても大丈夫なように、ロボットに使うオイルは食品衛生に適合したものである必要があります。

 

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または、人がマスクや手袋、ヘアキャップをかぶるのと同じように、機械全体にカバーをかけてしまうやり方もあります。

 

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他にも、オイルが出ないような構造に工夫するなど、食品に対応した衛生対策が食品用ロボットには色々ほどこされています。

 

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こちらの手は、取り外しが簡単で、全体を洗浄できます。防水対策や、食品に触れる部分の洗浄、殺菌が可能なことも求められてきます。

 

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▲このロボットは自分で洗浄、乾燥までおこなっていました

 

食品を扱う現場は、とにかく衛生管理に気を配っているのです。

 

③人に対しての安全性

もう一つ、協働ロボットに求められるのが、人がいる空間で安全に動けること。

 

ロボットは人の何倍も速く、何倍もの力で動かすことができます。しかし、そんなロボットが人にぶつかったら大事故になりますよね。一緒に働く人の速さや動きに合わせて動作することも、協働ロボットには必要です。

 

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例えばこちらのロボット。倒れているペットボトルを判断してつかみ、正しく立て直します。右下に黄色い小さな箱が見えますね。

 

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これは「エリアセンサー」というもので、一定の距離に人が入ると反応します。通常、高速で動くようなロボットの周りは柵で囲い、人が入らないようにする安全策がとられますが、協働ロボットは一緒に働いているので、人がロボットに近づくことも多くなります。

 

そこでこのロボットは、エリアセンサーで人を感知すると、通常よりも動きが遅くなります。

 

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さらに、何かに触れて2kg以上の力がかかると自動的に停止します。人にぶつかっても大きな力がかかりません。止まったあとは、数秒後に自動的に復帰しますし、ロボット本体を軽く2度叩くと動き出します。寝ている人を起こすような感覚ですね。

 

こういったところも、「ロボットが人に合わせる」と言えるポイントです。

 

ロボットが美味しい「食」の未来を守ってくれる

これまでもロボットは、人が持てないような重いものを持ったり、同じ作業を高速で繰り返したり、過酷な環境で何時間も働いたりと、色々な形で人間を助けてくれました。

それに比べると、協働ロボットは「もう少し身近なところで人間を助けてくれるロボット」と言えるでしょう。食品業界は人の手で行っている作業がまだまだ多く、こういった協働ロボットは今後ますます使われるようになると思われます。

 

「ロボットが人の仕事を奪う」なんてこともよく言われていますね。

確かに、単純な繰り返し作業は、ロボットの方が人間の数倍早くこなします。実際、そうした単調で過酷な仕事は、これから先ロボットがやってくれるようになるでしょう。

 

だからこそ、そういった作業から解放された人間は、もっと楽しく、美味しいものを作り出すための時間を持つことができるようになります。

 

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日々の食を支えるため、協働ロボットがより重要な役割を担うようになり、近所の弁当屋や飲食店で動いているのを見る日はそう遠くないかもしれませんね。 

 

 

(ついでに家庭でも、足元でお掃除をしつつ、腕で食器の引き下げを行い、食器洗浄機に入れるか洗浄してくれるロボットなんてものができるといいですね。作るのと食べるのは楽しくて好きだけれど、掃除と片付けが嫌いな人は多いですから。

本来、料理は作るところから片付けまでが一つの仕事。とはいえ、苦行と思う部分をロボットがやってくれるようになれば、世の中にはもっと美味しい料理があふれるかもしれません。……いや、ないか。どうなんだ?)

 

書いた人:馬場吉成

馬場吉成

普段は元機械設計屋の工業製造業系ライターとし記事を書いていますが、利き酒師で元プロボクサーで日本酒と発酵食品を使った酒の肴を出す店も経営しているので、時々料理や運動系記事も書きます。別人と思われます。

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