世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の著書『世界秩序の変化に対処するための原則』から、中央銀行による緩和政策が最終的にどのような結末を辿るのかを説明している箇所を紹介したい。
中央銀行とインフレ
インフレ政策の結果引き起こされたハイパーインフレからアルゼンチンを救ったミレイ大統領は、中央銀行をなくそうとしている。その第1段階として、中央銀行が自由に紙幣印刷できる自国通貨以外の通貨を自国内で不便なく使えるようにしている。
ヘッジファンドマネージャーのジョン・ポールソン氏は、中央銀行による量的緩和がコロナ後の物価高騰に大きな役割を果たしたと主張していた。
だがそもそも中央銀行とは何か。ダリオ氏は次のように書いている。
お金と信用の量を増減させることで、中央銀行は金融資産や商品やサービスの需要と供給を増減させることができる。
要するに世の中に存在する紙幣の量を自由に変えられるということである。お金をばら撒けば、与えられた人はお金を使おうとする。よって人々の経済行動を操作できるというわけである。
中央銀行の金融政策
中央銀行は普段、景気が悪い時に金融緩和をし、景気が良いときに逆に引き締めようとする。
だが単にそれだけであれば、中央銀行はそもそも必要ないのである。なぜならば、景気が悪くなれば債券市場では自動で金利が下がり、景気が良くなれば自動で金利が上がるからである。
つまり、中央銀行が単に景気に合わせて金融政策を適切に調整するだけなら誰も中央銀行を作ろうと思わなかったわけであり、だから中央銀行には別の目的がある。
それは政府の国債を買い支えることである。例えばイングランド銀行はほとんど政府の借金を処理する目的で作られたものであり、17世紀の昔から中央銀行の目的はそもそもそれだったことが分かる。
金利を上げないこと
政府の借金を何とかするためには、まず金利を上げないことが重要である。金利を市場に任せていては借金だらけの政府の国債の金利は上がってしまうので、市場による適正金利以下に金利を低く抑えることが、借金が増えても政府支出を続けたい政府にとって必要なわけである。
だから政府の息がかかった中央銀行は必要以上に緩和をする。政治家は自分の票田の関心を買うために、中央銀行に紙幣を刷らせてそれを配り始める。
それは経済危機から国民を救うためという名目で行われる。ダリオ氏は次のように述べている。
経済危機において政府はお金と信用と購買力を何処に振り分けるかを、市場に任せるのではなく自分で決める権限を持っている。そしてわれわれの知る資本主義はその姿を消す。
それこそがコロナ禍への対応として世界中で行われたことである。
そして人々は給付された現金とともにインフレを受け取った。給付を受け取っていないにもかかわらずインフレだけ受け取った人はもう本当に最悪である。
だからオーストリア学派の経済学者であるミレイ大統領やフリードリヒ・フォン・ハイエク氏らは、政府の権限を出来る限り制限せよと言っているのである。
緩和をすればものの値段が上がる。アベノミクスで資産価格が上がったときに株式をほとんど持っていない人が喜んでいたのは全く意味不明だが、本当に資産を持っていた一部の人は喜んだかもしれない。
だがダリオ氏はこう書いている。
こう考えてみてほしい。あなたが家を所有していて、政府がお金と信用を創造すれば、家を買おうとする人が増えてあなたの持ち家の価格は上がる。
だが家自体は何も変わっていない。あなたの実質的な資産は何も増えていない。ただ計算上の資産価格が変わるだけである。
緩和によって株価や住宅価格が上がるとき、それは株式や住宅の価値が上がったのではない。自国通貨の価値が下がったのである。
だからドルを買ってドル円が上がったからといって喜んでいる場合ではない。それはドルが上がったのではなく、円が下がったのである。そして日本人の多くはリスク資産だけでなく日本円も持っているはずだ。
インフレ政策の結末
政府と中央銀行による緩和政策の副作用は、金融危機を経るたびに悪化してゆく。2000年代の金融緩和の副作用はリーマンショックだった。コロナ後の現金給付の副作用は物価高騰である。
インフレ政策の副作用は国民の生活にどんどん近づいている。そして最終的にどうなるか? ダリオ氏は1944年のブレトン・ウッズ協定に始まる今の金融システムは終わりに近いと主張する。
ダリオ氏は次のように言っている。
負債が増加し、中央銀行がお金と信用の創造によって経済の実質成長を生み出す能力を失って緩和能力が尽きるとき、そのサイクルは終わる。
例えば日本の状態を考えてもらいたい。日銀植田総裁が黒田前総裁のインフレ政策の後始末を引き受けたお陰でドル円は何とか150円前後で推移しているが、アベノミクス後日本円の価値は10年でほぼ半分になり、つまり輸入物価はほぼ倍になっている。
今の状態で日本が景気後退に陥った場合、中央銀行は今までのようには緩和できない。あるいは緩和してしまえば、円安が止まらなくなり景気後退の上に物価上昇が日本経済に降りかかるだろう。
だから中央銀行はいずれ緩和できなくなる。あるいは、緩和できないのに緩和をしてしまえば国民はインフレと通貨安を味わうことになるだろう。
日本人はどう対処すべきか。ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』で詳しく説明しているように、緩和が始まって中央銀行が破綻するまでのプロセスは、歴史上何度も起こっているいつもの出来事であるということをまず理解しなければならない。
その長期サイクルは通常1世紀弱にわたり、1人の人間の一生には1度しか起きないから、それは本から学ぶしかないのである。
レイ・ダリオ氏、フリードリヒ・フォン・ハイエク氏、アダム・スミス氏の3人を読むべきである。それは経済的に生き残るための必須の知識である。
世界秩序の変化に対処するための原則