会員制BitTorrentトラッカーの知られざる世界

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  • author satomi
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会員制BitTorrentトラッカーの知られざる世界

この広いウェブのどこかに、その究極の楽曲サイトはあります。

かつてリリースされた文字通り全てのアルバム、EP、シングルが入手できるサイト。目移りしそうなぐらい高品位のフォーマットが揃ってて、ダウンロードの速度はビョーキなぐらい速い。そしてたぶんみなさんには入室が許されないサイト。

The Pirate Bayが一時閉鎖となりTorrentSpyMiniNovaSuprnovaも、一般公開のBitTorrentトラッカーも続々閉鎖となってますが、ファイル貯め込みに憑りつかれた技術に強い人々はそんなの、どこ吹く風です。一般公開のトラッカー使って捕まるようなヘマはやりません。

海賊版コピーの楽曲・映画・TV番組・ソフト・その他諸々のメディアのダウンロードを本気でやりたい人たちは、ISP、RIAA、IFPI、MPAA、CRIAからの警告も嫌だし、ウィルスや偽ファイル(著作権を取り締まる側が海賊版を敬遠させるためトラッカーにわざと植えつけることが多い)も避けたい。だから、信頼できるユーザーだけが入室できるプライベート(一般非公開)なサイトを沢山こしらているのです。

会員制のBitTorrentトラッカーは、現ユーザーから招待がないと入れないサイト。会員がアップロードした検索可能なトーレント一覧を出してるだけという、非常にベーシックなサイトもあります。

トラッカー同士で入手可能になったファイルの告知をしたり、意見を交換し合うフォーラムを備えているサイトも数多くあります。最も洗練度の高いサイトともなると巨大なデータベースを備え、ファイルが整然とオーガナイズされており、かつてオンラインに作られた史上最大のダウンロードストアと見まごうばかりです。ないのはお会計用の決済だけ。

The Pirate Bayみたいな、欲しいものは全部どんなものでも手に入る巨大なトラッカーサイトの非公開版もありますが、多いのはもっと小さくて、もっと専門に特化したトラッカーですね。楽曲のサイト、映画のサイト、リッピングしたHDブルーレイ動画を扱うサイト、Mac/PC対応ソフトのサイト、ポルノ、漫画、コンソールゲーム、アニメ、TV番組、電子書籍、スポーツ観戦のサイトなどなど。探し場所さえ知っていれば、自分が今一番ダウンロードしたいものを専門に扱うサイトは、まず見つかります

が、こういうサイトはメディアのダウンロードだけやってるわけではありません。ソフトウェア開発のコミュニティーみたいなサイトもあって、そういうところではデベロッパーが大勢集まって自分の時間を無償で注ぎ込み、ファイルを取得して去るだけのもの以上にサイトを変えようとしています。そんな開発の仕組みがあるからこそ、この手のサイトは閉鎖になってもまた姿かたちを変えて現れるんです。違法ファイル交換ビジネスの人にとって閉鎖は日々避けようのないことですからね。

RIAAに話を聞いてみたら、一般公開のトラッカーも一般非公開のトラッカーも業界に与える「被害は甚大」なので、この種のサイトの取り締まりは国際レコード産業連盟(IFPI=International Federation of the Phonographic Industry)に一任している、とのお話でした。おそらく海外にホストを置いてるサイトが多いせいもあるでしょう。念のためIFPIに問い合わせてみたら「一般公開のトラッカーでも非公開のトラッカーでも他のソースでも非合法な楽曲サプライチェーンについては、取り締まりを重点的に行っている」ということでした。

一般非公開の楽曲トラッカーで過去最大のサイトは、おそらく2007年IFPIとBPIにサーバーが閉鎖された当時のOiNKでしょう。大規模だったし、評判もかなり良くて、贔屓にしてたミュージシャンも多かった。あのナイン・インチ・ネイルズのフロントマン、トレンド・レズナーですらアカウントもってると認めたぐらいですからね。

認めるよ。あそこのアカウントは持ってたし、マメに行ってたよ。なんだかんだ言っても結局、OiNKがすごいのは世界最高のレコード店みたいだったことさ。思いつくものは、そこに行けば何でもあった。望み通りのフォーマットでね。OiNKが有料なら絶対払ってたと思う。でも今はあれに匹敵するリテールの場はなくなってしまったな。

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レズナーの言うように、OiNKがあれだけ愛されたのは、素晴らしいサイトだったからです。探してるアルバムは数クリック先にありました。ビットレート要件が厳しいので悪名高かったけど、お陰で沢山フォーマットも揃ってたし、みんな当時のiTunesより高いクオリティーだったんですね。

さらにOiNKはレシオの条件もものすごく厳しかった、つまりダウンロードに見合うだけのアップロードを提供しないと即サイトから追放されたんですよ。それもあってファイルの種は長期に渡って入ってきたし、常時提供できたのです。

サイト閉鎖と同時に逮捕されたOiNK創設者アラン・エリス(Alan Ellis)は、2年に渡る厳しい裁判の末、先月ようやく無罪放免になりました

OiNKが崩壊してからも、OiNKコミュニティの元メンバーの手によって、後釜狙いのトラッカーは雨後の筍のように作られました。OiNKをあれだけの人気にしたレシオと品質ガイドラインをそっくりそのまま踏襲し、OiNKよりさらに多機能にして、OiNKが閉鎖になった次の瞬間から成長と改善を続けてきているのです。

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そんな後釜のひとつ -ここでは仮に「Site X」としましょう- は、コンテンツと機能でOiNKを抜いてます。 運営はまるで会社みたいで、スタッフが何人もいて毎週長時間かけてコードの作成、運営、新機能の開発を行っているんですよ。Site Xの創設者兼シスオペ代表の人に取材してみたら、サイトが始まった当初は彼もフルタイム勤務並みの時間をこれに費やしたそうです。「今はコンサバ(少な目)に見積もって1日15時間ですね」。まだ決して短くないですよね。しかもシスオペは彼を入れて3人もいるんだそうです。 さらにSite X運営スタッフとしてアドミ(管理者)2人、開発者1人、調整役17人という陣容。誰ひとり給料もらってないこと考えると、これは大変なマンパワーです。

このシスオペ頭によると、ユーザーからの寄付は全部、誰かの財布に入るんじゃなく、サーバーのメンテ費用に充てるんだそうですよ。「恐れ多くて触れないよ。倫理観ドブに捨てて豚の貯金箱に手伸ばすこともできるんだけども」(OiNK創設者アラン・エリスさんの裁判では、ユーザーの寄付金で「何十万ポンド」も儲けた、という起訴容疑が本当かどうかが争点のひとつでしたからね)

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Site Xの主な機能は、トレントの巨大データベース。

アーティスト名で全部オーガナイズされてるので、誰かがリリースしたものは、ここ一ヶ所で全部探せます。ファイルフォーマット別に何種類かに分かれてる楽曲もあるし、ファイル形式はロスレスのFLACから、MP3の各種ビットレート、AAC、Oggまで様々。全部Oggで揃えたい変人もこれなら満足ですね。ヒットソングはいろんなバージョンのが揃ってます。オリジナルからレコードから再リリースまで。

ピンク・フロイドの「Dark Side of the Moon」は、例えば、Site Xでは20種ものバージョンが揃ってて、ダウンロードのオプションはなんと60種。(左の画像をクリックしてこのクレイジーな品揃えを見てくださいよ)

まあ、標準発売のレコーディングの一番ベーシックなV0 MP3を選ぶ人がほとんどでしょうけど、中には「1981年にMobile Fidelity Sound Lab社が出したマスター盤をレコードからFLAC形式でデジタルに変換したのが欲しい」、「1983年日本のBlack Triangle Pressing(東芝EMIの黒三角盤)を320 AACで欲しい」とかいう人もいるわけで、ここにはそういう人もくる。完璧主義者にとってはパラダイスですよ。

新しい曲を探す方はどうなの? Site Xには曲探しを助ける機能は2つあります。コラージュと、似たアーティストのマップ。

コラージュはユーザーがつくるアルバムのリストです。「Pitchfork's 100 Best Albums of the 70's(Pitchforkが選ぶ70年代ベストアルバム)」とか、「AllMusic 5 Star Albums(AllMusicの5ツ星アルバム)」とか、「○○さんの好きな90年代ska」とかですね。

各アルバムのページの下には、そのアルバムが入ってるコラージュの一覧があるので、それを手がかりに関連のある楽曲も探せるというわけです。

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類似アーティストのマップは、各アーティストのページの下に出てるビジュアルガイドですね。そのアーティストに似てると思うアーティストを誰でもここに追加することができます。他のユーザーが投票で上げ下げできるので、それに応じ、下のビジュアルガイドに表示されるサイズはまちまち。そのバンドが気に入ったら、マップで他のバンドをチェックするだけで、似たタイプの曲が楽しめます。

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こうしたものを影で支えるのが、コミュニティに根ざしたシステムです。大型フォーラムもあるし、Wikiもあって、そこにはサイト利用上のルールからレコードをデジタル化する完璧な方法まで情報が満載です。コミュニティがサイト作りを助け、システムに追加する新機能のコード作成を助け、外観を変えるカスタムのCSSスキンを何百件となく作っているのです。

が、Site XがまたOiNKのように閉鎖されたらどうなるんでしょう? この原稿を書いてる段階で、サイトユーザー数は11万6000人です。これだけの数になると、OiNKを閉鎖に追い込んだ人々の目を逃れるというわけにはいかないでしょう。要らぬ注目を既に浴びていることは、先ほどのシスオペ代表も認めています。「CRIAから書簡が何通か届きましたが、ここ1年半は1通も来てません。最近やけに平穏です。なんも打つ手がないと気づいたか、急襲発動の支度でそれどころじゃなく忙しくしてるのか」。後者だとしたら、これまでこのシステムに注ぎ込んだ努力は全部水の泡になっちゃうんでしょうか?

いや、それはないです。何故って、このサイトは上から下まで全部、変更とアップデートを続けるオープンソースのソフトウェアとして開発されたものだからです。そのソフトの名は、「Gazelle」。サイトの全ストラクチャーを動かしているのがこのGazelleです。

このために彼らは今、100%オリジナルなトラッカーを、ゼロから書き起こす作業に取り組んでいるんですよ。今までのところGazelleが駆動する一般非公開のトラッカーは他に50ヶ所以上出てます。ひとつ死んでも、またひとつ代わりが生まれる、というわけですね。

一分の隙もなく開発されたプライベートなBitTorrentサイトの大規模ネットワーク―その存在は、違法コピー戦争におけるIFPIと他業界団体の敗北を意味するんでしょうか? 答えはNOです。

というのも、こうしたサイトは入るのがとっても難しいし、仮に入れたとしても、そこに居続けるのは同じぐらい難しいですからね。素人が近寄るようなサイトじゃない。かといって「サプライチェーンのトップ」に君臨しているわけでもない。

違法コピーを実家のママでも使いこなせるぐらい簡単なものにしたナップスターやKazaaの時代は、終わりました。著作権者たちの努力の甲斐あって、メディアの違法コピーは数年前より逆に難しくなっているのが現状です。

まあ、これまでに出たどんなファイル共有のオプションより遥かに、遥かに優れたサイトが存在するのは事実です。しかし、Site Xほどの規模・洗練度を持つサイトですらメンバーたったの11万6000人(←訂正!)ですよ。 数年前、P2Pファイル共有プログラムに何百万人という単位の人々が群がったこと思えば、これはゼロ同然の小さな数です。

総論。違法コピーは今も健在です、かつてないほど洗練を極めている。でも、今では世の中のほとんどの人の手の届かない片隅に追いやられている。レコード業界から見たら勝利と呼べるようなものじゃないでしょうけどね(どっちみち勝利宣言なんてしないだろうし)。

Adam Frucci(原文/satomi)