カナダ・モントリオールに本社を構え、オーディオミドルウェア「Wwise(ワイズ)」、豊富なサウンドコレクションをサブスクリプション形式で提供する「Strata」を展開するAudiokinetic社。「オーディオクリエイターが制限なく創作に没頭できる世界」を目指す同社はオーディオ制作に携わるすべての人に向けたソリューションで業界をリードしています。
Wwiseはオーディオコンテンツの制作・管理に最適化されたエンジンやオーサリングアプリケーションを備えており、小規模なインディーゲームから大規模なAAAタイトルまで、毎年500を超えるタイトルで採用されています。現在は、最新バージョンとなる「Wwise 2024.1」のベータ版が提供されており、今秋のリリースを見込んでいます。
本稿では、日本最大級のゲーム開発者向け技術カンファレンス「CEDEC2024」におけるAudiokineticのセッション「時差と文化をまたいだWwiseサポート経験談 / スマホでHaptics体験を!」のレポートとともに、登壇したギヨーム・ルノー氏、合田浩氏へ実施したインタビューのようすをお届けします。
ユーザーの声に耳を傾け、フィードバックを常に重視
セッションではまず、10年にわたり日本を含む世界各国のユーザーをサポートしてきたルノー氏による経験が語られました。
フィールドアプリケーションリードを務めるルノー氏は2014年からAudiokineticのテクニカルカスタマーサポートチームに所属しており、ユーザーとの積極的な対話を通してWwiseに関する知識の伝播や改善案の模索に従事しています。
Audiokineticは2000年にカナダで設立され、ゲームを遊ぶユーザーの没入型オーディオ体験をさらなる高みに引き上げる包括的なインタラクティブオーディオミドルウェア・Wwiseを20年以上にわたり開発・提供しています。
同社がここまで歩みを進められた一番の理由は、すべてのWwiseユーザーの協力があってこそだとルノー氏は前置きします。
常にユーザーの声に耳を傾け、何が求められているかを知り、ときには奇抜とすら思えるアイディアからも学びを得ることで、Wwiseは改善を重ねてきました。
そうした経緯やビジョンから、Wwiseはユーザーがフィードバックを提供できるさまざまな手段が用意されています。メール([email protected])をはじめ、Audiokinetic Launcherからは満足度調査や特定のバージョンに関する要望を送信できます。
また、AudiokineticのWebサイトのコミュニティページにはQ&Aセクションがあり、ユーザーが互いに助け合うこともできます。
日本語の問い合わせにも完全対応したテクニカルサポート
セッションでは、ユーザーがAudiokineticのカスタマーサポートにコンタクトする際の流れも紹介されました。Webサイトからサポートチケットを送信すると、テクニカルサポートチームが問題や疑問に応じた担当者を割り当てることになっており、1回の返答で解決しない場合は、そのままやりとりを継続できます。
日本語でのサポートにも完全対応しています。テクニカルサポートチームでは、今回ともに登壇している合田浩氏や、テクニカルカスタマーサポートスペシャリストの長塩英生氏が質問を適切な英語に翻訳し、問題解決に当たるとのことです。
ルノー氏は10年の経験で見えた、各国の文化によるアプローチの違いにも言及。例えばカナダ人は「うまくいくか分からないこともまずは試し、失敗したならそれを改善策につなげる」傾向が強い一方で、日本人は「物事を完全に理解してから実行に移す」傾向が強いとのことです。
業務を通じて得た文化の違いは、Audiokineticがユーザーに向けて発信する公式ドキュメントなどの改善・クオリティ向上につながっています。ルノー氏は社内のカナダ人スタッフに文化の違いを認識してもらえるよう日々務めていると語り、最後にあらためてユーザーに向けて、製品へのフィードバックやディスカッションといった対話への参加をうながしました。
Wwise Motionをスマホゲームに活用する際の知識を共有
R&D シニアフィールドアプリケーションエンジニア・テクニカルエバンジェリストの合田浩氏は、Wwiseのハプティクスプラグイン「Wwise Motion」をスマートフォンで利用する際の知識と経験を共有する講演を行いました。
合田氏は1997年にPlayStation向けタイトルのゲームプログラマーとしてキャリアをスタート。2021年から現職に就いており、Wwiseの導入支援やプレゼンテーションを主な業務としています。
Wwise MotionはWwise Authoringツールを使用して振動強度をダイナミックに調整できるプラグインで、Android、iOS、MacOS、Windows、各種ゲームコンソールに対応しています。CPUやメモリにほとんど負荷をかけないところも強みのひとつです。
まずは、今日のゲームを取り巻くハプティクス(振動機能)の基礎がおさらいされました。PlayStationやXboxのようなコンソールゲームのパッドはモーターで振動を発生させていますが、スマートフォンではプレートやコイルなどが内蔵されたケースをコイルで振動させる「リニア共振アクチュエータ」が利用されています。
リニア共振アクチュエータは、急に強度を上げると本来の目標値を越えた振れ幅を見せてしまう「オーバーシュート」と、急に強度を下げると下げた反動で振動が続いてしまう「リンギング」があり、コンソールゲームの振動にはない特徴に注意が必要であるとしました。
1フレームを複数ブロックに分割して細やかな振動を実現
以前のバージョンでは振動強度の更新がフレーム単位でしたが、2024年7月にリリースされた「Wwise 2023.1.5」で1フレームを複数のブロックに分割するように改善されました。振動強度の更新頻度が向上したことで、より細やかな振動制御が可能になっています。
各フレームは5msを基準に分割されるので、1フレーム21.3ms、フレームレートが48,000Hzであれば各ブロックは5.3msずつとなります。
Wwise Motion Sourceの仕様と注意点
オーディオソースとなるプラグインWwise Motion Sourceは、SourseにMotion(Wwise Motion)を指定し、Actuator ConfigurationにAndroidを指定すればRTPCs(Real-time Parameter Controls)で波形を設定できます。
注意点として、フレーム開始時の値が同フレームの強度として採用されるため、1フレームにも満たない瞬間的な振動はないものとして扱われることと、Wwise Motionが1フレームを5.3msずつに分割できるのに対しMotion Sourceは最短でも10.7msであり、モバイルゲーム向けとしては粒度が少し足りないことが挙げられました。
また、振動の強度は絶対値を参照するため、波形を作る際は正負の値が一定に収まっている矩形波にすることが推奨されました。
AndroidとiPhone固有の特徴を解説
Wwise Motionをモバイル端末で使用する際の、AndroidとiPhone固有の特徴も紹介されました。Androidは「AkPlatformInitSettings」の「bRoundFrameSizeToHWSize」という設定を無効にするとフレーム間のタイミングがまちまちになり、有効にするとフレームサイズが該当端末の推奨するサイズに設定され、採用された値ごとに異なる粒度となります。
一方のiPhoneを振動させる際は「Haptic Engine」と「Haptic Player」の両方を起動する必要があります。ただし、Haptic Engineの起動待ちで振動データの冒頭約40msが無視されてしまうため、バッファとして冒頭50msほどに微弱な振動を設定しておくか、後述する常駐モードによってHaptic Engineをあらかじめ起動しておくのが望ましいとしました。
合田氏は最後に、モバイル端末は音声がミュートされたまま使用されるケースも多いものの、振動機能はそのような状況でもゲームを演出できることから、Wwise Motionでユーザーに細かやかな表現や体験を提供してほしいと語り、講演をまとめました。
日本はゲームオーディオを常に牽引している…登壇者インタビュー
――CEDECのセッションでも言及されましたが、御社はユーザーコミュニティとの繋がりを強く重視しています。具体的な取り組みを教えてください。
ルノー私たちは常に、さまざまなチャネルを通してユーザーの声を聞くことに努めています。毎年世界中のさまざまな都市で開催している「Wwise Tour」はもちろん、今回の「CEDEC2024」への参加もその一環です。
合田また、日本での取り組みとしては、ユーザーの皆様のもとに定期的におうかがいするようにしています。ディスカッションを通して将来的にほしい機能をうかがったり、今困っていることへの解決法をご提案したりしています。
――コミュニティを重視する姿勢は、どのような考えあってのものなのでしょうか。
ルノーコミュニティを重視することはユーザーのみなさんからのフィードバックを重視することでもあります。そして、フィードバックを重視するのは、私たちが目指す方向が正しいものであるか、とりわけ優先すべきはどの事項であるかを確認するためです。
もちろん、Wwiseをどのように発展させていくべきかというビジョンは常に持っています。しかし、Wwiseはユーザーのみなさまのために作るものですので、対話なくして前進するべきではないのです。
また、日本は今日のゲーム業界を作り出した国で、今も業界のイノベーターであると感じています。だからこそ、日本のみなさんの声には特に耳を傾けています。
合田Wwiseは業界標準としてグローバルで認められている、素晴らしい製品であると自負していますし、確信しています。日本のお客様に親しんでご活用いただくために、ドキュメントの制作や翻訳をより便利に利用いただけるよう、懸命に取り組んでいます。
――ユーザーサポートに携わる中で、日本と他の地域のユーザーにはどのような違いを感じますか。
ルノー日本のみなさんは常に情熱や意気込みにあふれており、普段からきめ細かい仕事をされているので、ほかの国と比べると質問の内容も幅広いです。それに少しでもお応えすべく、Wwiseのドキュメントを日々改善しています。
合田「Wwise 2023.1」で導入したWwise Motionもその一つで、これは国内ユーザーの要望を受けて実装された機能ですね。
ルノーWwiseを含むゲームオーディオのテクノロジーを常に前に押し進めている国のうちのひとつとして日本には注目しています。
――ユーザーからの要望をWwiseに反映すると決定した場合、どの程度のスパンで反映・実装されるのでしょうか。
ルノー基本的なスタンスとして、私たちがWwiseの改善や機能向上を行うときはユーザー全員が享受できるものにすると決めています。
それがどのくらいで実装されるかですが、もちろん「できうるかぎり早く」です(笑)。もう少しお話しますと、私たちはユーザーがよりよいワークフローを達成したり、日々の業務でよい結果をもたらしたりすることができる機能を優先して、開発・実装することを決定します。冒頭で申し上げた通り、私たちの目標は、オーディオコミュニティが制限なく創作できるようにすることです。
合田Wwiseはメジャーアップデートとなる正式版がリリースされ、それに先立ちベータ版が公開されています。また5週間ごとを目途としてマイナーアップデートを実施しています。マイナーアップデートに含められそうな内容であれば、そこで対応しますし、よりスパンが短い形式としては、ソースパッチの提供での対応というものもあります。
――Wwiseはさまざまな規模の開発者に向けて製品を展開しています。インディーと大企業で、求められる内容に違いはありますか。
ルノーインディーデベロッパーの方がリクエストの頻度は高いですね。常にやりとりをしていると言ってもよいほどです。
それに対し、大企業からリクエストをいただくときは規模の大きい開発・改修になることが多いです。しかし、余裕のあるスケジュールでリクエストしてくださるので、私たちにも時間が必要なことを理解してくれているとも感じています。
――ユーザーサポートについて、今後の取り組みや展望を教えてください。
ルノー今具体的にお話できる新たな取り組みはありませんが、Wwiseは今後も常に最前のサポートを提供していきます。その一環として、ユーザーに向けた教材(動画/ドキュメント/サンプルなど)や、Githubで公開している「Wwise Gyms」の質と量をより一層向上させていきます。
――「Wwise Gyms」とはどのようなものなのでしょうか。
合田誰でもWwiseの機能をテストできる、プロジェクトのサンプルです。元々は社内テストのワークフローを円滑にするために作ったものですが、この機能そのものをユーザーのみなさまに提供するのもよいのではないかという話になり、Githubでの公開に至りました。
――正式リリースに向け、現在ベータ版が提供されているWwiseの最新バージョン「Wwise 2024.1」の新機能や注目すべきポイントを教えてください。
ルノー一番大きなものは、サウンドファイルのライブ編集機能の強化です。「Wwise 2024.1」では、Wwiseとゲームエンジンが接続されている状態で、ボリュームやピッチなどのプロパティを変更した新たなファイルをサウンドバンクの再生成なしで再生できるようになります。Live Media Transfer に加えてLive Edit を使用すると、接続中にまったく新しい構造を追加したり、プロジェクトの既存の構造を変更したりすることもできます。これにより、オーディオ制作者のイテレーション速度が大きく向上するでしょう。
また、メモリアロケータをアップデートしたことで、メモリ効率が大きく改善したのもポイントのひとつです。既存のメモリアロケータをWwiseで動作するように適合させるのではなく、Wwise専用の新しいメモリアロケータを作成しました。このWwise固有のメモリアロケータはAkMemoryArenasと呼ばれます。社内テストでは、メモリ使用量が10%ほど改善されたのを確認しています。
――そうした改善や新機能のなかに、ユーザーからのフィードバックを受けてのものはありますか。
ルノープロパティエディタのデザインが刷新されて縦長のレイアウトになっていますが、これはフィードバックを受けての改善のひとつです。現状ではお褒めの言葉もいただいており、エディターのUXのベストプラクティスにできたと自負しています。
――最後に、Wwiseをすでに利用している方、まだ利用したことがない方へそれぞれメッセージをお願いします。
ルノーWwiseは使いやすくトライしやすいオーディオミドルウェアで、先ほど話したWwise Gymsのようなテスト版や、各種機能を学ぶための素材も用意しています。さらに、プロジェクトの予算が25万米ドル未満である場合は無料で提供していますので、インディーデベロッパーのみなさまにもぜひご活用いただければと思います。
すでに使ってくださっている方は、Wwiseをより優れたツールにするためのフィードバックを頂ければと思います。
合田導入を検討する際にご不明な点があれば、ぜひお気軽にお声がけください。どこでも説明におうかがいします。
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