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街クラブでエコロジカル・アプローチをやって出てきた疑問への解決策――植田文也×井上尊寛×木村新(座談会/前編)

2024.12.24

デジタルネイティブへの最適解はストリートサッカー?
変化するZ世代の育成論
#4

近年のバルセロナでは10代でスターダムを駆け上がったペドリ、ガビに続き、ラミン・ヤマルがクラブ史上最年少となる15歳9カ月でトップデビューを飾った。欧州の最前線では明らかに育成の「早回し化」が進んでいる。Z世代の育成論にサイエンスの視点から光を当てると同時に、「今のティーンエージャーは、集中力の持続時間がほとんどゼロに近いところまで下がっている」(アレッサンドロ・フォルミサーノ)というデジタルネイティブ世代に求められる新しい指導アプローチについても考察してみたい。

第4回は「育成×エコロジカル・アプローチ」をテーマに、『エコロジカル・アプローチ』(小社刊)の著者・植田文也氏と、オリバススポーツアカデミーで実際にその理論を実践してみた井上尊寛氏、法政大学のスポーツ健康学部でバイオメカニクスを研究する木村新氏の3人で語り合う。前編では、エコロジカル・アプローチを現場で実践する上での悩みとその解決法をディスカッションした。

あらためてエコロジカル・アプローチって何?

――まずは簡単な自己紹介からお願いします。

木村「法政大学のスポーツ健康学部で教えており、バイオメカニクスを専門としています。生態学的アプローチを専門にしているわけではないですが、論文で一部言及したり、勉強したりしているというのが現状です。植田さんの書籍も拝読させていただきました」

井上「私も購入して拝読させていただいております。私も大学にて教壇に立っており、専門はスポーツマーケティングになります。それとは別にオリバススポーツアカデミーという育成年代のサッカーチームを指導しており、そこでエコロジカル・アプローチをトレーニングに導入させていただきました。選手たちの認知・判断の部分が特に向上していると感じており、従来のアプローチでは介入できなかった頭の中を鍛えられている気がします。一方で、私が指導しているのはU-13、U-14のトップトップではない街クラブで、選手によって享受能力の差がかなりあるので、そういったところでこの理論をワークさせる難しさをやりながら感じているのが現状です」

――植田さん、あらためて自己紹介もかねてエコロジカル・アプローチについて説明していただいてもいいでしょうか?

植田「ソル・メディアさんから『エコロジカル・アプローチ』という本を出版させていただいた植田です。教科書的な言い方になってしまいますが、わりと新しい世代の運動学習理論で、特徴としては競技場面への転移にこだわるアプローチと言えます。そのためにプリンシプル(原則)に代表性と言われる練習環境と試合環境を似せること、代表性を高く保つためのタスク単純化(ゲームの構造を保ちながら難易度を下げたトレーニング、例えばスモールサイドゲームなど)、バリアビリティ(変動性)が練習環境には必要という主張をしています。

 人体はとても複雑なので環境に適応していく性質があります。本番と異なる練習環境にしてしまえば、それにアジャストしてしまう、だから練習環境は本番と似せないと効率的な学習ができない、という考え方ですね。ただ、同じ複雑ということから逆のことも言っていて、複雑だから創発性という興味深い現象も起こる、具体的に言うと運動技能が混ざるという現象です。マルチスポーツの恩恵とも言えますが、いろんなスポーツを通じると1つのスポーツをプレーするよりも、よりたくさんのユニークなスキルを得られる。格闘技のキックとサッカーのキックが融合して、ユニークなキックが生まれるなどもそうです。複雑だからサッカーの環境に似せろと言いつつ、サッカーの環境からずれたことも同時に推奨しています。特に後者の『違いから学ぶ』という考え方は、正しい型を教え込む伝統的アプローチに比べて、新しい部分だと思います」

テコンドーのキック技術とサッカーのシュート技術を組み合わせて数々のスーパーゴールを生んだズラタン・イブラヒモビッチ

木村「選手にいい動きをさせたいとなった時に、従来的な考え方だと体の動かし方自体を教えていたけれども、直接体にアプローチをするのではなく、いい動きを誘発するように環境側をデザインすることによってそれを導き出す考え方もあると思います。近年のスポーツ科学の分野で(エコロジカル・アプローチの実践編とも言える)制約主導アプローチが注目され出したのが、2000年代前半でした。ルーツをたどると、(ジェームズ・ギブソンらが切り拓いた)生態心理学に影響を受けていると思われますが、スポーツの現場では制約主導アプローチという形で実践されています。いい環境デザインの仕方、いい動きの誘発の仕方をどうすべきか。自分が知る限りではゴルフなど個人競技で積極的に取り入れられていて、いいショットを打つために体の動きを自分で意識して変えるのではなく、スティックを使ってみたり、壁を使ってみたり、自分の周りの環境を変えることによって自分の思い通りのショットを打てるようにするというアプローチです。野球のピッチングでもそうですし、グローズドな状況=自分のタイミングで動けるものに関しては採用されている例は少なくないです。ところが、サッカーの場合は相手があるオープンな環境になるので、そういう中でいい環境デザインの仕方を考えるのはなかなか新しい挑戦ですし、一筋縄ではいかなそうだなとは感じています」

――運動の過程にフォーカスするナレッジ・オブ・パフォーマンスが伝統的アプローチだとしたら、エコロジカル・アプローチはナレッジ・オブ・リザルト、運動の結果にフォーカスするとよく言われますよね。

木村「運動学習の分野においてはフィードバックには大きく2種類あると言われており、1つは内在的フィードバック、もう1つは外在的フィードバックがあります。内在的フィードバックは、実施した運動そのものから実施者自身が得る感覚情報のことで、外在的フィードバックは、実施者に外部から人為的に与えられる情報のことを言います。この外在的フィードバックの中に、運動の過程にフォーカスするナレッジ・オブ・パフォーマンスと運動の結果にフォーカスするナレッジ・オブ・リザルトがあるという構図になっています。加えて、運動指導においてはインターナルフォーカス(自分の身体に注意を向ける)、エクスターナルフォーカス(身体の外に意識を向ける)という話も絡んできます」

――キックの蹴り方はこうだよ、と動きのやり方自体を手取り足取り指導するのではなく、あの的に強いボールを当てろ、と結果にフォーカスする。あとは距離とか的の大きさなどの環境や制約でコントロールすると。

木村「はい。手取り足取り教えてしまうと、選手がやる中でここも意識なしなければならない、あそこも意識しなければならない、そのポイントが多くなると動きがぐちゃぐちゃになったりするので、動きを意識させるのではなく環境を変えることで、選手が意識しなくてもいい動きが自然と出るような環境を構築するというのが運動指導の方法としていいのではないかという提言ですね」

――サッカー界でのエコロジカル・アプローチの浸透度はどんな感じなのでしょう?

植田「論文レベルでは数千件くらいひっかかるようになってきていて、英語圏で学問的な広がりはああります。その影響を受けて、ヨーロッパや北米はアカデミズムとスポーツが近い部分があり、ポルトガルのように学問畑の人が指導者ライセンスを作っている国もあります。例えば、バルセロナの研究機関『バルサ・イノベーション・ハブ』にはエコロジカル・アプローチを専門にする先生が複数人所属しています。プレミアリーグではサウサンプトンの育成機関もエコロジカル・アプローチを実践していることを公表しています。なので、5年、10年単位で見ていくとこの理論で育ったアスリートが出てくるのではないかなと期待しています。特に育成でイメージしやすいかもしれません。フランスでマルチスポーツの施設を作ったり、ヨーロッパでは少しずつエコロジカルな発想が具現化し出してきています。

サウサンプトンでエコロジカル・アプローチを研究しているラーニングラボのアンドリュー・ウィルソン博士。リーズ・ベケット大学の心理学者でもある

 一方、日本では論文の数などを考えると、いまだマイナーな分野になっているかもしれません。ただ、他競技よりはサッカーの方が進んでいるような気はしますね」

木村「エコロジカルな観点をスポーツ科学、あるいは身体運動科学の文脈の中で取り入れている研究者はいますが、その中でも運動指導の中でどう環境をデザインするか、制約主導アプローチを専門としている研究者は日本ではほとんどいないような気がします。英語の論文では有名な著者がけっこうな数の論文を書いていますが、日本人ではあまりいない。運動指導や運動をやってきた人間からすると、環境を変えることで、どうやって未知の運動を引き出すかも大事になってきますので、もっと研究が進んでほしいですね」

導入への障壁は「環境デザインの仕方」や「指導者の目」?

――井上さんはこの理論のどんな部分に惹かれて、チームで採用されたのでしょう?……

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。