今年の優勝は昨年に続き2連覇を果たした令和ロマン。
「貴重な1枠を奪う」歓迎されなかった優勝者の再挑戦
10330組という史上最多のエントリー数から頂点に上り詰めた令和ロマン。今年は『M-1グランプリ』20回目の節目という大会でもあることに加え、昨年優勝した令和ロマンが今年もエントリーし、さらには決勝進出まで決めていたことから放送前から大きな注目の的に。パンクブーブーやNON STYLEなど、すでに優勝を果たしているコンビが再びM-1に挑戦して決勝に残ることはこれまでも珍しくありませんでした。しかしこうした状況は「すでに優勝しているのに貴重な1枠を奪うなんて」とお笑いファンからもあまり歓迎ムードではなかったことも事実。
しかし今年の令和ロマンに関しては決勝進出を決めてからも徹底してヒール役を演じることで放送前から「誰がラスボスの令和ロマンを倒すのか」という盛り上がる構図を自ら作り上げていました。これこそがくるまさんがやりたかったことと言えるでしょう。
自分のことよりお笑い界を盛り上げることに全力な男
以前からくるまさんは「他人を蹴落として自分が売れたいのではなく、お笑い界やテレビが盛り上がることをしたい」という趣旨の発言をしていました。M-1やお笑い界という大きな渦の中でずっと楽しいお祭りをしていたいという純粋な欲望だけで動いているのです。そして今年。M-1に出場して、貴重な1枠を奪ってまで決勝に残り、肩パッドががっつり入った漆黒のスーツを身にまとって他コンビを嫌味な笑顔で迎え撃つ。
優勝はもちろん狙うけれども、優勝以上に面白いストーリーを作り出してやる。大会が始まる前からまるでプロデューサーのような俯瞰(ふかん)した視点で大会を盛り上げていたのがくるまさんでした。
2年連続、不利なトップバッターからの優勝
また彼らの今年の優勝の凄さは2連覇をしたという事実だけにとどまらないでしょう。第1回大会の中川家以来となる「トップバッターからの優勝」を果たしたのが昨年。そして今年も昨年と同じようにトップバッターからの優勝を成し遂げました。「トップは絶対に嫌だ」と考えるコンビが多い中で、出演順を決める笑神籤(えみくじ)で阿部一二三選手が令和ロマンの順番をひいたことから、会場もテレビの前の視聴者も興奮は最高潮に。
まだ誰もネタをしていない序盤も序盤で番組が盛り上がり、さらにその盛り上がりをも超えていくネタの面白さでファーストステージ2位の高得点を獲得したのです。
審査員が松本人志でも優勝、松本人志じゃなくても優勝
お笑い界に長らくカリスマとして君臨してきた松本人志さんが活動を休止してまもなく1年。お笑いの賞レースにおいては松本さんからの評価の影響は大きく、審査員席に松本さんがいるかいないかでその価値が変わるかのように見られることも多くありました。
しかし今年のM-1は松本人志さんがおらず、審査員席には中川家礼二さんや博多大吉さんなどベテランもいるなか、今年初審査を務めたオードリー若林さんやアンタッチャブル柴田さんなど、現役M-1戦士により近い世代である芸人が多く名を連ねていました。
審査員席を見るだけでも、お笑い界の構図が大きく変わっていることがうかがえる大会だったことは明白。この審査員席が一気に若返り、目新しいチャンピオンが登場したのであれば「去年までのM-1のほうがよかった」、「松本人志なら今年をどう審査したのだろうか」といった思惑が渦巻いたことでしょう。
しかし令和ロマンは、昨年は松本人志がいても優勝して今年は松本人志がいなくても優勝。平成を駆け抜けたカリスマがいない今、令和のカリスマが新たに誕生した今回の優勝とも言えます。
「松本人志」という存在への喪失感が完全に忘れ去られるほどの盛り上がりと、「松本人志がいてもいなくても関係ない」という証明にもなった2連覇。
これは松本さんがテレビから姿を消してちょうど1年という期間だったというタイミングもあるかもしれません。しかしそうしたタイミングや運も味方につけ、時代に愛されていることもカリスマたる所以(ゆえん)と言えるでしょう。
M-1優勝後も関西の賞レースに!たゆまぬ挑戦し続ける姿勢
くるまさんの特筆すべき点はM-1の連覇だけではありません。令和ロマンは昨年のM-1優勝後に関西のお笑いコンクール「ABCお笑いグランプリ優勝2024」で優勝。「M-1グランプリ優勝後にABCお笑いグランプリ優勝」を達成した史上初のコンビとなりました。
これもまた大きな賞レースで優勝をすることが目的なのではなく、賞レースに挑戦し続けることでお笑いのお祭りにずっと参加し続けることが目的のくるまさんの意向と令和ロマンの実力が反映された結果となりました。
また相方の松井ケムリさんのお父さんが大和証券取締役副会長兼最高執行責任者、関西テレビ放送監査役であることはよく知られています。
実家が日本トップクラスの富裕層でもある松井さんを相方に持てば「金持ちへの憎悪」のようなテンションで相方をイジることは簡単でしょう。けれども、くるまさんはそういったことはせず、あくまでフラットな感覚でコンビを組んでいることがうかがえます。
くるまの人生観に鬱屈した若者世代から共感も
くるまさんは過去のインタビューやYouTubeで、複雑な家庭環境で育ったこと、お笑いのために一浪で入学した慶應義塾大学を中退したこと、東京都練馬区出身という生い立ちを絡めて自身について「東京の寂しいところも楽しいところがいっぱい入っている」「ミスター東京」だと語っていました(12月4日『PHPオンライン』インタビューより)。人生の物寂しさや物足りなさを感じながら自分とは何かを常に探して彷徨(さまよ)い、誰かを腐(くさ)したり傷つけたりせず、ただただ必死で考えてやりたいことを続け、いつの間にか結果がついてくる。
現代の若者を代弁するかのような生き様には「物語の主人公感がすごい」、「共感することが多い」と評する人も少なくありません。
その後には去年のM-1優勝賞金を使って全国の小学校にサインボールを2万個作る壮大なプロジェクトを進行していることを発表したり、初の著書『漫才過剰考察』を出版したり。
今後お笑い界のカリスマになるだろう理由
お笑いで成功を収めた後に映画監督や書籍の出版、政治やビジネスの世界に飛び込むなど他分野に進出した芸人はこれまでもたくさんいました。しかし、くるまさんの芸風からは、誰かへの憧憬やお金儲けといった欲望が一切なく、「今自分が面白いと思ったことややりたいことをやる」という衝動に突き動かされてやっているように思えてなりません。
そこに賞レースで結果を残すなど実力も伴っているわけですから、30歳にしてすでに他の芸人が誰も真似できない領域に達していることは明白でしょう。
今後も令和の時代にお笑い界の中心に立ち続けてカリスマとなっていくであろう令和ロマン、そしてくるまさんがどんなお笑いというお祭りをやってくれるのか楽しみで仕方がありません。
<文/エタノール純子>
【エタノール純子】
編集プロダクション勤務を経てフリーライターに。エンタメ、女性にまつわる問題、育児などをテーマに、 各Webサイトで執筆中