【グローバル・アラート】アサド政権:「失敗の連鎖」を考える(後)
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日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、(有)エナジー・ジオポリティクス代表・澁谷祐氏による「アサド政権:『失敗の連鎖』を考える」と題する記事を提供していただいたので共有する。
天然ガスパイプラインも断続的に停止
シリアの天然ガスの生産量は、11年の87億m3から23年には30億m3に減少した。エジプト産のガスを輸送する国際パイプラインの利用によって、国内の発電所のミニマムの低レベルの運転が続いている。20年8月、ダマスカス北部のパイプラインの一部が攻撃され、シリア全土で停電が発生した。
GDP規模は85%縮小 最貧国に転落
世界銀行(24年版、図表)の推計によると、11年比、23年のシリアの経済規模(GDP)は85%縮小し、90億ドルに落ち込み、世界ランキングは第129位で、アフリカ・チャドやパレスチナ自治区と同レベルだった。
シリアの総人口の5分の1にあたる482万人が国外脱出し、トルコや欧州に向かった。国内避難民を含めて人口の30%超が難民化する見込みだ。自国通貨も、11年は1ドル=50シリアポンド前後だったが今は1万3,000ポンド前後を記録して260分の1に暴落した。
イラン依存の輸入パターンに変化
アサド政権は深刻な原油不足のショックを緩和するため、イラン産の輸入(海上)に大きく依存せざるを得なかった。イラン産の増加はシリアとの友好関係を示す指標であった。21年から原油輸入は急増し、23年に日量8万2,000バレルに達したが、24年は11月までの統計では急減している(図表:中東専門誌「ミドルイースト・エコノミック・サーベイ=MEES」)。
しかし、4月にダマスカスのテヘラン大使館がイスラエルから攻撃された際、アサド政権はほとんど何もできなかった。アサド政権の崩壊によって、イラン産の輸入は昨年レベルを下回るのではないかといわれる。イラン主導による「シーア派の三日月」戦略と対シリア支援は限界に達した証拠ではないかという見方もある。
救世主は麻薬貿易?
アサド政権を陰で支えた資金源が、麻薬の一種「カプタゴン」といわれる。アンフェタミン系の覚醒剤を主成分とした粗悪な合成麻薬で、眠気覚ましや心的亢進に効く。シリア内戦と制裁が長引くなか、最大の「輸出品」とされ、主に密輸ルートで年間50億ドル(推定)に達し、シリアのGDPの40%を占めた模様。サウジアラビアやUAEなどに運ばれ、世界比は8割に達したという。いまや石油に代わる最大の外貨収入源となった。
勝者はトルコか ヨルダンは
アサド政権の崩壊の結果、多くの欧米・中東メディアは(イスラエルを除けば)、中東での勝者としてトルコとヨルダンの名前を挙げている。MEES誌(前掲)は、次のようにトルコ論を展開している。
(1)トルコが支援するクルド勢力(HTS)は、シリア新政府(暫定)を事実上乗っ取った。半面、トルコはクルド労働者党(PKK)とそのグループをテロ組織と認めているので、双方による何らかの歩み寄りができれば、トルコのエルドアン大統領には英雄として認められるだろう。
(2)イランがシリアから撤退すれば、いまは空白状態を残しているが、いずれトルコがその穴を埋めるつもりだ。
(3)トルコ政府は政権を握るHTSを使って復興事業とエネルギー・インフラ建設のためトルコ企業を優先誘致し、重要な契約を獲得するだろう。最後に、シリアの隣国ヨルダンについて、元外務省ヨルダン大使・小畑紘一氏は次のように語った。
(1)ヨルダンは対米追従派であるため、イスラエルとは善隣関係を維持せざるを得ず、小国の知恵で全方位外交をさまざまなかたちで展開している。
(2)無資源国のヨルダンにとって、サウジアラビアは石油供給国として特別の存在だ。無資源国・日本として共有感が強い。
(3)アブドゥッラー2世国王は、イスラム教開祖ムハンマドの血筋を引くハシム家の当主としてのセールスポイントを最大限利用している。(故安倍晋三国葬儀に国王と王子が参列した)
(4)情報国家ヨルダンは、カタールのような派手な動きは示さないが、「中東の奥座敷」(秘密の交渉テーブル)の提供者として重みを増している。(了)
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