医療従事者への先行接種の後に、高齢者や持病のある人、そして一般の人々へとワクチン接種は進んでいく。
リスクとベネフィット(利益)を理解し、適切な判断を下すため重要な役割を担うのが情報を発信するメディアだ。
新型コロナ分科会の尾身茂会長がメディアに期待することとは。
リスコミが重要な2つの場面とは?

ーーワクチン接種に向けてはリスクとベネフィットを的確に伝えるコミュニケーションが必要です。リスクコミュニケーションについて、どのような点が重要になると考えていますか?
我々分科会も、ワクチンに関するリスクコミュニケーションは非常に重要であると以前から申し上げてきました。
日本では子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)に関しての副反応への関心が高まり、ワクチン接種が予定通り進まなかった前例があります。他国に比べ副反応への反応が厳しいということは世界的に知られていることです。
そのような前提の上で、どのような点に注意したコミュニケーションが重要か。考えられるケースは2通りあります。
1つ目が、ワクチン接種後の死亡が判明した場合です。
昨日(3月2日)もワクチン接種後に60代の女性が亡くなったことが報じられました。
今回の死亡例については、厚労省がワクチン接種との因果関係を調べる予定です。
残念ながら人は毎日のように様々な理由で亡くなっています。誰がどのタイミングで、どのような理由で亡くなるかはわかりません。
ですから、ワクチン接種をした人が数時間後あるいは数日後、数ヶ月後に亡くなることもあり得るわけです。
そのような中、ワクチン接種との因果関係がまだ明らかになっていないにも関わらず「この人が亡くなったのはワクチン接種のせいではないか」という情報が出ることもあるでしょう。
ですが、こういった情報は十分に注意して分析する必要があります。
2つ目がワクチン接種後の感染が判明した場合です。
ワクチン接種が進んでいくと、ワクチンを接種をしたのに感染したという事例も出てくるかもしれません。
この人はワクチン接種したのに感染をした、ワクチンは無駄ではないかと考えたくなるかもしれませんが、ワクチンは100%効果を発揮するものではないということはご理解いただきたい。
このような基本的なワクチン接種の考え方をわかりやすく、丁寧に説明することが政府に求められています。政府はこれらに対し、最大限の取り組みをすると私は信じています。
「これはマスコミのファンである私からのお願いであり期待です」

ーー政府による正確な情報の発信と合わせて、メディアの側の正確に情報を伝える努力も重要ではないでしょうか?尾身先生はワクチンに関して、メディアにどのような報道を期待していますか?
これまで何度もお伝えしてきていますが、私はメディアは非常に大事なパートナーだと思っています。
多くの人がメディアを通じて情報を得て、新型コロナという病気についても理解を深めました。このようなメディアの功績については十分に理解しています。
その上であえて、さらに望みをお伝えするならば、メディアにはぜひ問題の全体像をわかりやすく示していただきたい。
政府の問題点をしっかりと批判することも当然重要です。しかし、時々、最初から主張したい結論ありきで情報を発信する場合もあるように思います。
報道の自由もあり、それぞれの社の主張もあるでしょうから、それはそれとしてもちろん発信すべきと考えます。
でも、メディアの役割は真実を伝えることですよね。当然良いニュースだけでなく、悪いニュースも伝える必要があります。大事なことはファクトの全体像が正確に社会に伝わることだと思います。
これはマスコミのファンである私からのお願いであり期待です。
私も度々、今このタイミングではこのポイントをしっかりと伝えてほしいのに、政府と専門家が対立しているとか、そちらの関心事だけに注目が集まってしまって大事なことが伝わらないといったことを経験しました。
例えば、昨年7月16日の第2回分科会では検査前確率が高い場合には、無症状の人にも検査をした方が良いと専門家から提言しています。
しかし、こうした提言の内容が十分に社会に伝わることはありませんでした。
メディアは全体像の提示を

ーーワクチン接種後に亡くなった女性について各社が報じる中、因果関係がわかっていないことを最初に明示しない媒体もありました。こういった報道には何を思いますか?
ワクチン接種から数日後にある人が亡くなったということを報じることは問題ありませんし、していただいた方が当然良いでしょう。
しかし、そこには様々な可能性がある。もしかしたらワクチンによる因果関係があるかもしれませんが、偶然のタイミングであったかもしれません。
また、繰り返しになりますが人は日々亡くなっています。
意見を言うのは良いことですが、憶測だけを伝えるのではなく、事実については先入観がないような形で示し、ファクトをもって語らしめる。
このように全体像を提示する必要があると思います。
今は調査の段階であるとか、ただちには因果関係があると証明することはできないとか丁寧に説明していただきたい。
どうしても、SNSのような場では「〇〇がわかった」といった短く、わかりやすい情報が広がっていく。しかし、世の中のリアリティというのは大抵の場合、たった数行では語り尽くせない。
現実の世界で起きる出来事というのは、どうしたって複雑です。
私たちは、そのように実際の物事は複雑であるのだということを理解しながら、情報と上手く付き合う必要があると思います。