梅毒が流行中、その傾向は?
みなさん、「梅毒」とはどんな病気であるかご存じですか?
梅毒は、性感染症の一種であり、セックスをすることで感染します。抗生物質が使用できる現代では治療可能である場合がほとんどですが、進行すると骨まで溶かしてしまい、重症のものであると命さえ落とすことがあるのです。
そんな梅毒が、近年流行しています。
梅毒は性感染症の一種ですが、性感染症の患者数は全体的には減少傾向なのです。主な性感染症として男性の尿道炎(クラミジア、淋菌)が挙げられますが、最近ではそれぞれ2002年をピークに減少しています。
また、1990〜2000年代においては、新規HIV感染症報告数は増加傾向でしたが、2008年以降は横ばい傾向に転じています(ただし、新規エイズ患者報告数は未だに増加傾向)。
性感染症全体の減少の理由として、若年層の人口が減少してきたことや、若者がセックスをしなくなってきたこと、草食化が挙げられています。
それなら、なぜ梅毒だけがアウトブレイク(流行)を起こしているのでしょうか?
まず、梅毒報告件数の推移のグラフをご覧になってください。
2011年以降、男女ともに急増していることがわかります。性感染症は、主には男性の患者数が増減することはあっても、女性の患者数はそれほど変わらないとされていました。しかし、今回の梅毒の流行は、女性も急増しています。患者の内訳を調べると、興味深いことがわかります。
1) 男性患者の70%が30歳以上、女性患者の60%が29歳以下
2016年に梅毒になった患者を調査すると、男性は30歳以上の患者が多かった一方、女性患者の多くは29歳以下の若い年代が中心であることがわかりました。
2) 男性間の感染が減少し、異性間の感染が増加している
2013年までは梅毒に感染した患者の多くが男性間の肛門セックスによる感染でした。しかし、2016年には異性間のセックスによって感染した患者数の方が多くなっています。
梅毒の流行増加はなぜか?その意外な理由とは
近年の梅毒の流行には2つの大きな理由があります。
その1 医者と患者の梅毒への意識低下
梅毒は、かつては非常に恐れられていた病気でした。江戸時代に大流行し、加藤清正などの武将も梅毒により命を落としたとされています。たった100年前の大正時代には、日本人成人男性のなんと10人に1人が梅毒であったというデータがあるのです。
その後、1940年代にペニシリンが開発されて以降、一気に患者数は減りました。1948年には22万人も日本国内で梅毒患者がいたのですが、1947年に性病予防法が交付され、ペニシリンの効果もあり、患者数は激減したのです。
そのため、梅毒は過去のものと認識されるようになりました。当然かかる人が少なくなれば、発症例は少なくなります。そうすると、梅毒がどのような病気かよく知らない医者が出てくるのです。
梅毒の症状は、非常に多彩です。詳しくは後述いたしますが、最初は性器周囲のおできから始まり、手足や身体中に発疹が出ます。注意しなければならないのは、それらの症状は一時的に治ってしまうことがあるので、発見が遅れるケースがあるのです。
治療を受けずにいると、次第に骨が溶ける、巨大な腫瘤ができるなどの症状が出て来ます。「鼻がもげる」なんて話を聞いたことがある人がいるかもしれません。最終的には心臓や神経にまで病変が及び、死に至ってしまう人さえいたのです。
そのため、症例が少ない梅毒を、梅毒と見抜けず根本的な治療を行わないまま放置してしまうケースが増えてしまったのです。
つまるところ、梅毒への意識が低下しているのです。自分が関係ないと思うところから、感染症への感染は始まります。しっかりと当事者意識を持って予防をする必要があるのです。
その2 外国人観光客からの感染
もう一つの理由として考えられているのが、現時点では明らかなエビデンスはないのですが、外国人観光客への性サービス業を行なっている女性への感染です。この件に関しては、感染症の学会でもしばしば議論されています。
疫学調査がないため特定はできないのですが、2013年頃から梅毒患者が増加していることを考えると、外国人観光客の増加と一致します。また、多くの外国人観光客が、日本の性サービスを利用しているという報告があります。
例えば、中国における梅毒患者は、日本以上の増加を見せています。中国の全体人口は日本の10倍ですが、梅毒患者数は日本の300倍というので、中国での梅毒の流行ぶりがお分かりいただけるかと思います。
また、開発途上国では人口の10%ほどが梅毒である地域もあります。
こうした経路で若い女性に患者が増え、日本での感染が増えたという可能性は十分にあります。
また、泌尿器科医でも「梅毒患者を診察したら保健所に届出を出す」ということを知らない医師がいます。保健所も明らかに梅毒感染の症状とデータが揃っているにもかかわらず、「その保健所が定めた検査をしないと梅毒と認めない」ということで、届出を受け付けてくれない自治体もあることが報告されています。実際の梅毒患者は報告されているものよりもずっと多いはずです。
梅毒はどこからきたのか?
歴史の教科書にも書いてあるコロンブスの率いた探検隊員がアメリカ上陸時に原住民女性と交わって感染し、ヨーロッパに持ち帰り、以後世界に蔓延したとする説があります。
コロンブスの帰国から梅毒の初発までの期間が短いという疑問点がありますが、アメリカでも古い原住民の骨に梅毒の症状(頭蓋骨が溶けている)があるものが見つかっています。
また、日本でもコロンブス以前の人骨には梅毒による病変が全く見つかっていないなど証拠は多く、最も有力な説とされています。
覚えておきたい梅毒の症状
梅毒は、トレポネーマという病原体が血液を通じて全身に広がって様々な症状を起こす全身性の慢性感染症です。
では、梅毒にはどんな症状があるのでしょうか?それをまとめておきます。
Ⅰ期(感染後3週〜3ヶ月)
トレポネーマ感染部位(陰茎や陰唇周囲)に、初期硬結というおできができます。だいたい耳たぶくらいの硬さです。やがておできに穴が開き(潰瘍化)、数週間で無くなってしまうのです。無くなってしまっても、治ったわけではなく、体内に潜伏しているだけです。
また、そけい部(股関節周囲)のリンパ節が痛くないのに腫れてくることもあります。
Ⅱ期(3ヶ月〜3年)
血液を介してトレポネーマが全身に移行し、様々な症状を起こします。
まず、手足に梅毒疹という赤い発疹が多発します。実は、成人の手のひらに発疹が出る病気は少なく、そのような症状が出た時は注意が必要です。
また、全身にも梅毒疹、バラ疹といった赤〜赤褐色の発疹が多発します。
陰部には扁平コンジローマというおできができて感染の原因になります。
他にも、目や口の中に炎症がおきたり、脱毛が起きたりします。
Ⅲ期(3年〜10年)
結節性梅毒疹・ゴム腫という硬いしこりが身体中にできます。
Ⅳ期(10年以上)
心臓、血管、骨、神経系にまで病変が及び、大静脈瘤や痴呆などの症状がおきます。日常生活ができなくなり、死に至ります。
最近では、若い女性に梅毒が増えたため、先天梅毒といって、赤ちゃんを産むときに子供に感染してしまう例が多数報告されています。死産になってしまった赤ちゃんさえいるのです。
治療法は?
Ⅰ期やⅡ期の場合、ペニシリン系の抗生物質の錠剤を2〜4週間内服することで治療ができます。海外で認可されているペニシリン注射であれば1発で治療可能なのですが、現在の日本では適応となっていません。
日本で注射が認可されていない理由は、過去に注射の副作用の報告があったことや、薬自体が安いために注射薬の承認を得るための治験が行われないということがあります。注射が解禁されれば、長期の治療で脱落する患者も減り、感染の拡大に歯止めがかかると考えられるので、今後の認可が期待されます。
誰でも感染する可能性がある、性感染症
梅毒の患者数は、今年も増加傾向であり、まだまだ収まる気配はありません。セックスをする人全てが梅毒やその他の性感染症への感染の可能性があると考えて良いでしょう。
先ほども書きましたが、自分が関係ないと思うところから、性感染症への感染は始まります。性感染症は、必ずしも自覚症状がない場合があり、知らないうちに他人に感染させてしまっている可能性があります。
そのため、性感染症には予防とともに、検査を受けて早期発見することが重要です。感染が疑わしいと思った時は、病院に受診して検査をしましょう。
【小堀善友(こぼり・よしとも)】 獨協医科大学越谷病院泌尿器科講師
2001年金沢大学医学部卒業。金沢大学泌尿器科入局、大学院卒業後に2008年より獨協医科大学越谷病院泌尿器科に勤務。日本泌尿器科学会専門医・指導医。日本性機能学会専門医。日本性科学会セックスセラピスト。日本性感染症学会認定医。日本泌尿器内視鏡学会内視鏡手術認定医。米国イリノイ大学留学中にスマートフォン精液検査を開発した。専門は男性不妊症、性感染症、性機能障害。主な著書は『泌尿器科医が教えるオトコの「性」活習慣病』(中公新書ラクレ)。