歪曲、誇張、裏付けなしの決めつけだらけで事実とかけ離れた「記事」が世界的に拡散している。いわゆるフェイクニュース問題。日本も例外ではない。
国内でもそういった記事を掲載しているサイトが多数ある。その中でも記事が大量拡散しているのが「netgeek(ネットギーク)」だ。
2017年の衆議院選の際には、大手新聞社よりもnetgeekの記事の方がSNSで拡散していたことがBuzzFeed Japanの調査でわかった。
どうやって誤まった情報を拡散させているのか。netgeekは運営元などの情報を公開していないが、BuzzFeedは元スタッフら複数の関係者に取材し、内部資料を入手した。
連絡先も不明のメディアの選挙記事が大拡散
netgeekのサイトには「2013年に開設された日本初のバイラルメディア」とある。「バイラル」とはSNS上での情報拡散を意味する。
運営者は「netgeek編集部」とだけ書かれており、企業か個人かすら分からない。連絡先は記されていない。
扱うジャンルは国内の政治からネットの話題まで幅広い。政治的な記事に関しては、新聞やテレビを「偏向報道」と批判したり、野党政治家を揶揄したりするようなものが多い。
2017年の衆院選を例に見てみる。
新聞各紙が選挙日程を一斉に報じた2017年9月17日から、投開票日の10月22日までの期間で、見出しに選挙や政党名などを含んだ記事で、ネット上でもっとも拡散したものを計測ツール「BuzzSumo」で調べた。
netgeekは、選挙記事の拡散力トップ100の15本をしめた。これは朝日新聞11本、産経新聞9本など、ネット上でもよく読まれる大手紙すら上回った。
netgeekが時に大手メディアすら上回る影響力をネット上で持っていることがわかる。運営元すら不明の新興ネットメディアになぜ、そんなことが可能なのか。
「内容は問わない。炎上させる」
BuzzFeedは、元スタッフらnetgeekの内情を知る複数の関係者の証言を得た。
そのうちの一人、Aさんは2017年、クラウドソーシングのサービス経由でnetgeekの運営者から連絡を受け、「ライターとして働かないか」と誘われたという。
「Skypeで話した雰囲気では、過激な記事のイメージとは違い、大人しくて物静かな印象でした」と語る。
運営者からは故意に炎上を狙っていると思わせる発言があったという。
「『必ず1500シェアはいく。そのノウハウを持っている』『内容は問わない。炎上させることができる』のようなことを言っていました。私が、普段は政治系の記事を書いていると言ったら食いつきがよかったです」
炎上煽る編集マニュアル、500シェア未満はゼロ円
netgeekは「編集ルール」というマニュアルをライターに配っていた。BuzzFeedは2016年3月の日付があるマニュアルを入手した。
マニュアルには記事の報酬についても書かれていた。金額はシェアの数によって増額される仕組みで、500シェア未満だとゼロ円、1万シェア以上でも最も安くて3000円とある。
シェア数が報酬に直結し、500未満はタダ働きというシステムであれば、ライターたちはFacebookやTwitterでシェアされやすい記事を狙いたくなる。読者の怒りを煽ってシェアさせる炎上系の記事が発生しやすい下地だ。
裏付けなしで批判し、炎上させ、政治家もそれを拡散する
例えば、netgeekが2017年6月20日、「日テレ・フジ・TBS・テレ朝の16番組以上を1つの制作会社が担当して偏向報道やりたい放題。日本は乗っ取られた」という記事を掲載した(現在は削除)。
テレビ番組制作会社「泉放送制作」が日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビ、TBSのキー局の番組制作を担当し、「偏向報道が繰り返されるようになっていた」などと指摘する内容だった。
だが、「泉放送制作」が各テレビ局の放送内容を決めていることを示すような証拠や取材結果は記事中に何も提示されていない。たんに泉放送制作が各局の制作に携わっているだけだ。
制作会社が複数のテレビ局と関わるのは一般的なことで、それを持って泉放送制作が番組の放送内容に大きな影響を与えて「偏向報道」を増やしているというの裏付けがない想像にすぎない。
ネット上の情報の信頼性に詳しい評論家の荻上チキさんも、ブログでこの記事を「放送現場を知らない人が、ネットで拾った言葉を繋ぎ合わせて作り上げたデタラメ」「デマ」と厳しく批判した。
裏付けなしで書かれているに過ぎない記事だが、マスメディアに批判的な人たちによって広く拡散した。
政治家までもシェアをした。自民党の長尾敬衆院議員はnetgeekのこの記事を「拡散!情報戦です!」とツイートした(後日、削除したうえで、拡散したことを謝罪)。
誤りの指摘には答えず、批判広がると修正・削除
BuzzFeedはネット上の不正確な情報について検証をしてきた。その中には、netgeekを対象にしたものもある。元記事は間違いだらけだったが、いずれも2万シェアを超え、中には4万シェアを超える記事もあった。
以下のようなものだ。
- netgeekの「シリアで救出される少女が毎回同じ」は誤り。デマ情報の多くがロシアから
- netgeek「朝日新聞が証拠隠滅」はデマ 加計学園の新文書めぐりネットで拡散
- 「沖縄デモ集団の正体は中国」というnetgeek記事は本当か ソースの「公安調査庁レポート」を読んでみた
これらの検証記事をBuzzFeedが配信しても、間違った内容のnetgeekの元記事ほどは拡散しないことが多い。元記事は激しい見出しをつけ、一方的な内容が多いため、その趣旨に賛同する人がシェアしやすい特性がある。事実であることよりも、主張が自分に近いことがシェアに結びつきやすい。
netgeekに誤報を書かれた人たちの中にはTwitter経由などで連絡を取ろうとした人たちもいた。「全く対応をしてもらえなかった」「ネットで批判が広がるといつの間にか修正したり、削除したりしている」などと話す。Twitterで問題を指摘するとブロックされたという人もいた。
BuzzFeedはこれまで問い合わせフォームなどから繰り返し、取材を求めてきたが、返信は一切なかった。
運営者を特定し、登記簿上の所在地へ
netgeekが取材に応じないことから、BuzzFeedは独自取材で関係者の協力も得ながら、netgeekの運営者やその法人名、オフィス所在地などを特定した。
複数の関係者によると、netgeekが掲載している記事の多くを「腹BLACK」という署名で書いている人物こそが運営者だという。
【追記】netgeekが17日に公開した記事では、「腹BLACKというのはアカウントをつくる際につけた名前で、特定の個人ではありません。複数のスタッフがこのアカウントを使うことがあります」としている。
また、特定した法人名の登記簿にある代表取締役の氏名は、運営者とされる人物の名前と一致した。
BuzzFeed Newsの取材班は11月13日、運営企業とされる法人の登記簿に明記された所在地を訪問し、直接取材を申し入れた。
応対した人物は運営者とされる人物の父親であることは認めつつも、「ここにはいない」「netgeekのことは知らない」とそれ以上の質問には応じなかった。
記者は名刺だけ渡し、質問事項は問い合わせ用フォーム経由と郵便で、改めて送った。
「運営者情報を暴露しようとするBuzzFeedに抗議します」
netgeekはBuzzFeedが法人所在地を訪問したその日のうちに「netgeekの運営者情報を暴露しようとするBuzzFeedに抗議します」という記事を掲載し、そのリンクだけを記者にメールで送ってきた。
記事には、法人所在地で父親に渡した記者の名刺が一部黒塗りでアップされていた。執筆者名は「腹BLACK」。BuzzFeedによる取材に関して、以下のように主張していた。抜粋する。
netgeekではこのような運営者を特定し暴露しようとする動きに抗議したい。
まず第一にnetgeekが運営者情報を公開していないのは、スタッフの身の安全を守るとともに、自由な言論活動が萎縮されないようにするためだ。
BuzzFeedとしては問い合わせ窓口に連絡しても反応がないため、取材で直接話を聞くために所在地を調べて訪問した。取材の時点でその内容について公にしておらず、この記事中でも運営者名などについては匿名にとどめている。
「スタッフの身の安全を守る」ために運営者情報を公開していないとあるが、netgeekはYouTubeチャンネルを持っており、出演者は顔と名前を公開している。
また、BuzzFeedの取材意図に関して、netgeekは以下のように書いている。
BuzzFeedはとにかくnetgeekを目の敵にしており、事あるごとに攻撃を仕掛けてくる。一説では朝日新聞出身の古田大輔が編集長だからという指摘もある。
要するにBuzzFeedはnetgeekの政治信条が気に入らないから、とにかく粗探しをして潰そうとしているだけなのではないか。
記事中で例示したBuzzFeedによるnetgeekに関する検証記事を読んでもらえばわかる通り、BuzzFeedはnetgeekの思想信条などは問題にしておらず、たんに大きく拡散した記事の間違いを指摘している。
思想信条について問題にしているのであれば、選挙期間中に配信された記事の誤りを重点的に検証していただろう。
netgeekの運営方針に関する主張は
netgeekがアップした記事には、BuzzFeedが問い合わせ窓口や郵送で送った質問状に対応する部分もあるので、抜粋して紹介する。
編集マニュアルについてはBuzzFeedが入手したものは「かなり昔のもの」と本物ではあることは認めつつも古いと指摘した上で、以下のように述べている。
そもそも社外秘の資料を渡した元スタッフのほうが非難されるべきだと思う。特に問題あることは書かれていなかったのに、不正に入手した資料を材料にしていちゃもんをつけてくるBuzzFeedはおかしい。
また、削除や訂正についてはこう述べている。
2018年11月13日現在、次のような方針で運営している。
- 完全な誤りだった場合は謝罪し記事削除
- 複数の説があり、真実が不明なものについては対比的な可能性も書く
- 誤報ではないが、表現が誤解を招くものだった場合は修正する
BuzzFeedは複数の記事が削除されたことを確認した。しかし、その記事に掲載された当事者への謝罪がどこまでなされたかは確認できていない。また、記事が削除されているため、読者へのお詫びがどこにあるのかも確認できていない。
「対比的な可能性」を書いた記事がどれに当たるのかは、確認できていない。
修正は一部の記事でなされているのを確認したが、これまで問題視された記事の全てにおいて修正があったのかは確認できていない。
netgeekに関しては、この他も退職を申し出たスタッフに損害賠償を求めようとしたという証言などもあり、続報する。
情報提供、問い合わせなどは記者のTwitter(@takumiharimaya)またはメール([email protected])などでご連絡ください。