
しかし、日本で唯一の女子医大である東京女子医科大学の医学部長・唐澤久美子さんは「医療の世界には長年、女性への差別があり、特定の大学だけの問題ではない」と指摘する。
今回の問題を東京医大や医療業界のスキャンダルに終始させることなく、社会をよりよくしていくには、どうすればいいのか。唐澤さんに話を聞いた。
「女性差別は他の大学(医学部)にもある」

そもそも、東京女子医科大学が設立されたのは、もともと男女を受け入れていた済生学舎という明治の私立医学校が、途中から女子学生を締め出したことをきっかけとする。
「その理由は“女性は風紀を乱すから”というものだったそうです。そこで、創立者の吉岡彌生先生が、“女性が学べる医学校を作ろう”として、東京女子医科大学の前身が建学されました」
「それが1900年。ですから、医療の世界には、昔から女性差別がありました。この約120年、それが残り続けている、といえるのです」
もちろん、「(1900年)当時よりはだいぶ変わった」が、「それでもまだまだ十分とはいえない」と唐澤さん。
「今回(東京医大の問題で)多くの人は“そんなことをするなんてありえない”と思われたかもしれません。しかし、医療関係者の間では、今回のような女性差別は、ある意味で“常識”だったのではないでしょうか」
唐澤さんは「他の大学(医学部)にも、このような女性差別はあります」「だからこそ、これを東京医大だけの問題にしてはいけないのです」と指摘する。
「今は医大受験の話題がことさらに取り上げられていますが、東京医大だけ、もっと言うと、医療の世界だけでなく、日本社会全体に女性への差別はありますよね」
「東京医大だけがいけないとは私は思いません。社会全体にそういう雰囲気がまだある。特定の何かを叩くのではなく、構造を変えなければならないのです」
「女性個人の問題」にしないために

唐澤さんは、女性への差別があることは、「東京女子医科大学の存在理由でもある」という。
「なぜこの男女同権の世の中で、未だに私たちが女子医大であり続けているのか。それは、差別がなくなっていないからです」
「女性が男性と共に医療を担えるという社会が実現して、本当に男女平等になったら、女子医大なんて不要なはず。そのときに備えて、女子医大というものを守っているんです」
過去には帝国女子医学専門学校が東邦大学になり、大阪女子高等医学専門学校が関西医科大学になっている。だから、「東京女子医科大学は女子医大にこだわりません」(唐澤さん)。
ただし、今回のような問題について、「女性医師の離職率が高いという背景もある」ことは、唐澤さんも認める。
「女性は例えば出産をきっかけに、職場を離れなければならない。仕方のないことであり、女性個人が悪いわけではありません」
「世界を見れば、医師の4割は女性です。過半数の医師が女性という国もある。女性の問題ではなく、社会の仕組みが悪いだけなんです」
それなのに「女性は離職してしまうから合格させない」というのは、「責任を個人に押しつけてしまう行為」だと唐澤さんは批判する。
「今の日本の、この社会の仕組みの中で、医師は長時間労働をしていますよね。でも、それは本来、男女共におかしいことなんです。小さい子どもがいればなおさら、労働環境を理由に離職しやすくなってしまう」
「変わるべきはこの社会の仕組みです。そこから目を背けてしまうと、同じことがずっと続いていってしまう」
「支援体制」と「ネットワーク」

大学医学部の教授に占める女性の割合が「極めて少ない」中、東京女子医科大学では、女性教授が2018年8月時点で25.6%にのぼる、と唐澤さんは説明する。唐澤さんは、現在は日本で唯一、女性の医学部長でもある。
同大学出身者は「他大学(出身の女性医師)と比較して、離職率もかなり低い」(唐澤さん)。その理由は、「支援体制」と「ネットワーク」だという。
同大学の女性医療人キャリア形成センターでは、他大学出身の離職者を含めた再研修を実施している。
これは出産などで現場を離れた女性医師に、基本3カ月の研修を無償で提供するもの。他に、短時間勤務のサポートや、医大附属保育所のサポートもある。
「東京女子医科大学は同級生全員が女性ですし、先輩後輩もすべて女性で、120年の歴史があります。みんなが抱える悩みを共有して、ノウハウを蓄積することができるんです」
「このような体制さえ整えば、性別は関係ありません。女性医師も男性医師も、同じように働けることは、私たちが実証しています」
そのため、この現状を変えるには「社会全体として、整備の遅れてきた女性支援を進めるだけ」「他の国をみれば、子どもを預けるところを作ることでも、だいぶ変わる」と唐澤さんは言い切る。
「働き方改革が注目されていますが、これから働き手が足りなくなることが予想される中、合理的に考えて、人口の約半数の女性を活躍させない理由がありませんよね」
「この問題は一大学の問題ではなく、社会としてどんな未来を望むのか、という選択をする時期が来ているということではないでしょうか」