安倍晋三首相が新型コロナウイルス対策として打ち出した「布マスク2枚」を国内の全世帯に配布する施策。感染者数が多い都道府県から順次配布しており、4月17日から東京都への配送が始まった。
政府は布マスクに感染予防の効果はあるとする一方、WHOなどでは布マスクの効果を示す医学的根拠は乏しいと考えられている。
専門家の中には「マスクをすれば大丈夫という誤ったメッセージを発信しかねない」「汚染されたマスクがかえって感染リスクを増加させる可能性も」と懸念する声もある。
関連経費は466億円
布マスクを全戸配布する施策は、4月1日の首相会見で発表された。
安倍首相は「布マスクは使い捨てではなく、洗剤を使って洗うことで再利用が可能なことから、急激に拡大しているマスク事情に対応する上で極めて有効である」と説明。全国5000万余の全世帯に対して、国が買い上げたマスク2枚を配布すると発表した。
関連経費は、466億円にものぼるという。
布マスクの感染予防効果については、厚生労働省が4月8日に開設した特設ページでこう見解を示した。
「せきやくしゃみなどの飛散を防ぐ効果があることや、手指を口や鼻に触れるのを防ぐことから、感染拡大を防止する効果があると考えています」
また、新型コロナウイルスの感染予防以外に…
- マスクをつけることで呼吸器が潤い、風邪などにかかりにくくなる
- 店頭でマスクが手に入らないことに対する国民の不安を解消し、医療機関や高齢者施設など必要な場所に必要な物資を届ける
…などの効果があると謳っている。
「効果がない、あるいはコスト効果が極めて悪い」
では、感染症の専門家は「布マスク2枚」政策をどう評価したのか。
神戸大感染症内科教授の岩田健太郎医師は「効果がない、あるいはコスト効果が極めて悪い策だと思います」と言う。
「もともと布マスクは、感染防御(口や鼻に病原体が侵入するのを防ぐ)においても、感染者が感染を広めない(口や鼻から病原体を撒き散らすのを防ぐ)意味でもエビデンスに乏しく、実質的効果は期待できません」
「アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、家にいること、そして人と人との距離を離すことを感染防御の骨子としており、布マスクに限らず、不織布も含めたマスクそのものの感染防御エビデンスが乏しいと認識しています。世界の多くの専門家もそう考えています」
「しかし、特に感染が拡大している地域で、薬局やスーパーの店員のように外出が必須、かつ人との物理的距離を保つのが難しい人に対しては、他に方法がないから布マスクの着用を推奨している、という状況です」
「しかも、病院の防護具が枯渇している状況のなか、できる限り不織布マスクを病院に振り向けたいという狙いもあっての、やむを得ずの布マスクです」
「マスクさえすれば大丈夫」は誤ったメッセージ
WHOも4月6日に発表したマスクの使用に関するガイドラインで、「一般社会におけるガーゼや布製マスクの使用については、十分な検証がなされていないため、現状では推奨も反対もできない」と述べている。
「健康な人が街中でマスクをすること」に、感染防御の効果があると示すエビデンスはないといい、一般市民には密閉・密集・密着した場所を避けること、人との間に2m以上の物理的距離を保つこと、手洗いやアルコール消毒を徹底すること…などを強く推奨している。
岩田医師は、感染がほとんど起きていない県なども含む全世帯に布マスクを配るのは「無駄であるばかりか、『マスクさえすれば大丈夫』という間違ったメッセージを送りかねない」と指摘する。
「現に私が暮らす神戸市でも、布マスクを着けた中学生や高校生が集団で、密になっておしゃべりをしているという光景を見て、ぞっとしています」
「『マスクさえすれば大丈夫』という間違ったメッセージが込みになるならば、むしろマスクは有害です」
マスクの再利用は「もろ刃の剣」
また、布マスクは再利用できる点がメリットだと強調されている。
しかし、米国国立研究機関博士研究員として、免疫学やウイルス学を専門とする峰宗太郎医師は、「マスクの再利用はもろ刃の剣」だと言い、基本的には推奨できないと語る。
「懸念しているのは、ウイルスで汚染されたマスクの不適切な取り扱いによる手指汚染の可能性や、感染リスクの増加です」
「たとえば、不完全な消毒や洗浄、洗わずに連続で使用すること、裏表がわからなくなることなどに加え、いわゆる『あごマスク』のような口を汚染しかねない誤った用い方や、マスクを噛んでしまうことなどによって、むしろ感染リスクが上がるかもしれないと考えています」
「マスクは完璧ではない」
経済産業省と厚労省が3月中旬にアップした動画では、衣料用洗剤を入れた水に10分ほどつけてから軽く押し洗いし、さらに塩素系漂白剤を入れた水に10分ほどつけてから、よく流すようにと説明している。
厚労省の布マスクに関する特設ページでは、1日1回、汚れがついたらその都度、手洗いで押し洗いし、陰干しで自然乾燥することを推奨している。
峰医師は「そもそもマスクは完璧ではありません」と言う。
「感染防御においても、ウイルスの拡散を防ぐ意味においても、ある程度リスクを下げるとは言えるかもしれませんが、どのようなマスクが、どの病原体に対して、どれくらい効果があるか、その差などについてははっきりしないことが多いのです」
「マスクをすると感染が予防されるのか、マスクをすると重症化率・致死率がかわるのか、マスクにはそもそもどういう効果があるのか、ないのか。身近で簡単なようでよくわからないものなのです」
「それを踏まえて、マスクを使うか使わないか、どういった状況でどういう風に使うか、分配をどうするか、政策でできることはなんなのか、議論が必要な問題だと思います」
厚労省の「布マスク全戸配布」に関する特設ページはこちら。