性的マイノリティが平等な権利を求めるのは大事なことです。
一方で、個人の人生は一度きり。理想を目指すのと並行して、今ある制度を使って最大限、幸せになる方法を見つけておく必要もあるでしょう。
性的マイノリティの生活者としての権利を守る方法を啓発している行政書士で、NPO法人「パープル・ハンズ」事務局長の永易至文さん(55)。
なぜこのような活動を始めたのか、どんな具体策があるのか聞きました。
ゲイとして一生、生きていくことを決め、暮らしはどうする?
——同性婚できるように戦うのと並行して、今ある制度で性的マイノリティーの権利を守る手段を啓発していますね。このような活動を始めるきっかけは?
大学生だった1990年代から、アカー(動くゲイとレズビアンの会)などで同性愛者の権利を守る市民活動に参加していました。
卒業後は性的マイノリティの活動を伝える出版社を作りたいと思い、小さな出版社に就職して編集を覚えました。2001年に35歳で独立し、2002年から「にじ」という雑誌を作り始めたのです。
その頃のゲイは、「30歳になったら女性と結婚して、この世界から足を洗う」ことが普通だった時代です。
1990年代のゲイブームの中で、ゲイとして生きていく心地よさを知ったゲイ一期生として生きてきたわけですが、ロールモデルもない中、40代以降、どう生きるのかが課題となっていました。
92年にアカーの仲間とアメリカのサンフランシスコのプライドパレードに行き、現地のゲイカップルの自宅にホームステイさせてもらった経験も大きかった。
付き合いが長いカップルの家庭を垣間見させてもらって、「ゲイが大人になって生きていくってこういうことなのか」とすごく感動しました。ナイトライフだけでなく、昼間も様々な活動をし、当たり前に暮らしている姿を見て、日本でもそういうことをやりたいと思っていたのです。
だから雑誌「にじ」は、同性愛者の暮らしやコミュニティ、ライフスタイルを考える内容でした。同性カップルとしてどう生きていくのかを、なるべく地べたの問題に降ろし、衣食住から整えるという観点でした。
創刊号の特集も「公営住宅は同性二人で申し込めるか?」などをやったのです。
「同性パートナー」と「生活」という言葉をくっつける
——永易さんはよく「キラキラ系ではなく、地に足をつけた活動を」というスローガンを掲げています。
どうしてもメディア映えするとなるとキラキラ系の話が紹介されがちです。同性ウェディングとかパレードとか、企業で活躍する人の話とか。私も書き手側の人間だからわかります。
でも多くの当事者は、「これって特別な話だよね」とも思っているわけです。
また、LGBT運動の側でもそうしたイメージ戦略をとる場合もあります。
現在も社会での性的マイノリティの位置づけがあまりにも酷く、「性のモンスター」としてのイメージがあり、それを逆転させるために「そうじゃない。私たちはこんなにオシャレでステキなんです」と演出せざるを得ないところはあります。
それによって励まされる当事者もいるので、キラキラした活動も必要だとは思っています。
でも、年がら年中365日キラキラしていたら疲れます。パレードはすごく楽しいのですが、残り364日をどう暮らすのかの方に私は関心がありました。
非日常の華やかなパレードで励まされて、でも日常に戻っても普通に暮らすことができる。その両方が必要です。
2000年代後半からはフリーのライターとして活動して、2009年に『同性パートナー生活読本―同居・税金・保険から介護・死別・相続まで』(緑風出版)という本を出版しました。
「同性パートナー」という言葉と「生活」という言葉をくっつけたことが一つの発明です。それまで同性カップルというと、恋愛や性愛でしか語られなかったのに、「生活」の視点でも語れるんですよ、と。
同性カップルにも、同居とか税金とか保険、相続という問題があったよね、という発見だったわけです。
——生活面に不安を抱えていた性的マイノリティは多かったのでしょうか?
不安があることさえ気づいていなかったし、同性愛者として40代から先を生きていく選択肢がそれまでなかったからなのかもしれません。それに対して、これからの生活をどうするの?と突きつけたのです。
「死ぬまで生きるために」 生活のノウハウを研究する法律家に
——その後、ライターとしてだけでなく、専門家としてこの問題に取り組むことになったのですね。
ファイナンシャルプランナーの勉強をして、ゼニカネのことをきちんと考えたら、使える制度も結構あることに気づきました。
また、「同性パートナーだと生命保険の受取人に指定できない」ことが差別だと言われていましたが、子どももいなくて共働き、自分が死んでだれも経済的に困らないなら、むしろ生命保険なんて必要ないという考えもあります。
それぞれの人生に必要なノウハウがだんだん見えてきて、新宿2丁目のコミュニティセンター「akta」で、2010年から「同性愛者のためのライフプランニング研究会」を始めました。
この内容をまとめたのが、『にじ色ライフプランニング入門』(太郎次郎社エディタス)です。性的マイノリティ(このときは同性愛者ですが)に「ライフプランニング」という言葉を繋げたのが、これも一つの発明でした。
その中で「書類も作っておいた方がいいよ」と伝えたのですが、なかなか皆、自分ではできない。じゃあ自分が法律家になって書類を作ろうと、2013年に行政書士の資格を取ったのです。行政書士事務所も開業し、パープル・ハンズというNPOも始めました。
同性婚の制度もないし、性的マイノリティーに対する差別禁止法さえないこの国ですが、「社会が悪い」「メディアが悪い」と嘆き続けていても、自分は幸せにはなれません。
とにかく今ある制度を使って、せめて自分のマイナスをゼロに戻すぐらいはしよう。私が一貫して訴えているのは、死ぬまで生きていくためにどうするかです。
性的マイノリティとして生きていると「死にたい」という気持ちに傾きがちです。でも私は幸い死にたいという気持ちにまでは追い込まれずにすんだ。性的マイノリティに対する世の中の姿勢も少し変わりつつあるので、少しでも長生きしてそれがどうなるか見届けたい。
そのためには、気持ちだけ強く持っていてもダメです。ゼニカネの問題解決方法や法律を使って生き抜くためのノウハウを考える生活研究家のようになっています。
同性パートナーとして暮らしを共にしていく時に勧める書類
——同性カップルが生涯のパートナーとして生きていく時に勧めている書類は何がありますか?
このような書類が考えられます。
- 同性パートナーシップ合意契約書
- 医療における意思表示書
- 遺 言
- 任意後見契約
- 死後事務委任契約
日本には同性婚制度がないので、少しでも結婚と同じような状態に近づけるとすると、二人の関係を社会的、法的に証明する「同性パートナーシップ合意契約書」があります。
パートナーとしての共同生活の取り決めなどを網羅する契約書ですが、これにおたがいの看護や介護の義務を明記することもできます。
総合的な合意契約書まで作ることにまだためらいがあっても、せめて看護の委任部分だけでも「医療における意思表示書」として作っておくこともできます。事故や発病はいつ起こるとも限りませんからね。
「パートナーに病状説明をしてほしい」「治療方針についてはパートナーと相談しその意向を尊重してほしい」と書いておけば、患者の意識がなくなった時に示すことができます。
片方が亡くなった時に相手の財産を受け継ぐためには「遺言」も大事です。こうした書類を作っていなければ、二人で住んでいる家が相手名義だった時に、親族に相続されてしまうことになり、追い出される可能性が出てきます。
また、認知症などになって、正常な判断ができなくなった時に介護などの契約や、その費用のための預金解約などをできるようにする「任意後見契約」も大事です。
お葬式に出られなかった、親族の墓に勝手に入れられたという話もありますが、これも遺言か「死後事務委任契約」に書き込んでおけば、主導権を取ることができます。
いずれもそのカップルがどういう状況で何を守りたいのかを聞かないと、どんな書類が必要か、どういう条項を作るべきかはわかりません。希望を聞きながら、それが実現できるようオーダーメードの書類を作成するのです。子どもがいる場合(相手の連れ子や人工授精での出産など)の取り決めもすることができます。
逆に大した財産がないならわざわざ遺言は作る必要はないし、任意後見契約などは認知症などに備えるので若いカップルでは必要ないかもしれません。
これらの書類は公正証書で作ると信頼性が高まります。
——公正証書の法的効力はどうなのでしょうか?
公正証書は対立する相手が出てきたときに、自分が堂々と対抗できるようにするためにあります。病院で説明を拒否する医師や、財産を取ろうとする法定相続人に対し、法的に信頼度の高い書類を作っていると強い武器になります。
自治体のパートナーシップ証明は厳密には法的効力がないと言われていますが、証明書を見せれば、納得してくれる病院もあるかもしれません。
ただ、認知症になった時の財産管理や相続などお金が絡む話は、自治体のパートナーシップ証明ではどうにもなりません。その際に、法律的な効力を発生する書類を、誰が見ても確かな公正証書で作っておくと安心というわけです。
逆に公正証書を示しているのに相手が拒否する場合、「何の根拠があって拒否するのか?」と問うことができます。
最近も病院でパートナーが拒否された事例が続出
自分が入院したり手術を受けたりする時にキーパーソンはこの人です、と指定して、自分が口がきけない状態になった時はこの人に判断してほしいということは、年齢に関係なく何らかの対応をしておいた方がいいと思います。
昨年1月に同性婚裁判の原告をしていた佐藤郁夫さんが突然、脳出血で亡くなりましたが、病院で「親族でなければダメだ」としてパートナーは病状説明を拒否されたことがありました。
私の身の回りでも今年2月に25年来のパートナーが突然脳出血で倒れて、病院で病状説明を拒否されたことがありました。「どうしたらいいでしょう?」と相談されたのですが、書類を作っていなかったので、残念ながらどうにもできないのです。
また、女装パフォーマーのブルボンヌさんが一緒に仕事をしている社長さんが交通事故で意識不明の状態となったのですが、親族ではないということでパートナーが面会も病状説明も一時拒否されたと書かれています。
最近でもこういうことは立て続けに起きているのです。
こういう可能性も考えて、書類作りはやっておいた方がいい。
病状説明を親族に限定する法律はありませんし、それを明記している厚労省のガイドラインもあるのですが、医療現場に周知されていないので、対応はバラバラです。周知徹底してほしいところですが、当事者もそれと並行して自衛することを考えなければいけません。
そういう書類があることで、本人も強気で主張できたという例もあります。
書類を作らずとも自衛のためにできることは?
——これまでどれぐらい書類を作成してきたのですか?
100組ぐらいです。その中には何組かすでに解消したカップルもいますが。
——別れると破棄する手続きも必要なのですか?
放置している場合もありますが、任意後見契約は登記もされているので、登記している間はずっと有効になります。別れた後に相手の面倒を見る気がなくなったなら、解消する手続きを取ることもあります。「離婚届」のようなものですね。
——金額も男女の結婚が無料であることを考えると、それなりにかかりますね。
遺言まで複数書類をフルで作れば弊所では10万円としており、公正証書で作るには公証役場でもそれぐらいの金額はかかりますので、全体で20万円前後でおさまるようにしています。これは私が「運動」としてやっているところもあるからで、弁護士事務所で作ればもっと高いと思います。
もちろんこれは同性婚ができるまでのつなぎなので、同性婚実現のために運動していくことも必要でしょう。
ただ、当事者を見ていると、「何も自分は守られていない」と嘆くだけで、何も書類を作っていない人が多い。せめて自分が何かあった場合にパートナーを連絡先として指定しておく「緊急連絡先カード」(パープル・ハンズで無料配布)ぐらい記入して携行しておきましょう。
もし親族も二人の関係を知っているならば、親族も「この人のことはパートナーに任せています」と言ってほしい。あるいは親族に連絡を取って、「親族から委任を受けました」と伝えることもできます。そういう法的な発想がない人が多いのです。
そういうことをもっと当事者は勉強しておかないとダメだと思います。それだけで最低限のことは守れるかもしれないのですから。
——書類まで作らないとしても、自衛のためにできることは何がありますか?
緊急の連絡先を書いておき、重要な人間関係を教え合うことも大切でしょう。その場合、カミングアウトする必要もあるかもしれません。
自治体のパートナーシップ制度に登録することもできますね。
あと、私は養子縁組という選択を否定していません。養子縁組をしたら、相続の権利まですべてついてきます。法律上、親子で通ることも多い。1日でも差があれば、早く生まれた方が親になります。
男女の夫婦も無関係ではない 権利は天から降ってこない
実はこういう書類は同性パートナーだけに必要なものではありません。事実婚男女も同様です。私が同性カップルの仕事をしていることを踏まえてご依頼いただいた事実婚のご夫婦も何組かいらっしゃいます。
また、法律婚でも子どもがいないと、配偶者が亡くなった場合その親も、親が亡くなっていればきょうだいも法定相続人になりますから、相続争いになる可能性もあります。
配偶者が認知症になったら、その配偶者が勝手に銀行のお金を下ろせないのは法律婚をしている夫婦でも同じです。任意後見契約は夫婦でも必要なものなんです。
当たり前の法律知識が知られておらず、いざという時に慌てるのは結婚している夫婦も同じです。
その中でも特に同性カップルは法律で何一つ守られていないのですから、チコちゃんではないけれど、「ボーッと生きてんじゃないよ」です(笑)。
日本人は法的権利を自分で作ることがすごく苦手で、「お上が全部やってくれる」「天から権利が降ってくる」と思っている節があります。
自分から天をつついて、突つき落としてこないと権利は手に入りませんよ。
永易さんが考える家族とは?
——法律上の家族の定義とは何でしょう?
一応、戸籍上は「夫婦」「親子」が家族でしょうね。戸籍も夫婦と親子の間の一代戸籍しか作れませんね。結婚したら親の戸籍から出て、自分の戸籍を作らなければなりません。
基本的に戸籍に入れる関係は夫婦と親子の関係だけですから、それが最小単位の家族ということになります。
——永易さんが考える「家族」とは?
自分が「家族」だと思う人が家族だと思います。連れ合いやペットも含めて「自分達は家族を営んでいる」と思う人はいるでしょう。
人によっては「前カレも含めて3人で暮らしています」という人もいます。パートナーと、その両親と暮らしている人もいます。
性愛がないふうふもたくさんいますから、性愛でのつながりがふうふの条件でもない。同居していない家族もいますから、同居が条件でもない。
私としては、哲学的、文学的な家族の定義はどうでもいいのです。それぞれで考えてくれればいい。
でもパートナーが亡くなった時に、共に暮らしたパートナー名義の家から出て行きたくないなら遺言を作るしかない。家族と思っている二人の権利を守るなら、自分で動くしかないのです。
やるかやらないかを決めるのはあなたです。やるならお手伝いはしますよ。
※永易さんが講師の無料オンライン講座「LGBTQのための 人生プランニング情報講座 」(一般財団法人ゆうちょ財団助成事業、全3回)が6月から始まります。申し込みはこちらから。
【永易至文 (ながやす・しぶん)】 行政書士、NPO法人パープル・ハンズ事務局長、ライター
1966年、愛媛県生まれ。1980年代末からゲイのコミュニティー活動にかかわる。出版社勤務をへて、2000年代以後、ライター・編集者として性的マイノリティーの暮らしや老後、HIV問題を取材・執筆。高邁な理想論を追うよりも、いまできることを具体的に、が持ち味。
2013年に行政書士登録、東中野さくら行政書士事務所開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、同事務局長。「性的マイノリティーの老後を考え、つながるNPO」「老後と同性パートナーシップの確かな情報センター」を掲げて、講座や相談、集いの運営のほか、公正証書の作成などの実務にあたっている。
著書に『同性パートナー生活読本―同居・税金・保険から介護・死別・相続まで』(緑風出版)、『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』(ともに太郎次郎社エディタス)、『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』(緑風出版)