新型コロナウイルス第7波で、沖縄県は全国でも最大レベルの感染拡大を起こし、医療機関が逼迫しました。
行動制限がかけられない中、コロナ診療の現場では何が起きていたのでしょう?
そして、政府は近く外国人旅行者(インバウンド)の受け入れを本格的に再開する方針ですが、観光が主要産業の一つである沖縄でコロナを抑えながら受け入れることは可能なのでしょうか?
BuzzFeed Japan Medicalは沖縄県立中部病院感染症内科の医師で沖縄県の政策参与を務める高山義浩さんに聞きました。
※インタビューは9月18日午後に行い、その時点の情報に基づいている。
社会を回し、子どもで感染拡大した結果、流行は過去最大に
——沖縄は一時、医療も崩壊寸前まで達する感染拡大で大変そうでした。医療現場はどんな状況だったのでしょうか?
全国的にどこも過去最大の流行を経験しましたが、沖縄県は特に大きな流行が起きました。5月の連休の後も収まることなく、ずっと流行が続いて夏の流行につながって長期にわたったので、医療従事者の疲労感はすごいものがありました。
もちろん、飲食店や観光業の方も、流行が続いているため、社会が正常化することなくきつい思いをされたと思います。
ただし、緊急事態宣言が出されていた昨年夏とは異なり、行政として社会を止める判断はしませんでした。このため飲食店は遅くまで開いていますし、平年並みとは言えないまでも多くの観光客が沖縄に来ました。これは昨年との大きな違いです。
ただ、その一方で、徐々に感染は拡大していきました。高齢者も巻き込まれるようになり、介護施設での集団感染も多発し、ついには入院医療も逼迫してしまいました。それがこの夏、沖縄県が経験したことです。
——政府も専門家の分科会も行動制限をしないことを打ち出していました。オミクロンには行動制限があまり意味をなさないということで、そういう判断をしたのでしょうか?
人と人との接触を断つことができれば、当然ながら感染は減りますから、オミクロンと言えども感染拡大は抑止されます。これは単純な理屈です。
例えば9月に入ってから、台風がダブルで来て、かつ、いずれも速度が遅くて停滞したので、自然現象による行動制限がかかりました。その後、因果関係を明らかにすることはできませんが、急速に感染者が減っていきました。
昨年も同様のことを経験しており、短期間でも台風なみのロックダウンをすれば、感染者は減っていくのです。ただ、それが必要かどうかは別の議論です。
昨年のデルタ株までは、子どもたちよりも大人たちで感染が拡がりやすかったのですが、今年のオミクロン株の特徴として、子どもたちの間で感染が拡がるようになったことがあります。
沖縄県は、全国で一番子どもの人口の占める割合が高く(全国 11.9%、沖縄 16.6%)、きょうだいの数が最も多いこともあり、一気にオミクロンによる感染が拡がりました。今年1月は20代が最多でしたが、2月以降は常に子どもたち中心の流行だったのです。
このため、昨年までの飲食店中心の社会的制限では、十分な効果が得られないだろうと私たちは考えていました。
では、子どもたちの行動を制限するのか?
子どもたちにとってオミクロンは病原性は高くありません。大人たちを守るために、子どもたちにさらなる苦労を強いるべきなのか、難しい判断だったと思います。
基準を超えても、決断されなかった「社会的制限」
——第7波は過去最大の流行になって、入院も死亡者もかなり増えました。行動制限をしないという判断は正しかったのでしょうか?
それは、社会が何をめざしているのかによると思います。
医療崩壊は許容しても、経済を下支えする——。私たち医療者からすれば見捨てられたと感じる判断ですが、そのような判断を政治家がすることはあり得るでしょう。
ただ、これは生活に直結することですから、県民と話し合って決断する必要があるはずです。そういうプロセスを経て、行動制限をかけるかどうかの判断があってしかるべきですが、そうした話し合いのチャンネルがあるのかすら見えませんでした。
政府の専門家分科会や厚労省のアドバイザリーボードなどの専門家の会合でも、さまざまな意見が出ていました。「政府は決断すべきだ」と専門家からも突きつけたと思います。
それに対して、政府からは明確な回答がないままでした。
私が委員を務めている沖縄県疫学・統計解析委員会は、7月12日の動向報告で以下のように警告しました。
沖縄本島では、コロナ病床占有率が医療ひっ迫の目安としている60%へと迫っています。今週中には超えてくる見込みであり、このままでは昨年8月のように入院できない患者が多発し、死亡者が増加する可能性が高まっています。これは医療崩壊を意味しています。現在の医療提供体制では、これ以上の感染拡大は許容できず、何らかの社会的制限が求められる状況となっています。
しかし結局、沖縄県は、切り札としての「まん延防止等重点措置」があると認めつつも、それを切るかどうかを明確にしないまま、流行が過ぎ去りました。
その後に残ったのは、疲れ果てた医療従事者でした。
沖縄県は「病床占有率が60%」という基準を示していて、県の対処方針ではそれを超えたら社会的制限を検討することになっていたはずです。
その基準は軽く突破して、80%、90%と逼迫していきました。それでも、イベントの感染対策を強化するといった取り組みがなされるばかりで、重点措置など強い社会的制限については議論されていません。このあたりは、沖縄県の専門家会議に諮問すべき議題なのですが、そこでも見送られたと聞いています。
これが、医療現場の疲労と失望を高める結果となりました。
もちろん、子どもたち中心の流行において、どこまで重点措置が有効であったかは不明です。しかし、病床ひっ迫(占有率 60%以上)が生じた際には、強い社会的制限により感染拡大を抑止するとされていました。
昼夜を問わず、コロナ診療に追われる医療従事者は、「社会的制限をいつかけるのか」と思いながら待ち、行政側は決断を先送りにしてしまった。リスクコミュニケーションとしても、行政と医療現場との信頼関係を維持する上においても、方針変更をするのであれば、より丁寧な説明が求められていたと思います。
力尽きた医療従事者の立ち去り 「不可逆的な医療崩壊」も
——第8波が冬に必ず来ると言われ、インフルエンザの同時流行で7波よりもさらに大変なことになるのではないかとも言われています。医療者側に与えたその失望は、医療現場からの立ち去りにつながりませんか?
それは実際に一部の医療機関ではすでに起きていることです。コロナ診療に全力で当たった民間の医療機関では、看護師さんの退職者が増えてきています。
私は「不可逆的な医療崩壊」という言い方をしています。そこで働く人たちが減ってしまうと、もう立て直すことのできない真の医療崩壊に向かってしまいます。
疲れ切ってしまった一部の医療従事者の立ち去りが起きていることは間違いなく、不可逆的な医療崩壊に近い状況も見られます。
今はインバウンド再開にいいタイミング 課題を洗い出し対策を準備
——8月2日に高山先生も名前を連ねた専門家有志の提言が出されました。段階的に社会を開くための出口戦略ですが、悲惨な状況になった7波がやっと収束しかけている今、インバウンド(外国人旅行者)を迎え入れるなど、さらに社会を開く算段を始めてもいいタイミングなのでしょうか?
はい、社会は正常化させなければなりません。その方向性について、異論のある人はいないでしょう。ただし、第7波のような大流行は繰り返される可能性は十分にあり、それだけに第7波の検証は不可欠だと思います。
そのうえで、なし崩しに正常化させるのではなく、コロナのある社会において、どこにリスクがあるのか、どこは行政が管理していくのか、各事業者が気を付けるべきところはどこか、などを洗い出すことが必要です。
インバウンドについても同様です。もちろんコロナの持ち込みがゼロになることはないでしょう。でも、リスクをきちんと制御できれば、地域医療への影響は小さくすることも可能だと思います。
こうしたトライアル(試行)は、流行が小康状態のときにこそ行い、大流行に備えることが必要です。
——岸田首相が来月にも水際対策を緩和し、個人旅行客の受け入れ再開もすると報じられています。そのためにも今、準備が必要だということですね。
今は重要な準備期間です。
5月に岸田首相はインバウンドを6月から再開すると表明し、那覇空港の国際線も再開する方針が示されました。
しかし、夏に大きな流行が来ることを予測していた中で、インバウンドという不確定要因が医療現場の負担をさらに増大させる可能性もありました。
私は、6月1日の厚労省のアドバイザリーボードにおいて、外国人観光客に感染が見つかった場合の対応について、具体的に調整しておく必要があると訴え、「医療側からみて、その準備ができているとは思えない」と伝えました。
今は夏の流行が過ぎて、感染者数は減少し、医療現場も余力が出てきています。私は、インバウンド再開にはいいタイミングだと思っています。
どれぐらいインバウンドの感染者が確認されるのか、外出自粛への協力における課題は何か、海外旅行保険に加入していない観光客がいるのか。課題を洗い出しておいて、医療への負荷、地域流行への影響を検証して、メンテナンスしながらこの冬に備えていく必要があります。
秋から冬にかけて増えると見込まれるインバウンド
——沖縄には、インバウンドのほか、県外からの国内旅行者もいれば、帰省で沖縄に帰る人など、様々な形で入ってくる人がいます。対策は別々に考えるべきですか?
今のところ新型コロナは「新型インフルエンザ等感染症」であり、検疫法に基づいて措置が取れる感染症です。たとえば、ワクチン接種が完了していなければ、出国前検査が求められています。一定以上の流行が起きている地域に対しては、3日間の自宅待機も求められています。
一方、国内旅行者には、そういった渡航要件がありません。また、国内旅行者には、帰省や出張など県民との接点が濃厚な方々も少なくありません。ですから、ウイルスを持ち込まれるリスクは、インバウンドよりも国内旅行者の方が高いと考えられます。
日本人であれ、外国人であれ、とるべき感染対策は一緒です。しかし、法的に別々の対策がとられています。県民への影響を低減するという観点からは、インバウンドへの対策をより強化することよりも、国内旅行者に対しての呼びかけが求められます。
たとえば、ワクチン接種を最新の状態としてくださいとか、帰省や民泊、イベント参加など、旅先での感染リスクが高いときには、出発前に検査陰性を確認してください、といったことです。
こうしたことは、ずっと沖縄県は呼びかけてきました。しかし、こうした呼びかけそのものが、観光客を呼び寄せているとの批判もあり、県も大々的には言えないでいるようです。こうした国内旅行者に関わる対策は、観光庁など、もっと国レベルで進めていただければと思います。
——インバウンドはピーク時はどれぐらい来ていたのでしょう?
新型コロナの発生前の2018年度、沖縄県には年間1000万人の観光客が来ていました。このうち、外国人が300万人でした。特に2016年ごろからクルーズ船の寄港が増加しており、たとえば宮古島には、2018年だけで153回、45万人もの外国人が来ていました。
私は、コロナ発生前から、「古来、交易で栄えた都市国家は疫病で滅んできた。感染症への備えが必要だ」と、観光事業者や自治体の方々に伝えています。コロナ前と同じレベルに戻すべきなのか、きちんと議論しておくべきだと思います。
また、すでに国内クルーズは再開していますが、全員PCR検査を受けてからの乗船ルールであっても、数人から数十人の感染が発生していると聞いています。渡航先が離島だと、医療は容易にひっ迫しかねませんから、運航中止や寄港先の変更などのルールも明確にしておくべきです。
秋から冬にかけては、韓国など冬が寒い地域の人々、とくに高齢者にとっては、沖縄は魅力的な旅行先となってます。
暖かい環境での練習であれば故障も少なく、スポーツ選手も好んで冬季の練習地に選んでくれます。日本のプロ野球やJリーグのキャンプ地として選ばれてきましたが、韓国のプロ野球も来県します。そうなると、韓国のファンやメディアも押し寄せるでしょう。
社会の正常化をめざしつつも、離島の医療に負担をかけず、環境への負荷にも配慮しながら、持続可能な観光再開について考えていただければと思います。
(続く)
【高山義浩(たかやま・よしひろ)】沖縄県立中部病院感染症内科医師
地域医療から国際保健、臨床から行政まで、幅広く活動。行政では、厚生労働省においてパンデミック対策や地域医療構想の策定支援などに従事。臨床では、沖縄県立中部病院において感染症診療に従事。また、同院に地域ケア科を立ち上げて、退院患者のフォローアップ訪問や在宅緩和ケアに携わっている。2020年3月より厚生労働省参与。2021年9月より沖縄県政策参与。
著書に『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。