新型コロナウイルスが流行し始めてから2年半、専門家の一人として現状分析や対策作りに関わってきた公衆衛生の専門家、和田耕治さん。
波が重なっていく度に、複雑化していく問題に、専門家は、政治家はどういう役割を果たすべきなのでしょうか?
社会を回すことと、感染対策との難しい舵取りを迫られる第7波を、私たちは乗り越えることができるのでしょうか?

※インタビューは7月25日夜に行い、その時点の情報に基づいている。
コロナに物価高も重なり、強まる分断
——今、対策を呼びかける記事を書くと、「高齢者がコロナで死ぬのは当たり前だ」とか、「高齢者を優先して、若い世代が経済的に追い詰められてもいいのか」などという声が投げつけられます。最近、コロナ対策を巡って、再び社会の分断が強まっているのを感じます。
コロナの影響だけでなく、物価高やその他の経済の問題も相まっているのでしょうか。
ウクライナ侵攻も重なり、コロナだけでなく、物価高を含めたプラスアルファの難しさがどんどん積み重なってきています。脆弱な国では破綻も生じています。政治のリーダーもここに来て対策の方針を変え始めているのはそうした影響かもしれません。
こういう時こそ、どういう施策を打っていくのかは政治のリーダーが決断すべきところです。選挙で国民に選ばれた人たちが指し示してくれることに、一市民としても期待があります。
専門家は選挙で選ばれた人間ではないので、施策を決める権限はありません。
もちろん、専門家の見地からは、「こういう対策でこういう状況を目指すべきなのではないか」という提言はどんどん言っていかなければいけません。発信しなくなったら、それは役割を果たしていないということになります。
新型コロナ対策だけでなく、世の中には様々な課題が山ほどありますので、それぞれを専門とする研究者は発信していかなければなりません。
諦めずに、繰り返し呼びかける「感染者を減らしましょう」
——もし、政治家か専門家が、「医学的にハイリスクな人を日本では見捨てない、弱い人をみんなで守るのだ」という呼びかけをして、そういう機運が社会の中で高まったとしたら、何から手をつけたらいいのでしょうか?
一人ひとりが感染拡大リスクの高い機会を減らすしかありません。それによって感染者を減らすしかない。特に、色々な人が交わる場面を極力減らすことが必要です。
ずっと我慢してきましたから、みんな祭りやイベントに行きたいでしょうね。
それでもここから早く感染者を減らすには、人と人との接触を減らすしか方法がないのです。もちろん、引き算だけでなく、これはやっていいという「足し算」は必要です。家族など小さな単位で過ごしていただくことは継続できるようにしないといけない。
昨年も「お盆をできるだけ安全に過ごすために、お盆までにいったん感染者を減らしましょう」と呼びかけましたが、なかなか減りませんでした。
「医療者は他の視点を見ていないじゃないか」と批判を受けるかもしれません。それでも医師であり、公衆衛生の専門家としては、高齢者に限らず、医療が必要な人たちがかかれなくなる事態を避けるために、みんなでしっかり感染者を減らそうと、諦めずに繰り返し呼びかけたい。
急に減少に転じることは難しいと思いますが、少しでも急な増え方を減らしていく努力は、諦めずに何度でも呼びかけるべきだと考えています。
弱者のための行動はお互い様
今はすごく大事な時期です。忘れてはいけないのは、皆さん一人ひとりの行動が命に関わっていることです。
私は幸いなことに今は自分自身も家族も抗がん剤治療をしていないし、来週手術を控えているわけではないし、妻や娘が来週出産を控えているわけではありません。
でももし、そんな弱い立場に置かれていたら、みんなに感染拡大を招く行動は控えてほしいと思うでしょう。
次のパンデミックが起きた頃に、自分が高齢者になって弱い立場にいるかもしれません。またはスペイン風邪のように20代、30代の方に感染が広がることが起きるかもしれません。長期的に見ると、弱者のために行動するのはお互い様なのではないでしょうか。
または今、自分が弱者でなくても、両親は高齢者かもしれませんし、自分の友人の中で抗がん剤治療を受けている人もいるかもしれません。
そういう誰かを慮って「感染者を減らそうよ」と我々も言うし、国民に選ばれし政治家の人たちがそういう呼びかけをしてくださることを期待したいのです。
ワクチン、医療・介護者はもちろん、子供にもぜひ接種を
——ワクチンはどうでしょう?
3回目接種をしていない人に接種を促すお手紙を出すと聞いています。どの程度の効果があるかわかりませんが、対象者はできる限り早めに接種して自分や周囲を守っていただきたいです。
——4回目接種は医療従事者や介護従事者にも広がりました。積極的に受けた方がいいですか?
そうですね。でも遅かったですね。本当は1ヶ月前ぐらいにやっておくべきことでした。
もう一つ課題だと思っているのは子供たちの接種です。特に5〜11歳の子供に関しては、ワクチンがあったのに、努力義務は課しませんでした。でも今、感染拡大で影響を受けているのはこの世代です。
最近になって、5〜11歳にワクチンをうつと入院が減るというエビデンスも出始めています。
当初、一部の専門家もかなり慎重な発言をしていたこともあってか、この年代は結局2割程度しか接種していません。もう少し接種につながるかと期待していましたが、結局2割程度になっていることは今後の教訓にしたほうがいい。ここからでも巻き返しができないかと思います。
BA.2では確かに子供は軽症でした。「今後の他の株も含めてこの段階で最低限の免疫を確保していただきたい」という呼びかけが子供の接種に関してありましたが、届かなかったですね。
子供から家族に感染しますし、この年代の子供でも発症すると3、4日間も熱が下がりません。BA.5になってから、症状はかなりつらそうになっています。熱性けいれんで救急に運ばれている子供も増加しています。今からでも接種を考えることをお勧めます。
複雑化する問題に対処するために必要な政治の力
——この2年半の教訓を、我々は第7波で活かせていませんか?
2年半にわたって、ここまでは少なくとも諸外国、特に先進諸国と比べて、日本は感染者数も死亡者数もかなり低く抑えられています。
日本人が感染しにくいという遺伝的的なまたは生物的ないわゆる「ファクターX」があったわけではなく、日本の人たちがマスクの着用一つとってみても、対策に協力してくださったことが大きかったと思います。皆さんの行動によって得られた成果です。
その中で政権は、安倍首相から菅首相、岸田首相と変わっていきました。政治が感染症対策にとても密接に関わっていることは、これまで実感してきたところです。
振り返ると、「あの対策はなんだったんだ」とか「無駄なお金を使った」ということも相当あったのは事実です。
でも市民の皆さんが情報を正しく理解して、対策に応じてくださった。ここまでの波を経験しながら、常に市民の医療や公衆衛生への信頼は高まっているのか、心を配ってきました。若い方でも医療や公衆衛生に関わりたいと思う人が1人でも増えたなら存外の喜びです。
もう少し、私の専門とする「公衆衛生」が「かっこいい」というイメージを創り上げたいのですが、なかなか難しいですね。保健所でも離職が始まっていますし、感染症の担当になりたくないという声を聞いています。
ワクチン接種に関しても、接種する側も頑張りましたし、副反応がある中でも、皆さん同意をして接種してくれました。それによって感染や重症化を抑えたことが、日本の感染者や死亡者の少なさにつながったのです。
波が来る度に、「波から学んで、次は少し楽になるのかな」と3波ぐらいまで思っていましたが、波ごとに、より問題は複雑化し、新たな問題が加わっていきました。
第7波まで来ると、今までと同じ論理は通用しなくなってきますし、対策を打つのがますます難しくなっています。市民の皆さんの協力を得るのも難しくなっています。
今後、7波が収まっても、しばらく新型コロナの流行は続くでしょう。この冬も、インフルエンザと共に大きな波をかぶるのかもしれません。来年も夏に大きな波が来ると想定して考える必要があります。ワクチンが効かないようなウイルスが出てくるのも時間の問題です。
私たちが今後の波を上手に乗り越えていくために、政治の力はとても大事です。専門家はリスク評価や、対策の提言や、啓発のための資材を作ることはできますが、それを決断し、引っ張っていくのは政治家です。
政治家が呼びかけない限りは、いくら専門家が頑張っても、世の中の人は動きません。
だから専門家は政治家にわかりやすく伝える義務があるし、時に意見が対立することも辞さずにものを言わなければいけません。オリンピックやGoTo事業はそうでした。今回も政治と意見が異なることが出始めています。
専門家が政治に必要な意見を言える関係性を
——専門家と政治家の関係はどうあるべきでしょうか?
政権や政治は当然、国民の方を向いて判断しているはずです。
でも今のように、守るべき人が守れていない時に、専門家が政治に必要な意見を言えるような関係性であることが大事だと思います。
今後、日本版CDCを作るという話もありますが、政府の元におかれますので、政府の都合に沿ってエビデンスを作るようなことはあってはなりません。科学が政治の思惑で曲げられることがあってはならない。
専門家が独立した立場でしっかり言うべきことは言える組織であってほしいし、関係性を守らなければいけません。
そのために専門家も引き続き努力をして信頼をしていただけるようにしなければなりませんが、政治家が専門家の意見に耳を傾けていただける関係をどう作っていくかも、多くの人の命を守る上で重要です。
この2年半、コロナ対策に携わる中で、これを痛感してきました。公衆衛生の専門家として、こうした立場でたずさわれたことは貴重な経験でしたし、今後や次のパンデミックが来る時の教訓を得たとも感じています。
——私たちは、この2年半を糧に7波を乗り越えられるでしょうか?
「もう国民は対策を呼びかける声に耳を傾けてくれない」「もう伝わらない」という声が時々聞かれますが、そうではないと思います。正確な情報を伝えれば伝わると信じています。
弱い人を守るために協力してほしいし、専門家として患者さんの代弁もします。医療を受けられなくなるかもしれないと不安を抱えながら、声を上げられない人たちが世の中にたくさんいることからも、感染を抑える必要があるのです。
そのために、今のように感染が拡大している時期は、不特定多数が集まるイベントは場合によっては縮小し、人との接触を減らす。お盆にかけて、これから私たちは相当の痛みを伴う感染者増加を経験するでしょう。ここからしばらくは良くなることは考えられない。悪くなるしかありません。
2年半、コロナ対策に協力してくれて成果を出してきた私たちなら、きっと乗り越えられます。しかし、少しでも影響を小さくするためには、最後のチャンスに差し掛かっています。
(終わり)
【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授
2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。