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日本で新型コロナに感染した人は4分の1以上 独自の道を歩む日本で専門家が考える緩和と対策のバランス

既に4分の1の日本人が新型コロナに感染した——。そんな調査結果が公表されましたが、この数字から何が言えるのでしょうか?そして今後日本が取るべき対策は? 国立感染症研究所の感染症疫学センター長に聞きました。

日本人では、既に4分の1の人が新型コロナウイルスに感染したことがある——。

そんな調査結果を国立感染症研究所の鈴木基・感染症疫学センター長が厚生労働省のアドバイザリーボードで公表した。

この数字から何が言えるのだろうか?そして、今後の対策はどう考えていくべきなのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは鈴木センター長に聞いた。

※インタビューは12月5日夜に行い、その時点の情報に基づいている。

日本人の中で感染した人がどれぐらいいるかを調べた調査

——まず、どういう調査なのか教えてください。

新型コロナウイルスの抗体には、コロナには感染したことのある人にできる「N抗体」と、感染だけでなくワクチンによってもできる「S抗体」とがあります。

今回は「N抗体」の保有率を11月に調べたデータです。つまり日本人の中でこれまでどれぐらいの割合の人が感染したかを調べていることになります。

これまで厚労省は同様の疫学調査を4回行ってきました。これまでの4回は住民を対象として、協力してくださった方のサンプルで調べています。

今回は、日本赤十字社の協力を得て、献血ルームに訪れた8260人の血液を使った調査である点が違います。

献血の対象年齢は16~69歳ですので、70歳以上の高齢者や16歳未満の子どもは含まれません。症状がある人や新型コロナに感染してから4週間以内の人も含まれません。

——過去4回の調査とは、対象の年齢層も違うのですか?

少し違います。これまでの調査の対象は20歳以上で子どもは含まれていませんが、70歳以上の高齢者は含まれていました。

——献血に来た人を対象にすることによるバイアスは考えられますか?

考えられます。献血に来る人は基本的に健康な人です。一般住民とは違うグループであることは考慮する必要があります。

ただ、健康なら行動が活発なので、もしかしたら感染のリスクは高いかもしれません。一方で献血をするような人は健康に注意して感染のリスクを下げているかもしれません。最終的にどちらに振れているかは分かりません。

抗体があるのは26.5%だが、実際に感染した人はもっと多そう

——速報値ですが、全体では26.5%が抗体を持っていたわけですね。

調査をする前からある程度これぐらいではないかと予想されていた範囲内です。

つまり、これまでの陽性者数は日本で累積2500万人ぐらいですから、人口が1億2000万とすると5分の1ぐらいが陽性者として報告されたことになります。だいたい人口の20%ぐらいですね。

しかし、そもそも感染しても無症状で気づかない人も多いし、症状があっても受診しない人もいることを考えると、報告数よりも多くの人が感染していることは想定されています。

累積陽性者が20%で、今回の抗体保有率が26.5%ですから、むしろあまり違いはありません。

実際にはこの26. 5%よりも、本当の感染割合はもっと高いのではないかと考えています。

なぜなら感染したらみんながN抗体陽性になるかというと、そうではないからです。これまでの研究では、ワクチンをうっていない人が感染したら8〜9割がN抗体を獲得すると言われています。そして、4ヶ月ぐらいすると保有率は少しずつ下がってくる。

これがワクチンをうった人が感染すると、N抗体が陽性になる割合がワクチンをうっていなかった人に比べて若干低くなることが分かっています。

今回の調査の対象者で、感染したのにN抗体が陰性だった人がどれぐらいいるのかは分かりませんが、実際には26.5%よりも、もっと多く感染していただろうと考えられます。

これまで感染拡大した地域ほど抗体保有率は高い

——調査方法に違いがあるとはいえ、過去4回の調査(2020年6月:0.1%、2020年12月:0.68%、2021年12月:2.5%、2022年2月:4.27%)より、急激に増えていますね。これはオミクロンになって感染力が上がったからでしょうか?

オミクロンになって感染力が上がり、陽性者数が急激に増えたことが、2月までの調査との数字の違いに現れていると思います。

——都道府県別に見ると、多いところと少ないところに地域差がつきました。沖縄は46.6%とほぼ半数の人が感染しているのに対し、長野県では9.0%です。これまで流行拡大した地域と感染者が少なかった地域の違いが反映されているわけですか?

速報値なので、都道府県別の年齢構成の違いも分析が必要だと思いますが、単純に比較すると、これまでの各都道府県の累積陽性者数を人口で割った値とN抗体陽性率は比例しています。

ですから、これまでの感染状況が抗体保有率に反映されていると言っていいと思います。

——今回の調査は70歳以上が入っていませんが、もし高齢者も調査対象に入っていたとすると数字は動く可能性はありますか?

もう少し詳しくデータを見てみないとわかりませんが、それほど大きな影響はないだろうと思います。

年齢層が若いほど、抗体保有率は高い

——年齢層別だと、若い人の方が高いです。これは若い人の方が活動が活発で感染しているからと考えていいですか?

そういうことになります。男女差は見られませんでした。

欧米に比べて感染者を抑えた日本はN抗体保有率が低い

——今回のデータから、日本の感染状況について何が言えるでしょう?

まず、印象として感じるのは、海外との違いです。イギリスの直近のN抗体保有率はだいたい8割ぐらいです。アメリカでは地域によって違いますが、9割近くが陽性になっています。

それに比べれば、過小評価の可能性があるとはいえ、明らかに日本の方が少ない。これも累積の感染者数の違いを考えれば、当然の結果でしょう。

——日本の感染対策や予防接種政策が感染者を減らすのに功を奏しているということでしょうか?

それは間違いありません。特に最初の2年はしっかりと感染対策をした上で、ワクチン接種を進めたことで、日本は欧米に比べれば感染者数を低く抑えてきました。その結果、自然感染による獲得免疫の保有率は低くなっています。

抗体保有率の低い地域ほど、8波の立ち上がりが大きい

——第8波の立ち上がりで顕著ですが、これまで感染者数が少なかった長野県などで感染者が急増して、感染者が多かった沖縄で感染者は低く抑えられています。これは自然感染による獲得免疫が影響しているわけですか?

もちろんその影響はあると思いますが、N抗体陰性の人たちの多くは、ワクチンでも獲得するS抗体を持っています。

今年の2月の調査はワクチン接種者の多い集団だというバイアスはありますが、9割以上がS抗体を持っていました。自然感染によるN抗体が陰性の人も、ワクチンによる免疫で一定程度は守られています。

——8波の立ち上がりで差が出たのは、自然感染による免疫は強い、ということでしょうか?自然感染とワクチンとの「ハイブリッド免疫」で、さらにウイルスへの抵抗力が強くなっている人も含まれているかもしれませんが。

それだけが全てではないかもしれませんが、確かに沖縄では今回の波の立ち上がりが抑えられていて、長野県など比較的人口が少なくて累積感染者数が少なかった地域では立ち上がりの感染拡大が大きい。

やはり、これまで感染によって獲得した免疫の保有率が影響していると考えています。

ワクチンより自然感染がいい? 抗体保有率の高い国は死亡者も多い

——こういうデータが出てくると、ワクチンに反対する人は「それなら自然感染した方がいいじゃないか」と言い出しそうです。

N抗体を獲得した、ということは、これまでに感染したということです。

今回は、感染して回復した人の割合を我々は見ているわけですが、そのなかにはワクチンをうたないで感染して、重症化した人もいるでしょう。普段は献血に行くような人の中で、感染して亡くなった人もいるはずですが、調査の対象に含まれていません。

そういう方たちが経験したことは今回のデータでは見えません。ワクチンなしでの感染による重症化や死亡のリスクを自分や社会が受け入れられるのかどうかを考えなくてはいけないと思います。

——アメリカやイギリスでは、N抗体を持っている人も多いですが、亡くなった人や重症化した人も多いわけですよね。

そういうことになりますね。アメリカは100万以上の人が新型コロナで亡くなり、イギリスでは20万人以上が亡くなっています。

日本は5万人で人口差を考えても、欧米の状況とは全く違います。そこはしっかり踏まえておく必要があります。

今後日本はどういう対策が必要? 追加接種を続けるの?

——8波の立ち上がりで感染者を少なく抑えてきた沖縄では、ここに来て高齢者の感染が増え始めています。

N抗体もS抗体も、時間と共に少しずつ減弱します。問題は今、変異株が少しずつ増えてきていることです。

オミクロンになってからも、BA.1、BA.2からBA.5に置き換わってきていますが、最近、BQ.1が徐々に増えてきています。さらにシンガポールで流行したXBBも出てきています。

今は陽性者の全数届出もしなくなっていますから、細かい内訳はわからなくなってきていますが、新たな変異株が出てきて、すでに獲得した免疫から一定程度逃れて、クラスター(集団感染)を起こしている可能性はあります。

——日本は欧米とは違う独自の道を歩んでいるわけですが、今後、どういう対策で進んでいったらいいと思いますか?素人考えだと、重症化リスクのない人がワクチンをうった上で徐々に感染して軽症に抑え、強いハイブリッド免疫を持つ人を増やしていけばいい気がするのですが。

確かにそういう考えはあり得ると思います。

N抗体が陰性の人たちも、大半はすでにワクチンを少なくとも2回はうって免疫を獲得しています。発症予防はせいぜい数ヶ月、最長でも半年ぐらいですが、重症化予防や入院や死亡を抑える効果については半年以上は期待できます。

つまり、2回以上ワクチンをうっている国民の大半は、時間がたつとある程度は感染するかもしれませんが、ワクチンをうっていない場合と比べて重症化するリスクは下がっているはずです。

この状態で感染した場合には、重症化せずにワクチンと自然感染による免疫、つまりハイブリッド免疫を獲得することになります。

こうやってワクチンをうまく使って重症化しないように注意しながら、自然感染による免疫も利用して集団全体のウイルスへの抵抗力を高めていくという方法は理屈の上では考えられます。

ただ何事もそううまくいくとは限りません。たとえハイブリッド免疫でも時間と共に減弱したり、新しい変異株が流行したりした時に重症者や死亡者の数が増えてくるでしょう。それが、社会にとって許容できる範囲内になるように、タイミングよくワクチンを追加接種できるかどうかにかかってきます。

——重症者や死亡者を極端に増やさずに、ウイルスに対して強い集団になっていくためには、高齢者や持病がある重症化リスクのある人はワクチンの追加接種をしばらく続けた方がいいのでしょうか?

そう考えていますが、どこまで頻繁に接種する必要があるかは、まだわかりません。高齢者は確かにN抗体陽性率が低いですが、3回、4回、5回目のワクチンをうって重症化リスクからは守られています。

それがどれぐらいの期間続くのかが鍵を握りますが、いきなり全くワクチンが効かない変異株が登場するのでなければ、一定期間、一定程度は守られるでしょう。これまでのような頻度で追加接種をする必要はないかもしれません。少し様子を見る必要があります。

受容の過程でも注意すべきポイント

——これから年末年始を迎えて人の動きは活発になりますが、政府は全面的に対策緩和策を打ち出しています。対策と緩和のバランスをとらないと、死亡者や重症者が増えるのではないかと専門家はハラハラしていますが、先生はどう考えますか?

オミクロンの波から社会全体としての受け止め方はかなり変わってきているなと感じています。

ワクチンと自然感染で獲得した免疫で、2020年当初に比べると重症化リスク、死亡リスクは大きく下がっています。まったく新しい変異株が出てきて、医療崩壊を起こすようなことがない限り、今後は社会活動の制限はすべきではないでしょう。

今も日本では毎日150人以上が新型コロナで亡くなっています。これから緩和が進むことで、さらに増えてくるかもしれません。

それでも社会がこれを活動制限して減らすことはないだろうと思うのは、多くの人たちがこの感染症のリスクを日常のものとして受け入れつつあると感じるからです。これは疫学とは関係がなく、個人的な感覚です。

ただ、社会全体でこの感染症を受容していく過程で、いくつか注意すべき点があります。

まずこの感染症は季節性インフルエンザとは違う病気です。季節性の流行パターンは定まっていないし、死亡リスクが下がったとはいえ、当面は季節性インフルエンザ以上の死亡者が発生するでしょう。その認識をしっかり共有しておかなくてはなりません。

そして感染すると、一定の確率で重症化し合併症も生じます。肺だけでなく、循環器系の合併症が起こりやすいことがわかってきつつあります。長期にわたる後遺症の問題もあります。できるだけ感染しないようにすることが大切です。

また、高齢者や持病を持っている重症化リスクの高い人たち、入院や高齢者施設や福祉施設に入所している人たちについては、病院や施設は引き続き最大限に守っていく必要があります。受容のプロセスの中でもこの人たちやケアをする人たちに対する配慮は忘れてはいけません。

リスクを受容している人が受容していない人に強要しないように

——対策と緩和のバランスをとりながらゆっくり社会を開くべきだという慎重な人と、「もう対策はしなくていい」と考えている人とがいます。

そこは私も慎重に進むべきだと思います。いきなりこの感染症に無防備になるのは不可能です。合併症や後遺症などまだ十分わかっていないリスクがありますし、高齢者らハイリスクな人を引き続き守っていかなければいけません。

リスクを受容する時に、受容できていない人に対して、受容を無理強いすることは決してあってはならない。そこは配慮しながら社会を動かしていく必要があります。

——文科省は子どもの給食で適切な感染対策をとっていれば黙食はしなくてもいいという通知を出し、SNSでも論争が起きています。

今回の調査で子どものデータはありませんが、学校でも対策は緩和していく方向になっていくでしょう。

子どもの対策の難しいところは、本人が判断できないことです。学校の先生や親が子どものリスクを判断します。

これもいきなり全て解禁ではなく、リスクを受け入れられる人と受け入れられない人にはそれぞれ理由があります。その理由をお互い理解した上で、受容することを強要することがないように社会を開いていく必要があると思います。

年末年始は感染者が増えると予測 対策と受容のバランスを

——これから年末年始に向かっていく中で、感染者は増えそうですか?

数週間前に流行の拡大が少し減速したのですが、BQ.1による感染が増えてきているので、このまま行くと、やはり年末年始に向けて増えてくると予測しています。

——これから忘年会やクリスマスや帰省など、人が集まるイベントが増えてきます。ここまで3年も我慢してきたのだからと行動が弾けそうな感じも見られますが、疫学者としてはどう呼びかけたいですか?

やはり一人ひとりが感染のリスクをできるだけ下げることが何より大事だと思っています。

一方で、社会がこの感染症を受け入れていく動きがあることも100%理解できます。そこのバランスがとても大事だと思います。

繰り返しになりますが、ぜひ受け入れている人には、受け入れていない人たちのことを最大限配慮していただきたいと思います。

【鈴木基(すずき・もとい)】国立感染症研究所感染症疫学センター長

1996年、東北大学医学部卒業。国境なき医師団、長崎大学ベトナム拠点プロジェクト、長崎大学熱帯医学研究所准教授などを経て、2019年4月から現職。