憲法9条で武力を放棄した絶対的な平和を掲げつつ、緊張が高まる国際社会の中で、いかに国の安全を守るのか。
この日本の矛盾は、今回の衆院選の争点の一つでもある。具体的に言うと、憲法改正と安全保障関連法だ。
この矛盾と争点をどう考えるべきか。BuzzFeed Newsは沖縄を訪ねた。
72年前の戦争では、日本本土を守る礎としてアメリカ軍を食い止め、20万人超の人が亡くなった。その半数が民間人で、当時の沖縄県民の4人に1人と言われる。
戦後はアメリカの統治下に置かれ、1972年に日本へ返還されてからも、日本全体にある米軍基地の実に7割を引き受けている。この小さな島に。
「日本の安全を守るため」
そう言われるが、選挙の最中に象徴的な事件が起こった。米軍ヘリの炎上事故だ。
日本の平和を守る役割を、先の戦争から押し付けられ続ける沖縄。しかし、沖縄の平和は誰が守ってくれているのか。
事故の当事者たちは何を感じているのか。選挙戦にはどう影響しているのか。
「しっかり、この状況を伝えてほしいんですよ」
BuzzFeed Newsにそう語るのは、米軍の大型輸送ヘリ「CH53E」が炎上した牧草地を所有する西銘晃さん(64)だ。
4代にわたり、東村高江でヤギや牛の牧草を栽培している。ヘリが落ちたのは自宅からたった200m先。出荷予定だった牧草は、すべて駄目になったという。
近くの牧草地には1995年にも、米軍のヘリコプターが不時着した。ただ、その時は収穫後だったうえ、ヘリが炎上するともなく、ことなきを得た。
「あの時は米兵が『おかげで命が助かった』と頭を下げに来た。炎上などもなく、大きな問題として取り上げられることもなかった。でも、今回は違う」
ヘリの一部には、放射性物質が使われていた。米軍は「すでに取り除いた」と説明し、沖縄防衛局の調査でも周辺より高い放射線量は出ていない。
それでも、このことは新聞などで大きく報道された。気が気ではない。
「風評被害で、もう栽培はできなくなってしまうんじゃないか。飼っている豚の出荷も、安全が証明されるまで再開できなくなってしまった」
実感できない「負担軽減」
西銘さんが妻と暮らす家の屋上には、カメラを構えた報道陣がずらりと並ぶ。庭は、タクシーや中継車で溢れている。
少しでも多くの人たちに、現状を知ってもらいたい——。そんな思いから、敷地を各メディアに開放している。
そういうと「反基地の運動家か」という印象を持つ人もいるかもしれない。違う。反対運動に参加したことはない。「仕事が忙しくて」と距離をおいてきた。
西銘さんの家の前を通る県道を渡れば、すぐ先には米海兵隊の「北部訓練場」が広がる。東村と国頭村の山林にまたがる広大な基地だ。
面積は約3500ヘクタール。もともとは7500ヘクタールだったが、このうち2016年12月に約4000ヘクタールが返還された。
返還は無条件ではない。日米間では返還の代わりに、残された訓練場に新たな「ヘリパッド」(ヘリ着陸帯)を6ヶ所、建設する取り決めが交わされた。
ヘリパッドは高江区を取り囲むようにつくられる。周辺では2007年から抗議活動が続いてきた。政府は反対の声を押し切り、2016年末に工事を完成させた。
安倍晋三首相はこれを「沖縄の本土復帰後、最大規模の返還」と強調。その「負担軽減」の象徴だとしている。
しかし、ヘリパッドの運用が始まると、オスプレイやヘリコプターが飛行する頻度は以前よりも増加した。そして、恐れていた事故まで起きてしまった。
西銘さんは言う。
「これじゃ、負担増ですよ。面積が減ろうと、増えようと、頻度が上がって事故が起きるのであれば、関係がない」
反対しているのは、誰か
事故後、初めての日曜日。10月15日には、北部訓練場のメインゲート前で反対派による事故への抗議集会が開かれていた。
30度を超える暑さのなか、集会には100人以上の人たちが参加。「沖縄全体が高江と同じ状況に置かれている」と訴えた。
10年前から抗議に参加する宮城勝己さん(64)は、同じ東村・高江区の隣の平良区に暮らす。米軍機はよく家の上空を通過する。「他人事ではない」という。
「絶対に同じ事故が起きないという約束はできない。今すぐは難しくても、基地を撤去してもらいたい」
集会参加者には、宮城さんのような地元の村民はそれほどいない。中心になっているのは、県内の他の市町村から駆けつけた人たちだった。年齢層は高い。
インターネット上には、そうした状況から参加者たちを「プロ市民」などと揶揄したり、「地元の声ではない」と批判したりする言葉が飛び交う。
しかし、集会に参加していないからといって、地元の人たちが基地に賛成したり、容認したりしているわけではない。
地元紙・琉球新報が2016年8月に高江区で実施したアンケートがある。
全67世帯中38世帯が回答しているが、ヘリパッド建設に賛成した住民は1人もいなかった。80%が「反対」で、「その他(どちらでもない、分からないなど)」の20%を大きく上回っている。
「皆さんと、気持ちはひとつです」
仕事などの日常生活を抱えている地元の現役世代は参加しづらい。周りの目を気にする人だっている。
西銘さんは、この日の抗議にも参加はしなかった。
「これまで一度も顔を出したことがないから、いまになって顔を出すのもね」
そんな、引け目を感じているという。それでも、続いてきた反対運動には「感謝してますよ」と語る。
「たとえ高江以外の人であれ、感謝ですよ。私たちができないことを代わりにしてくれているのだから」
高江区の仲嶺久美子区長も、この日の集会には姿を見せなかった。事故後すぐに、仲嶺区長は菅義偉官房長官から「ご迷惑をおかけしています。何でもします」と電話を受けたと報じられている。
その仲嶺区長は、集会にこんなメッセージを寄せていた。
「集落上は飛ばないで、と抗議し続けたのもむなしく、この現実を突きつけられ、ショックを受けています。参加できなくて申し訳ありませんが、皆さんと、気持ちはひとつです」
44年間で709件の事故
米軍機が落ちてくる。そんな現実は、日本にある基地の7割以上が集中する沖縄では、特別なことではない。
県によると、米軍航空機の関連事故は1972年の本土復帰から2016年末の44年間に709件発生した。
墜落事故は47件で、平均すれば1年に1回以上だ。ちなみに今回の事故は墜落ではなく「不時着」と認定されている。「不時着」件数は518件だ。
今回事故を起こしたヘリの旧型機「CH53D」は2004年に、宜野湾市の沖縄国際大のキャンパス内に墜落。民間人の死傷者はでなかったが、大学や周辺の建物に被害をもたらした。
2016年12月には沖縄県名護市東海岸から約1キロの沖合で、米軍MV-22オスプレイ1機が「不時着水」した事故が発生している。
「僕の土地に僕が入れない」
いずれの事故でも、日本側が原因究明のための独自捜査をすることはできなかった。「日米地位協定」の壁があるからだ。
地位協定には、日本側による捜査を阻む以下の合意文書が付随している。
日本国の当局は、通常、合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設若しくは区域内にあるすべての者若しくは財産について、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない。ただし、合衆国軍隊の権限のある当局が、日本国の当局によるこれらの捜索、差押え又は検証に同意した場合は、この限りでない。
つまり、米軍が協力すると言わない限り、日本側が事故を検証するのは、不可能に近いということだ。
今回の事故でも、それは同様だ。周辺には規制線が張られ、自由に近づくことはできない。ヘリの残骸が残る牧草地には、米軍がテントを貼っている。
西銘さんは、こう悔しさをにじませた。
「僕の土地に僕が入ることができない。なんでですか。誰か説明してほしい」
沖縄防衛局からは補償の話も出ている。しかし、事故の原因が明らかにならない以上は、受け取るつもりはない、という。
村議会が決議した「満身の怒り」
事故を受け、高江区は翌日に代議員会を開き、ヘリパッドの使用禁止などを求める抗議決議を全会一致で可決した。ここまで踏み込んだ決議が出されたのは、初めてのことだ。
一方、東村議会も10月17日に臨時会を開き、同様の抗議決議と意見書を全会一致で可決。そこには、住民の怒りが限界にあることを示すように、こんな言葉が記されている。
「これ以上の基地負担は我慢できず、満身の怒りをもって抗議する」
「北のミサイルではなく、南のヘリが落ちてきた」
衆院選公示日の翌日に起きた米軍ヘリ事故は、選挙戦にも影響を及ぼしている。
高江を含む沖縄3区。前回は比例復活した自民候補者の陣営関係者は、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。
「北のミサイルではなく、南のヘリが落ちてきた。逆風になるという危機感を覚えている」
この候補者は事故後すぐ、自民党の岸田文雄・政調会長と現場入りし、対応ぶりをアピールした。
しかし、それだけではない具体的な対応が必要だと、この関係者は語る。
「すぐに飛行再開となってしまえば、世論の反発は避けられない。ここで安倍首相が沖縄入りし、ヘリ事故に抗議するなんてことがあれば別ですが、難しい」
「政府の対応次第では、『沖縄県民と、同盟国アメリカどっちが大事なのか』『自民党は基地問題に関心がないのか』と思われてしまう」
逆風になったヘリ事故
関係者が懸念するのも当然だ。
沖縄の自民党はここ数年、国政選挙で勝てていない。2014年の衆院選、2016年の参院選と、全国区で自民党が圧勝している一方で、県内では全敗を喫している。
背景には、沖縄に集中する基地、そして相次ぐ米軍機の事故に加え、政府が進める米海兵隊・普天間基地の県内移設に反対する強い民意がある。
9月にあった地元紙・琉球新報の世論調査でも、80.2%が県内移設に否定的だ。「移設反対」を掲げる翁長知事ら、「オール沖縄」の勢いは衰えていない。
ただでさえ苦戦を強いられているさなかで起きた、今回の事故。自民党にとってやはり「逆風」となる。
今回、沖縄の各選挙区では、翁長雄志知事を支持する「オール沖縄」の支援する候補者と、自民党の候補者が争う構図が中心だ。
「オール沖縄」の候補者たちは、選挙戦でもたびたびヘリ事故に言及。ヘリパッド建設を進めた政府批判を強めている。
ヘリ事故の影響は県内の全ての選挙区に及ぶ。
沖縄国際大の照屋寛之教授(政治学)によると、序盤の情勢調査で「オール沖縄」と自民党が競り合っていた1区や4区などの選挙区では、ヘリ事故が勝敗を左右する可能性があるという。
2区や3区は「オール沖縄」の候補がリードしている。それゆえ、最新の情勢調査(産経新聞、10月17日)では、自民党が「全敗の危機に立たされている」という結果も出ている。
調査結果によると、自民党を比例の投票先に挙げた有権者は全国ワーストの21.5%だったという。
沖縄の抱えるジレンマ
前回は、小選挙区で負けても比例復活できた自民党の4候補。だが、今回は比例順位が他の九州ブロックの候補と同じ4位だ。
つまり、全敗すれば「沖縄選出の自民党議員がいなくなる」可能性すらある。
2018年には、米軍基地の移設先である名護市の市長選や、那覇市長選、さらには知事選を控えている。衆院選は、そうした選挙にもつながる。
こうした状況に、自民党沖縄県連は危機感を覚えている。逆風は少しでも避けたい。10月16日には、そんな焦りを感じさせる象徴的な出来事が起きた。
沖縄県議会で「ヘリパッドの使用停止」などを求める決議が可決したのだ。それも全会一致で、だ。
2016年のオスプレイ事故時、自民党は抗議決議に反対していた。しかし今回の事故においては、対立する「オール沖縄」と足並みをそろえた形になる。
先出の自民陣営関係者は、こう語っている。
「私たち沖縄は、諸手を挙げて基地に賛成しているわけではないのだと伝えていかないといけない。たとえ政府与党と同じ自民党であっても、です。これは、沖縄の抱えるジレンマなんですよ」
原因はわからぬまま
10月18日、米海兵隊は事故を起こした「CH53E」と同じ機種の飛行を再開した。
「安全な飛行運用を再開する準備が整った」としているが、事故の原因は、明らかにされていない。
住民の持つ「満身の怒り」は、どこに届いているのか。沖縄では連日、ヘリ事故が報道され続けている一方で、全国紙やテレビではほとんど見かけなくなった。
本土の無関心にかき消されようとしている大きな問題が、沖縄にはある。選挙の結果は、その問題の所在を改めて突きつけるだろう。
だが、その結果をみて、国会や本土は沖縄への態度を変えるのだろうか。すでに繰り返し突きつけられているはずのその問題と、向き合うのだろうか。
BuzzFeed Newsにはヘリ事故に関連し、【なぜ「墜落」と言えないのか? 防衛省の見解は】という記事も掲載しています。