「表現の自由」を巡る激しい議論となり、テロ予告や脅迫、大量の「電凸」によって一時は展示中止に追い込まれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」。
この問題で文化庁は、一度は採択されたトリエンナーレへの補助金約7800万円の不交付を決めた。これを「事実上の検閲」などと抗議してきたアーティストらが11月8日、決定の撤回を求めるアピールを、文化庁前で実施した。
不自由展をめぐっては、アーティストらが展示の再開などを求め「Re Freedom _Aichi」プロジェクトを始めた。今回のアピールも、そのメンバーらが中心になって開催された。
この日は文化庁に要望書と10万人超の署名を提出する予定だったが、アーティストらは文化庁側の対応のあり方や不透明なプロセスを理由に、提出を中止した。
アピールでは今回の不交付決定だけでなく、海外での展示や映画にも、同様の問題が及んでいることを危惧する声も上がった。
まず、経緯を振り返る
文化庁は補助金を不交付とした理由として、事前の申請内容が不十分だったことや、申請内容通りの展示が困難になったことをあげている。
萩生田光一・文科相は会見で、批判や抗議の殺到で展示継続が難しくなる可能性を文化庁に報告していなかったことも問題視。「展示の内容について全く関与していない」ことなどから検閲には当たらない、との見方を示した。
しかし、トリエンナーレをめぐっては、「表現の不自由展」の展示内容が一部で批判を集め、河村たかし・名古屋市長ら政治家たちも反応。さらに菅義偉官房長官は8月2日の会見で、文化庁の補助金について「精査したい」と言及した。
また、不交付の決定は、不自由展をめぐる検証委の提言を受け、愛知県の大村秀章知事が「条件が整えた上で再開を目指したい」と表明した翌日のことだった。
こうした状況からも、今回の文化庁の不交付決定は「検閲と言われても仕方ない」という指摘が、アーティストや識者から相次いで上がった。自民党の山田太郎参議院議員も「このようなことはあってはならない」とツイートした。
アーティストらは署名サイト「Change.org」で、不交付決定の直後から署名を実施。10万4千以上の賛同が集まっていた。
提出の様子は「生中継」
文化庁前のアピールには、あいちトリエンナーレに出展しているアーティストらに加え、美術評論家連盟や日本文化政策学会、芸大関係者などが集まった。
アーティスト側は、署名の開始直後から宮田亮平長官(元東京芸術大学長)への署名提出やコメントを求めていた。一方で文化庁側は当初、庁舎の玄関での手渡しを打診していたという。
最終的にこの日、用意された部屋に通されたものの、その狭さを理由に、担当者と面会できたのはアーティスト側の代表者8人だった。
代わりに、同庁前にアーティストらが設置したスピーカーから署名提出の様子が中継された。
およそ1時間のあいだ、代表者と担当者のあいだで以下のようなやりとりが交わされ、集まった人はその内容に聞き入った。
Q:10万人の署名を、このような部屋で、立ち話のような状態で軽々と渡すことはできない
A:大きい部屋だから重く受け止めて、小さい部屋だから軽く受け止めるというわけではない
Q:不交付はどのようなプロセスで、誰が決定したのか
A:判断は一個人ではなく行政で動いてきめた。庁内の担当者が複数回集まり、議論した
Q:会議の議事録はないのか。不交付による混乱は懸念しなかったのか
A:庁内の担当者による打ち合わせのような雰囲気で、議事録を残す規則もないので議事録はない。メールやメモは確認しないとわからない。混乱に関する議論はあった
Q:なぜ文化庁の担当者は、あいちトリエンナーレのオープニングの挨拶が取りやめになったのか
A:7月31日朝の新聞報道を見て、展示の中身を我々として確認する必要があると判断した。補助金の不交付とは関係がない
「萎縮」を懸念する声も
こうした一連の対応が「不誠実」であることや、不交付プロセスが不透明であることを理由に、アーティスト側はこの日の署名提出を見送った。
署名提出に同席した「ReFreedom_Aichi」メンバーでアーティストの藤井光さんは、その後の記者会見でこう語った。
「文化庁のほうで手続き上の問題であると説明をしてきたが、多くの国民は納得していない。担当者の話からは、内容に関する議論が7月31日に行われていたことが推測できます」
「また、不交付決定の議論については逐次、宮田長官に報告していたという話もあった。長官にも責任があるはずです。こうした議論のプロセスを知ることがない限り、その説明に納得することはできません」
一方、文化庁に声明を提出した日本文化政策学会の熊倉純子会長(東京芸術大学大学院教授)は「今回の決定が大きな後退の一歩であることは否めない。文化をつくる現場と政府に不信感が生まれることになる。萎縮を強く懸念する」と指摘。
あいちトリエンナーレを含む補助金の外部審査委員をつとめ、問題後に辞任した鳥取大学特命教授の野田邦弘さんは、「後出しジャンケンがあれば専門委員会はいらない。こうしたことが定着し拡大することが恐ろしい」と警鐘を鳴らした。
海外での展示や映画への広がりも
文化庁前アピールでは、以下のように同様の問題が広がっていることにも言及された。
▽オーストリア・ウィーンの展覧会「ジャパン・アンリミテッド」への外務省による事業認定が取り消された
▽ピエール瀧さんが出演する「宮本から君へ」で文化庁の助成が取り消された
▽川崎市が共催する「しんゆり映画祭」で慰安婦問題に関する映画「主戦場」の上映が一時取りやめとなった
前出の藤井さんは、あいちトリエンナーレ以後の動きをこう総括した。
「作品そのものを見る前に、それを切り取り、二次ソースを持って作品に判決を下すという動きのなかで、政治家の方々が権力を行使し、黙らせる。そんな社会的局面に、芸術が置かれているのではないでしょうか」
また、別件で文化庁を訪れていたという映画監督の諏訪敦彦さんは、アピールでこうスピーチした。
「映画の方も同じようにいろいろな問題が起きている。あからさまに、しかもどこで何か決められたか分からないようなプロセスで決められていることは、正していかないといけない。分野を超えて連携していきたい」
アピールや会見ではそのほか「文化庁の内側から頑張ってもらいたい」「文化庁と一緒に議論して、考えていかないといけない」という”エール”もあがった。
「表現の不自由展」に出展した映像作家の小泉明郎さんは、「文化庁の対応には怒りを覚えた」としながら、こう力を込めた。
「なぜ表現の自由が必要なのか、なぜ不快なもの、なぜ悪を表現するのか。言葉を尽くしていかないといけない。これからの日本の出発点を、みんなでつくっていきたい」