デューク大学の卒業式でスピーチした人気コメディアン・ジェリー・サインフェルド。2024年5月13日。
Reuters
アメリカで毎年注目を集める大学の卒業式のスピーチ。
政治家や経営者など各界の著名人が、時事問題や、自分自身の若い頃の話などを織り交ぜながら、卒業生たちに人生のアドバイスを贈る。
シリーズ企画「2024年米大学卒業式、注目のスピーチ」の3回目は、アメリカでは知らない人のいない人気コメディアンのジェリー・サインフェルドを紹介する。
シリーズ1回目:イアン・ブレマー、卒業式での問いかけ「なぜ中東ばかり注目するのか?」
シリーズ2回目:バイデン氏、黒人大学の卒業式スピーチで「家族との死別」を語った理由
「情熱なんてどうでもいい」
サインフェルドが自らの名前を冠し、主役とライターを務めたコメディ番組「サインフェルド」は、1989年から1998年まで続き、アメリカのテレビ史上に残るほど長年人気を保った番組だ。
そんな“お馴染み”のコメディアンは2024年5月12日、デューク大学の卒業式の演台に立った。
アメリカ全土の大学では、パレスチナ自治区へのイスラエル侵攻に講義する学生運動が過熱し、4月後半には逮捕者が続出していた。
そんな状況で開かれたデューク大学での卒業式だったが、サインフェルドはユダヤ系ニューヨーカーであり、一貫してイスラエルを支持していた。
そのためサインフェルドのスピーチが始まる前に、30人ほどの学生たちが抗議の表明として会場から退席、それが多くのメディアに取り上げられたが、彼のスピーチが妨害されることはなかった。
彼のスピーチは、キャリアにどう向かうべきか、人生の中で大切にすべきことは何か?ということにフォーカスしたものだった。
スピーチでまず語られたのが「情熱について」だ。
「君たちは『あなたの情熱を追求しなさい』と言われることに心底うんざりしていることだろう。
私は、『情熱なんてどうでもいい』と言いたい。何か自分にできることを見つけられたら、それでいい。何かに挑戦して、それがうまくいかなかったら、それでもいい。
大抵のことはうまくいかないものなのだから」
サインフェルドは、ただ一つの素晴らしい「私の情熱」を見つけなくてはならない、という考えを捨てよと呼びかけた。
それよりも、何でもいいから自分の能力でできることを見つけ、できる限り一生懸命取り組め、夢中になれるものを見つけろと。
「夢中」のほうが「情熱」よりもずっといい(汗臭くない)と。
「ありとあらゆるものと恋に落ちろ」
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サインフェルドによると、人生には3つの鍵がある。
まずは「必死にやること」、そして「注意深くあること」、最後に「恋に落ちること」だ。
まず1つ目の鍵「必死にやることに」についてサインフェルドは、「仕事であれ、趣味であれ、恋愛関係であれ、寿司屋の予約をとることであれ、とにかく努力すること」だと強調した。
「バカみたいに、『なんでこんなことやってるんだっけ』というほどの必死さで努力すること。努力は必ずプラスになる。仮に、努力の結果が、当初望んだ目標からすると完全に失敗だった場合でも。
これは、人生の中で決まっていることなんだ。ただバットを思いっきり振って、『うまくいきますように』と祈ること──それはアプローチとしては悪くない。多くのことにおいて」
また「恋に落ちることに」については、「人と恋に落ちるのは簡単だが、私が言っているのは、もっと広い意味においてだ。すべての、ありとあらゆるものと恋に落ちろという意味だ」と話した。
「いい部分を愛せて、悪い部分をあまり気にせずにいられるものを見つけるといい。言い換えるなら、受け入れられる拷問を見つけよということ。これこそ、人生における勝利につながる黄金の道だ。
仕事、運動、恋愛。これらすべてには、純粋に拷問と呼ぶしかない部分がもれなくある。その上で、これらすべてには1000%、拷問に耐えるだけの価値がある」
「私達は結果をだすことに取り憑かれている」
アメリカでは知らない人はいないコメディアンになったサインフェルド。
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サインフェルドは、この15分のスピーチの中で、「仕事であれ他のことであれ、最終的な結果ではなく、そこに至る経験にこそ得がたい味わいがある」ということをさまざまな言葉で伝えようとしているように思えた。
やや唐突にAIについての話が出てきた時、この話は一体どこに行くのかと思ったが、これもまた経験にこそ意味があるということを言うためだった。
AIの根底にあるのは、「仕事を楽にしよう」という発想だ。彼はその発想が問題だと言う。
「私たちは答えに到達すること、プロジェクトを完了させること、結果を出すことに取りつかれている。
これらのゴールを目指すこと自体は正当なことだ。でも、手っ取り早くゴールに到達することだけを目指しさえすればそれで良いのか?
効率と引き換えに、人間的経験が与えてくれる豊かさは失われてしまうのではないか?
人生で注意を払うべきことは、たった2つ、仕事と愛だ。そのために惜しまずエネルギーを費やすことを学びなさい」
「仕事というものは素晴らしい」
Duke University
卒業はしたものの、これから何をしていいかわからないという学生たちへのメッセージも良かった。
「この素晴らしい場所で4年間を過ごしたのに、未だに何が好きかも、何に関心があるかも、人生で何がしたいかもわからないという人たち。
君らは、ここにいる中で最もラッキーな人たちだ」
サインフェルドは「『自分は何をしたいかわかっている』と思っている人たちは、実は間違っている可能性がとても高い。おそらく自分の能力を過大評価していたりもする」として、こう続けた。
「そういう人は、自分という人間についても、世界で何が起こっているかについても理解していると確信している。
実は、いずれについても理解していないのにだ。自分が進む方向について自信がなく、あやふやな人ほど、これから先、驚きと興奮が待っている。それはいいことだ」
サインフェルドは「仕事」についても、スピーチで触れた。彼は「仕事は素晴らしいものだ」と強調し、「そう思えないなら辞めてしまえ」と話した。
「『死ぬときに、もっとオフィスで時間を過ごしておけばよかったと後悔する人はいない』と言う人たちがいますよね。
なぜ? なぜそう思わない? つまりこれは、仕事によるのです。
もしくだらない仕事を選んでしまい、嫌いだと判り、それでも辞めないとしたら、それはあなた自身の責任であって、仕事のせいじゃない。
仕事というのは素晴らしいものです。私は自分の人生を振り返るとき『あんなに仕事するんじゃなかった』とは絶対に思わないでしょう。
もしあなたが自分の仕事において私のように感じられないのだとしたら、辞めてしまいなさい」
「ユーモアを失ってはいけない」
サインフェルドはスピーチを、ユーモアのセンスの大切さを語ることで締めくくった。
コメディアンの自分が何よりも一番よく知っていること、それはユーモアだからと。
「ユーモアのセンスを失わないように。若い君たちにはまだわからないと思うけれど、人生はわけのわからないこと、理不尽なことに満ちている。
ユーモアなしにそれらを乗り越えるのは難しい」
また、サインフェルドは、「不適切なジョークのせいで気まずくなってしまうことを過度に恐れなくてよい」とも述べた。
今の若者世代は、より公正で多様性を認める社会を目指すがゆえに、人を傷つけることを言ってはならないという意識が強い。
よく言えば正義感が強く、気配りが繊細ということだ。彼はそのような姿勢を賞賛しつつも、四方八方に気を使いすぎてユーモアのセンスを失ってしまわないように、と強調した。
人生は長いハイキングのようなもので、ユーモアという水なしでは生きぬけない。ばかばかしいことが起きた時、その状況を面白がり、笑い飛ばすことを学ぼう。これが今日一番伝えたいことだったと。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。サイボウズ株式会社社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny