韓国の聯合ニュースTVで放映された、北朝鮮のミサイル発射の模様。
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- 北朝鮮と韓国の間の緊張は高まっており、近いうちに危機的状況に発展する危険をはらんでいる。
- 北朝鮮が、11月の米大統領選挙前に紛争を引き起こす可能性があるとの声も専門家から出ている。
- そうなれば、朝鮮半島での衝突にアメリカが引きずり込まれる可能性もあると、この専門家は警告を発している。
北朝鮮と韓国のあいだの緊張が再燃しており、近いうちに紛争に発展する危険もあるとの声も出始めた。
全面戦争が近づいていることを示す兆候はないものの、北朝鮮の挑発行為は、韓国およびアメリカにとって選挙イヤーとなる2024年に入ってエスカレートしている。これが、対北朝鮮政策で「タカ派」のスタンスを取る韓国の現大統領による報復につながりかねないと、ある専門家は警告している。
「今後北朝鮮関連の危機が訪れるとして、それがいったいどのようなものになるかは、予測が難しい」。5月16日付のフォーリン・アフェアーズ誌の掲載記事で、スミ・テリー(Sue Mi Terry)氏はこう綴った。テリー氏は、アメリカのシンクタンク、外交問題評議会(the Council on Foreign Relations)のシニアフェローで、朝鮮半島情勢の専門家だ。
テリー氏はさらに、少なくとも、政府および国防関連機関へのサイバー攻撃のような、「直接的な軍事行動ではない挑発行為」は起こるものと考えるべきだと述べた。
また、北朝鮮の挑発が極度にエスカレートした場合は、自国開発の固体燃料を用いた大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18」のさらなる発射実験や、戦術核兵器の実験を実施するおそれもある。さらに、「軍事力による威嚇」の範囲を超え、「限定的だとしても、韓国に対する直接的な軍事攻撃」を開始する危険さえあるとテリー氏は警告している。
こうした攻撃は、北朝鮮の魚雷が韓国海軍の軍艦を撃沈し、46人の韓国軍兵士が亡くなった天安(チョナン)沈没事件や、延坪(ヨンピョン)島砲撃事件が起きた、2010年を思い出させるものにもなりかねないという。
北朝鮮には、挑発行為を行う理由が数多くある。国際社会での注目と恐怖をかき立てて交渉を優位に進めるための力にする、あるいは米韓の同盟関係を揺るがせる、といったことが考えられる。例えば、一部の挑発行為には、米韓の合同軍事演習に反発する意図が込められているように見える。
こうした南北間の衝突が起きれば、状況は急速に悪化し、広範な紛争へと発展するおそれもある。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は2022年5月の就任以来、北朝鮮に対して厳しい姿勢を貫くと同時に、アメリカや日本との関係強化に向けて動いてきた。これが北朝鮮の不興を買っているかもしれない。
テリー氏によれば、「尹大統領は『タカ派』を自認しており、仮に北朝鮮から何らかの攻撃があった場合は、断固とした反撃を行うと公言している」という。この「断固とした反撃」が何を意味するのかは今のところ不明確だが、この発言が、緊張をさらに高めるきっかけとなったのは確かだ。
北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18」の発射実験の模様を報じるテレビの画面。2023年12月19日撮影。
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2024年に入って起きた、南北関係に関する注目すべき変化としては、北朝鮮が韓国を「主敵」と断じ、韓国から攻撃を受けた場合は、韓国を米国と共に「完全に焦土化する」と脅したことがある。こうした言葉は単なる挑発のようにも聞こえるが、一方で、北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記は、対韓政策の大幅な変更を実施し、同国の政策から、南北統一に関するあらゆる目標を削除している。
こうした方針転換には、「祖国統一三大憲章記念塔」の撤去が命じられ、破壊された件も含まれている。この記念塔は、金正恩総書記の父、金正日(キム・ジョンイル)氏が、南北の平和統一のシンボルとして建造したものだ。
加えて、統一に向けた政府の部署や書類、ウェブサイト、計画も消え失せた。この動きは警戒すべきもので、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領に比べて北朝鮮に対しより厳しい姿勢をとっている尹政権の姿勢に、少なからず影響されたものである可能性が高い。
しかも、こうした注目すべき問題は、世界情勢が特に不安定な時期に浮上している。アメリカは選挙イヤーを迎えており、韓国も4月に総選挙を行なったばかりだ。この総選挙で、尹大統領の率いる与党は惨敗し、議席を失った。尹大統領の国内政策はこれまでも、しばしば強い反対に直面してきた。
北朝鮮で行われた戦車の訓練競技会で、敬礼する戦車部隊の兵士。
KCNA via Reuters
アメリカのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)が制作する、朝鮮半島情勢の最新情報を伝えるポッドキャスト番組「ザ・キャピタル・ケーブル」では5月16日、北朝鮮政策の将来をテーマとするエピソードを公開した。この中でテリー氏は、アメリカ大統領選の本選挙の前に、挑発行為が起きる可能性に言及した。
テリー氏によると、北朝鮮がアメリカの選挙イヤーに行なった兵器に関する実験の数は、他の年に比べて4倍以上に上ることが、2024年に入りCSISが実施した研究で明らかになったという。
CSISのシニアバイスプレジデント(アジアおよび韓国部長)を務めるビクター・チャ(Victor Cha)と、CSISのアソシエート・フェロー(韓国部門)アンディ・リム(Andy Lim)の両氏による、この分析結果に関する解説記事には、以下のような記述がある。
「北朝鮮は、アメリカの選挙イヤーに挑発をエスカレートさせる傾向を示している。外交努力によって、こうした暴力的行為の一部を抑制することは可能だが、金総書記はこれまで、バイデン政権からの会談の呼びかけをすべて拒否してきた。それどころか2021年以降は、米国の前政権時に比較すると、(兵器の)実験回数を2倍以上に増やしている」
ジョー・バイデン現大統領とドナルド・トランプ前大統領が再び相まみえる構図になりつつある今回の選挙は、確かに、北朝鮮にとって特に注目すべき事柄かもしれない。しかしだからと言って、金総書記の頭にこの件しかないわけではない。
2023年9月初旬、新たに開発した「戦術核攻撃潜水艦」の進水式に出席した北朝鮮の金正恩総書記。
KCNA via REUTERS
4年前のアメリカ大統領選の時と現在では、状況は大きく変わっている。2019年にベトナムのハノイで実施された米朝首脳会談は不調に終わった。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでは、「隠者の国」とも呼ばれる北朝鮮はさらに孤立を深めた。そんななかで金総書記は、アメリカとの対話路線から大幅に後退し、代わりに、旧来の友好国であるロシアと中国に接近した。
大統領副補佐官や、国家安全保障会議(NSC)のアジア担当局長を歴任したアリソン・フッカー(Allison Hooker)氏は、前述した「ザ・キャピタル・ケーブル」の番組で、国際社会で現在起きている出来事には、北朝鮮が自国の立場を有利にするために「活用」できるものが多いと指摘した。具体的には、ウクライナでの紛争や(北朝鮮は、ロシアに武器を提供するという形で関わっている)、中台関係の緊張激化などがある。
さらに北朝鮮国内でも、ミサイルや兵器の発射実験や核開発計画など、多くの計画が進んでいる。フッカー氏によれば、金総書記は、これらの領域に特に力を入れて取り組んでいるが、今後は外交政策において、アメリカおよび韓国との関係再構築の意向を示す可能性もあるという。
「重要なのは、『強大な力を手にした』立場からの再構築という点だ」とフッカー氏は指摘した。