全米経済研究所の公式データによれば、米国では景気後退が時間の経過とともに少なくなっている。しかし、一部のエコノミストは懐疑的である。
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- 全米経済研究所(NBER)の景気後退に関する公式データは、米国では経時的に景気後退が少なくなっていることを示している。
- だが、過去の経済指標には欠陥があり、この主張は疑わしいというエコノミストもいる。
- さまざまな要因から、米国経済は以前より景気後退への耐性を強めているとみられる。
今日の経済の最大の問題のひとつは、いつ米国が景気後退入りするかだ。そして、大半のアメリカ人は当分景気後退に陥らないようにと願っている。
景気後退に陥ると、多くの人が職を失う。職に就いている人も、いつ自分の番が来るのかと気が気でない。企業はしばしば事業閉鎖に追い込まれ、株式市場は急落し、景気後退が公に終了した後何年も、雇用や賃金に長々と悪影響を及ぼしかねない。2008年の世界金融危機では、資産の回復に何年もかかったミレニアル世代は多い。
だからここ数年、米国はもうすぐ景気後退入りすると専門家が予想すると、多くのアメリカ人は資産の安全を危惧した。景気後退にはまだ突入しておらず、一部の経済指標は依然として強いものの、景気後退懸念は払しょくされていない。
米国が近い将来景気後退入りするかどうかは不透明だが、景気後退の開始と終了の時期を決定する非営利の民間調査機関、全米経済研究所(NBER)のデータからは、アメリカ人、特に働き始めたばかりの若い世代には心強い潮流が見て取れる。つまり、米国では景気後退は起こりづらくなっているのだ。
米国経済は1990~2023年まで36カ月間景気後退に陥っており、直近の2020年の景気後退は2カ月で終わった。NBERでは景気後退を、経済活動の天井と底の期間と定義しており、この期間は通常、数カ月以上続く「経済活動の著しい低下」が含まれていなければならない。
1960~1989年を見てみると、景気後退期間は59カ月だった。NBERのデータが取れる1850年ごろまで遡ると、景気後退はもっと一般的だったことがわかる。
だが、ここで話は少し複雑になる。
リバタリアン系シンクタンク、ケイトー研究所(the Cato Institute)のエコノミストでシニア・フェローのジョージ・セルギン氏によると、NBERの1850~1950年までの景気後退に関するデータは欠陥があり、使用できないに等しい。NBERの1914年以前の景気後退に関するデータはとりわけ「脆弱」で、第2次世界大戦後に収集された経済指標だけが高い品質を担保されているという。
例えば、失業率を1870年まで追跡するにはある程度の労力が必要だが、米労働省統計局は1929年まで正式に統計値を発表していなかった。
ここから一連の疑問が浮かび上がる。実は、米国の景気後退は、以前ほど頻繁に起こっていないのではないか? もしそうならば、何が要因なのか? また、もしその仮説が正しくないならば、何が悪いのか? 詰まるところ、エコノミストたちはBusiness Insiderの取材に対して、米国経済の多様化と経済指標の改善を受けて、米国経済の景気後退への耐性は以前よりも強まったかもしれない、と答えている。
景気後退は以前ほど一般的ではないかもしれない
NBERが扱うデータは基準以下だったものの、総じて米国景気後退入りの時期を特定できていた可能性はある。
だが、セルギン氏によると、過去の経済指標に関する代替分析の結果、米国では時代の経過に伴って景気後退の頻度がさほど下がっていないことがわかった。現在、投資会社バンガード(Vanguard)のグローバル・チーフ・エコノミスト、ジョセフH.デービス氏が2005年に発表した論文が、セルギン氏がこれまでに目にした景気後退に関する「最も信頼できる」情報源だと指摘する。
セルギン氏によると、デービス氏の論文では、経済産出量と雇用に重きを置く一方、誤解を招くストーリーを導きやすい価格はさほど重視していない。例えば、1800年代後半は価格が下落していたが、これが必ずしも景気後退を意味するわけではない。
デービス氏や他の経済歴史学者の主張は、これらの時期におけるデフレの大半は、必ずしもすべてではないが、生産性の向上によるというものだ。
過去の景気後退に関するNBERのデータの正確性を疑問視する調査もある。
1790年代以降の米景気サイクルの改良年表(Joseph H. Davis、2005年)
最終的にデービス氏の論文は、これまで考えられていたほど、米国は頻繁に景気後退に陥っていなかったと結論づけており、景気後退は時代の経過に伴って減少しているとの前提に疑問を投げかけている。
デービス氏は2000年近辺までしか景気後退に関するデータを遡っていないが、セルギン氏は世界金融危機など最近のデータを取り込むと、デービス氏の主張がもっぱら正当化されると言う。
経済の多様化により、米国経済の回復力が高まっている
ある意味、米国経済は間違いなく100年前よりも安定している。その主な理由の1つは、農業が経済に占める割合が減少していることだ。米農務省によると、米国の農家は1935年の約680万件から、2023年には190万件に減少した。
セルギン氏は言う。「1つか2つの農作物の不作や干ばつが大きな景気後退の要因となっていた可能性がある。もちろん、国内総生産(GDP)の大半が天候と無関係な多様化された製造業中心の経済では、そうしたことが起こりにくい」
また、S&Pグローバル・レーティングス(S&P Global Ratings)の米国チーフ・エコノミスト、サティアム・パンデイ氏はBusiness Insiderに対して、製造業中心の経済から、サービス業主導の経済への継続的な移行が、米国経済の回復力をさらに高めている可能性がある、と言う。
パンデイ氏は特定業種に注目して、経済についてこう述べた。「最も変動が大きいのは農業、次が製造業、そしてサービス業は最も安定している。したがって、サービス業が経済に占める割合が拡大するということは、経済がより安定した成長を遂げるようになるということでもある」
また、セルギン氏は、過去100年にわたってGDP対比で政府支出が伸びていることも経済の安定化にひと役買っているかもしれないと言う。景気後退期でも往々にして政府支出は急減しないからだ。
エネルギー面で自立してきたことも一因かもしれない。パンデイ氏によると、2018年以降、米国の石油輸出量は75年ぶりに輸入量を上回った。それまでは米国以外での石油価格の急騰が、米国経済に深刻な打撃を与えていた可能性がある。現在米国は、こうした石油価格の影響を受けにくくなっているとみられる。
だが、仮に景気後退が以前よりも減少しており、これらの動向が米国経済安定化の理由ならば、何が不安定要素になるのだろうか?
セルギン氏はその理由は定かでないとしながらも、1913年に設立された米連邦準備理事会(FRB)が一部その要因かもしれないと指摘する。
FRBの金利政策について、「FRBは、たとえ一般的には物事を正しい方向に導いているとしても、時にやり過ぎたり、あまり十分に機能しなかったりすることもある。FRBの功績については不満な点もあり、その設立時に掲げた目的を本当に実行しているかどうか疑う理由は数多い」と言う。
FRBの使命は最大雇用の維持と物価の安定である。2022年以降、FRBはインフレを抑えるために金利を引き上げており、物価の引き下げと健全な労働市場という望ましい「ソフトランディング」を目指している。FRBの政策が、米国の景気後退入りを食い止めたのかもしれない。
パンデイ氏は、経済指標の好転と「過去の失敗からの教訓」が、FRBの意思決定の改善に役立ったという。
景気後退の回避が、健全な経済を示す唯一の指標ではない
景気後退に陥らず米国の景気拡大期間が長くなるほど、雇用と米国民の生活水準は改善する、とパンデイ氏は言う。だが、米国経済の安定性の測定という点において、景気後退の頻度の測定は最善の手法ではないかもしれない。
たとえ景気後退が技術的に終了し、米国経済が再び拡大し始めたとしても、すべてが上々というわけではない。例えば2009年に米国は景気後退から脱出したが、雇用がパンデミック前の水準に回復したのは2014年だった。
だからこそエコノミストは、景気後退の頻度だけでなく、その後の景気回復のペースにも注目しなければならないと、セルゲン氏は言う。
何兆ドルにも及ぶ連邦政府のコロナ支出を含め、政策決定者のパンデミックへの対応は、世界経済危機後の回復の遅れからの教訓だったかもしれないとパンデイ氏は指摘する。
確かに経済の安定にはさまざまな恩恵があるが、安定だけが健全な経済を示す唯一の指標ではない。例えば、米国経済の拡大と技術進歩が一因となり、アメリカ人の生活水準は過去100年に大幅に改善した。たとえ、時に景気後退を経験しても、だ。
今後数年から数十年先、いくつもの要因で景気後退に突入するかもしれない。
「長い景気拡大は、経済が『過熱しすぎる』リスクを高める可能性があり、政策当局が正しく対応しなければ、それが最終的に景気後退をもたらす素地になるかもしれない」と、パンデイ氏は言う。また、金融セクターに対する適切な規制を怠れば、その他経済セクターに対する比率が高まることでリスクとなる可能性がある。もちろん直近のパンデミックの例のように、需給に予想外のグローバルなショックが起きれば、大打撃をもたらすだろう。
アメリカ人は、次の景気後退は不可避だと感じるかもしれないが、それは必ずしも正しくはないと、パンデイ氏は言う
「景気拡大の期間が長いからと言って、終わるわけではない。たとえ景気拡大が長く続いているとしても、それがこの先景気後退に陥る理由とはならない」