撮影:三ツ村崇志
この夏、資金難を理由に1億円を目標にクラウドファンディングを実施した国立科学博物館。最終的に約5万6000人から9億円を超える資金が集まり、大きな話題となった。
クラファンの活況は、多くの「個人の科博ファン」を可視化したと言える。一方で、この取り組みの中では、数百万円から1000万円という高額の「法人寄付」をした企業がある。
「科博が潰れそうだというニュースを見て、調べてみたら法人枠(での寄付)があったんです。社内の10人くらいのマネジメントチームのメンバーにSlackで『どう思う?』と聞いてみたら、みんな『いいね』と。そのまま法人枠で1000万円と300万円の2枠分、寄付しました」
こう語るのは、Developers IOやZennといったエンジニア向けのプラットフォームの運営で知られるIT企業、クラスメソッドの創業者兼代表の横田聡さんだ。クラスメソッドは、科博のクラファンが始まった当日に、寄付枠として最高額だった1000万円を含む総額1300万円の寄付を「即決」した。総額9億円のうち1300万円はごく一部にしか過ぎないが、いち企業が即決して決済する金額としてはかなり異例だ。
Slackで共有「『いいね』でポチッと」
クラスメソッドの横田聡代表。科博のクラウドファンディングが始まる直前に家族で足を運んでいたという。
撮影:三ツ村崇志
クラスメソッドは創業20年目の非上場のIT企業。2023年6月期(2022年7月〜2023年6月)の売上高は約590億円。純利益も約34億の黒字と、ここ数年の間に起きたDX推進やAI化の流れの中で、過去5年で売上高、純利益ともに4倍超という高成長を続けてきた。
横田さんは、
「会社が大きくなって一定の規模になったら、必然的に『どう社会還元していくか』という話になると思うんです。そこで、コロナ禍での病院への寄付や、災害発生時の寄付など、100万円規模のものはもともと結構やっていました。事業で儲かった分を何かに貢献する。私に限らず、会社全体でそういうマインドセットになっていました」
と、会社が成長する過程で「利益を社会へ貢献をする」ということを受け入れる土壌が会社にできていたと科博への寄付の背景を語る。
ただ、今回科博への支援を決めたきっかけは、ちょっとした偶然だった。
実は、国立科学博物館がクラウドファンディングを開始する直前の週末に、横田さんはたまたま家族で国立科学博物館に足を運んでいた。科博の資金難は、週明けに電車内で見たニュースで知った。
「『えっ、俺、この前行ったんだけどな』と思って。調べてみたら、(クラウドファンディングの支援メニューに)法人枠があって、300万円や1000万円なら『うちならいけるな』と。それで(意思決定層にあたる)マネジメントメンバーにSlakで声をかけたんです。『いいね』となったので、そのままポチっと」(横田さん)
1000万円(寄付控除あり)のメニューは、クラウドファンディングのプロジェクトページの1番下にある。1社限定での募集に手を挙げたのが、クラスメソッドだった。
撮影:三ツ村崇志
「利益が出ている」のが前提
クラウドファンディングが始まったのが8月7日。その日のうちにクラスメソッドの経営レベル(マネジメントメンバー)で寄付する意思が固まった。金額が大きかったため、銀行振込みよる手続きが終わるまでに多少時間はかかったものの、8月10日にはクラスメソッド側から振込が完了した。
発案から4日あまりで1000万円規模の寄付を実行するスピード感は未上場企業ならではだ。横田さんは、VCなどから資金を調達していない、創業者らで意思決定ができる独立性の高い組織だったことも大きいと振り返る。ステークホルダーが多い企業では、この速度感での実行は難しい。
最低限、財務や経理担当者との間での確認などはあったというが、決済を決めるプロセスはほぼSlackで進み、社内共有はほとんどが「事後」。社内全体に共有したのも8月21日だった。
マネージメント陣はもちろん、社員に共有したタイミングでも、この決定に対して不満の声は上がらなかった。
「毎週やっている全社向けの配信の中で、『うちは利益も出ているし、(寄付をしても)いいんじゃないか』という話をしました。『僕もあそこ大好きで』とか『 会社がそういう決定してくれるの嬉しいです』と感動してくれる社員もいました。やってよかったなと思っています」(横田さん)
8月21日、社員に寄付したことを周知した際のSlackへの投稿。
画像:クラスメソッド
国立科学博物館の篠田謙一館長も、(意思決定者としての)創業社長が存在感を発揮するかつての大企業が少なくなってきていると、Business Insider Japanの取材に語っていた。
もちろん、まとまった金額の寄付ができるのは本業が健全であるからこそだ。今後事業の状況が変われば寄付に使える資金も限られてくる。横田さんも「今後ずっと出し続けられるかどうかはまた別の話です」と語っていた。
事業家の「表現」としての寄付
独立行政法人である国立科学博物館の運営費は、大雑把に国からの補助金と、入館料や寄付金などの自己収入で成り立っている。国からの支援が十分かどうかは議論があるところだが、世界の博物館などと比較すると、人口・経済規模に対して個人や企業からの寄付は多いとは言えない。
※編集部注:大英自然史博物館の2022年度の寄付金は約16億円(880万ポンド)。科博は約2億円。
これは国立科学博物館に限らず、日本の大学や研究機関といったアカデミアすべてに共通した課題だ(以下の図参照)。
特にアメリカの有名大学と比べると大学への寄附金額にも差がある。
画像:内閣府 世界と伍する研究大学専門調査会 世界に伍する大学について(資金関係)より引用
なぜ日本ではなかなか寄付という行為が広がらないのか。横田さんは、事業家の目線として、
「20年(起業して)やってきましたが、長くやっていると『この会社は何のためにあるんだっけ?』という禅問答を繰り返すんです。そこで、多くの人が『世の中にどう爪痕を残そうか』という話になります。爪跡の残し方として、有名な人になるか、公的な存在になるか、それとも若手を育成するのか……といったように、自分の経験を社会に還元していこうということを考えるわけです。
寄付は、その1つの表現方法なのかなと思っています」
と寄付に対する考え方を語る。
その上で、
「シリアルアントレプレナー(連続起業家)として、マイルストーンを区切りながら収益を得て、新たにスタートアップ投資をするような人もいます。ただ、100社投資しても全てうまく行くわけではありません。ほとんどリターンは無いとも言える。だからそういった方は『未来への投資』をしているんです。
ですので、若手の起業家に投資するのか、病院に投資(寄付)するのか、国立科学博物館に投資(寄付)するのか、そういう『表現』の違いなんだと思います」
と指摘する。
日本でもここ数年の間にスタートアップ支援を強化する流れが進んでいる。これから先、無数のベンチャーが誕生し、その中で大成功する企業が出てくるようになれば、もしかしたら「社会への爪痕」を残す表現方法として、アカデミアを支援するプレイヤーが増えてくるのかもしれない。
長らく衰退が指摘されるアカデミアに残された猶予はそこまで長くはないだろう。取り返しのつかない状態になる前に、支援の循環が回り始めることを祈るばかりだ。