東京大学で講演するDuolingoのルイス・フォン・アーンCEO。
提供:Duolingo
世界最大級の語学学習アプリ「Duolingo」の創業CEOであるルイス・フォン・アーン氏が来日し、東京大学で講演した。
アーン氏はシリアルアントレプレナーで、カーネギーメロン大学在籍中に博士課程の研究課題をもとに起業した“学究肌”だ。
講演は事前に学生らが寄せた問いに答える形式で行われ、聞き手は東京大学の産学協創推進本部スタートアップ推進部長、長谷川克也・東京大学特任教授がつとめた。
AI時代に必要なスキルから、博士進学と起業どちらを優先すべきか、大学時代の後悔、マネタイズ手法、世界で戦えるスタートアップをつくるには……など、起業を志す東大生たちにアーン氏が語った内容を、講演、フロアからの質問への回答、その後のメディア取材を元に、一問一答形式で伝える。
ルイス・フォン・アーン:「Duolingo」の創業者兼CEOで、元カーネギーメロン大学准教授。コンピューターと人間を識別するセキュリティシステム「CAPTCHA」「reCAPTCHA」の開発者。出身地であるグアテマラのための非営利団体「ルイス・フォン・アン財団」も持つ。
超優秀でもナイスじゃない人とは働かない
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—— Duolingoはあなたが立ち上げた2つ目の会社です。初めての起業である「reCAPTCHA」の経験から得た教訓は何ですか。
優秀なだけではなく、ナイスな人を採用すべきということ。reCAPTCHA(初めての会社)では優秀さだけを考えて人を採っていた。Duolingoでは性格も重視したら、すごく良い会社になった。なんと、優秀で性格がいい人もいるんだよ(笑)。
“ナイス”とは具体的に言えば一緒に働きやすい人のこと。アメリカだと、すごく頭が良くても一緒に働くのはきついという人がたくさんいる。自分は優秀だから特別扱いをされて当然だと思ってるんだ。他の社員にもリスペクトがなくて、意地が悪い。Duolingoではこういう人は採らないことにした。
DuolingoをIPOする前にCFOを採用するときのエピソードでね。超優秀で申し分のない経歴の候補者がいたんだ。面接もして、ほぼ決まりだった。でも最後の最後で採用を断念した。実はその候補者をホテルから空港に送迎するドライバーとの会話も面接の一部だったのだけれど、その人はドライバーに邪険に接したんだ。そういう人がインターンにどんな態度をとるか考えたら、Duolingoにはそういう人材はいらないと思ったから。
初期メンバーに友人を誘うのは御用心
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—— 起業のアドバイスをください。まずはタイミングですが、あなたのように博士課程に行ってから起業したほうがいいでしょうか。また起業する際の行動、そして学生時代にやっておけばよかったと思うことはありますか。
やりたければ今すぐ始めるべき(Just do it)。アイデアがまだ生煮えだと思っても、走り始めたら何か思いつくかもしれない。やりたければやることだよね。日本は経済大国で、20代の学生ならまだ両親が存命で、経済的な後ろ盾もあるはず。数年くらいなら赤字覚悟で生きていけるはずだ。グズグズ言っていないでやったほうがいい。
そして起業で本当に大事なのは、初期のメンバーの人選。会社の雰囲気を決めてしまうからね。僕は人を喜ばせたいタイプなので、友達ばかり選んで失敗した。人事では100回くらい失敗してるよ(笑)。
学生時代はもっと人間関係のスキルを学んでおけばよかったと思う。一日中、得意な数学ばかりやっていたから。人と関わろうともしなかった。起業してみると仕事の大半は人間関係の処理。誰が誰に怒ってるとか、誰が辞めたいと言ってるとか。だから心理学の授業なんかをとっておけばよかったと思う。
ビジネスモデルは後から捻出、教育の理不尽感じ起業
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—— お金をかけられない人向けの学習アプリを作りたいのですが、マネタイズはどうすればいいでしょうか。
なんとか考えるしかないね。今のDuolingoは結果的にお金のある層が、無料層の分を払ってくれる仕組みになっている。お金があるといっても億万長者じゃない。たとえばスイス人は有料機能を使ってくれる。グローバルに見るとお金がある層だからね。
Duolingoを立ち上げたきっかけは、教育への長年のこだわりだった。僕は中米の貧しい国グアテマラ出身だ。一般的に、教育は格差を克服すると考えられている。でも僕が目にしてきたのは逆の光景で、貧しい国では良い教育を受けられる層はずっと特権的な地位を享受し、お金がない層は教育を受けられない。それで教育機会を無償にして、誰でもアクセスできるようにしたかった。なぜ英語学習アプリにしたのかというと、世界には英語ができればもっと稼げるようになる人がいるから。ウェイターとかね。
結果的にDuolingoはシリア難民からビル・ゲイツまでが使ってくれている。社会の広範な層にアピールする世界大の語学学習アプリになったことをすごく誇りに思っているよ。
—— ビジネスモデルは初期と今では変わりましたか。
最初はビジネスモデル自体がなかった。2012年頃は『無料の言語学習アプリを作ろう。お金はあとからついてくるよ』という時代で。2016年頃、(最大の投資家だった)グーグルに利益になる方法を考えなさい、とお達しを受けた。それから考え出したんだ。
当時の社員100人くらいを前に『利益の出る事業にしないといけない』という話をしたんだけど、みんな『え、なぜお金を稼がないといけないの?』というノリだった。それで考えついたのが広告モデルだ。今では他の企業もやっているけれど、結果的にうまくいった。今はアクティブユーザーの93%が無料ユーザーで、7%が有料の利用者だ。
US進出するなら広告宣伝のコスト抑えても成功する方法で
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—— DuolingoはB2Cビジネスですが、B2Bビジネスには関心はありますか。
B2Bというのは企業を顧客にすることだよね。旨味のあるビジネスモデルだとは思うけど、個人的には興味が持てない。やっぱり目に見えるエンドユーザー向けにアプリを開発したほうが、製品として優れたものになると思う。B2Bだと、お金を払うのは人事部のトップで、実際に使うのは末端の社員。これだといい製品が作りにくい。
—— 日本のスタートアップが国内だけでなく、グローバルにも成功する秘訣を教えてください。
それは逆もまた真なりでね。米企業が日本で成功するのもむずかしい。Duolingoも日本でブレイクするまで何年もかかった。今だって巨大な成功をおさめたとまでは言いがたい。文化の違いを超えて、どうすれば顧客の心をつかめるか、これを知るのは難しい。
アメリカ市場への進出に限っていえば、アメリカは広告費用が法外に高い。だからマーケティングコストをできるだけ抑えて成功する方法を見つけるのが大事だろうね。Duolingoもグローバルのマーケティング予算は主に日本やインドに投じていて、アメリカにはあまり使っていない。
AI時代の教育はどうなるのか
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—— DuolingoではAIの活用を進めています。GPT4を搭載した人間との会話を再現する新機能「ロールプレイ」について教えてください。
普通の人間と人間の会話は実はものすごくつまらない(笑)。だから面白くしたいと思った。映画みたいなシチュエーションの中で、会話の練習を楽しめるようにね。リアリティTVだって台本がある。おもしろい会話ができて、飽きないようにするのが大事だ。それで今はハリウッドの脚本家にGPTプロンプトを書いてもらっている。できるだけひねりを入れて、面白くしたい。
—— AIは教育業界にどのような影響をもたらすと見ていますか。AI時代に人間に求められるスキルとは何でしょう?
生徒個々人の学習の部分ではコンピューターに任せたほうが教育効果は高い。でも人間がコンピューターを尊敬したり、コンピューターに共感するのは難しい。人間の教師は絶対に必要だ。自分のロールモデルになってもらったり、親切さとか人生で必要なことを教えてくれるようなね。人が集まるという“場”としての学校も大事だと思う。
だから教師・教育者が完全にコンピューターに駆逐されることはないと思う。100年後までは予言できないけれど。
今ある仕事はコンピュータにとって替わられて、必要でなくなる。それでも人間に必要なのは人間関係をつくる力と明晰に考える力(thinking clearly)。これは教わらないと身につかないスキルだから、絶対に教育で学ぶべきだと思う。この能力がないと何をやってもうまくいかない。