記者会見には多くの取材陣が詰めかけた。
撮影:西山里緒
ジャーナリストの伊藤詩織さんが、事実と異なるイラストをTwitter上に投稿され名誉を傷つけられたとして、イラストレーターのはすみとしこさんら3人に対し、計770万円の賠償を求めた訴訟の判決が11月30日、東京地裁であった。
東京地裁の小田正二裁判長は投稿とリツイートについて名誉毀損を認め、3人に計110万円の支払いを命じた。
はすみさんは30日、ブログを更新し「判決を重く受け止めたい」とコメント。今後の動きについては「考え中」としている。
代理人弁護士が明かした「賠償金の不払い」問題
伊藤さんと代理人の山口元一弁護士らは30日の判決後、記者会見を開いた。
伊藤さんは7月にもTwitter上の名誉毀損をめぐり、元東京大学大学院特任准教授でAIベンチャーDaisy代表取締役CEO(Twitterプロフィールより)の大澤昇平さんを訴えた裁判で勝訴している。
こちらの判決で東京地裁は、大澤さんに対し当該ツイートの削除と33万円の損害賠償を命じている。
30日の会見では大澤さんとの訴訟についても話が及び、大澤さん側が判決後も裁判所の求めに応じず、損害賠償金を支払っていないことを山口弁護士が明かした。
こうした賠償金の不払い問題に対し、手立てはあるのだろうか。
伊藤さん「なんのための民事裁判だったのか」
「もし責任が果たされないのであれば、一体なんのための民事裁判だったんだろう、と思います」
伊藤さんは、判決後の記者会見で、大澤さんの賠償金が払われていないことについて、こう語った。
現行法では、判決が確定して損害賠償金が認められたとしても、支払いは債務者(支払いの義務を負っている側)の自主性に任されている。
ただ、支払いがなかった場合、債権者(支払いを請求する側)は、相手方の特定の財産に対して裁判所に「強制執行」を申し立てることができる。
伊藤さんの代理人である山口弁護士によると、強制執行で差し押さえることができる財産は「大まかにいって、不動産・動産(貴金属や高級外車など)、給与、銀行預金がある」という。
しかしこの「強制執行」には二つのハードルがあると、山口弁護士は指摘する。
原告に重くのしかかる「強制執行の費用負担」
判決が出ても、銀行口座の特定は原告側がしなければならない(写真はイメージです)。
画像:Shutterstock
一つ目のハードルは「強制執行」に要する金銭的な負担が、原告側にあるという点だ。
不動産や動産を差し押さえて競売にかけることはもちろん、銀行預金や給与の差し押さえにも費用がかかる上、さらに時間もかかる。
山口弁護士によると、例えば大澤さんへの強制執行を申し立てて銀行預金を差し押さえるとしても、まずはどこの銀行に口座を持っているかを原告側が探し当てなければならない。
そのため「家の近くの銀行支店の口座を片っ端から差し押さえてみる」(山口弁護士)などの作業をする必要があるという。
「ネットの誹謗中傷の場合、数十万円程度の金額なので、加害者が支払わないとなった場合はそのコスパを考えて、強制執行をしない被害者も多いでしょう」
金銭的な負担はもとより、自分を追い詰めた被告側と接触することでの精神的な負担も大きい。「(強制執行については)現在のところ、白紙(状態)」だという。
損害賠償不払いの多くは「払えない」
賠償金を被告側が「支払えない」ケースも多くある。
画像:Shutterstock
「強制執行」へのもう一つのハードル、それは強制執行をしてもそもそも被告側に財産がなく、取り立てができない場合だ。
例えばはすみさんの場合、提訴された後にTwitter上で「財産がない」と表明している(はすみさんのTwitterアカウントは現在は凍結されている)。
もしこのツイートの内容が事実だった場合、強制執行の効果はない、と山口弁護士は指摘する。
凶悪・重大犯罪においても、こうした損害賠償の不払いは多くみられる。
2015年、日本弁護士連合会(日弁連)が会員83人に実施した224の凶悪事件(殺人・殺人未遂・傷害致死など)に関するアンケートによると、約6割の犯罪被害者が損害賠償金の支払いをまったく受けていなかった。
こうした凶悪事件の場合、加害者は資産に余裕がないケースが多い。
一方で、被害者の受けた損害は甚大で賠償額も大きい。加害者はそもそも支払えないパターンが多いのだ。
「慰謝料に限らず、判決を無視して払わないという人や法人のうち、 お金がないから払えない人から回収できないのは、現行法では仕方がないのかもしれません」(山口弁護士)
「不払い問題」に光は当たるか
強制執行のハードルは高く、泣き寝入りをする被害者も多い ── こうした事態をできる限り防ぐために、少しずつ制度も変わってきている。
2019年には改正民事執行法が成立し、債務者の財産状況を明らかにするための新制度が制定されたほか、財産開示に応じない場合には刑事罰を含む制裁が課されるようにもなった。
しかし、抜本的に被害者の泣き寝入りをなくすには「国が代わりに支払う制度しかないでしょう」とも山口弁護士はいう。
実際、日弁連によると、スウェーデンでは「犯罪被害者庁」という国家機関が、被害者への補償や加害者の求償を請け負っているほか、ノルウェーでも類似の機関が存在しているという。
さらに山口弁護士によると、ニュージーランドでは事故補償制度のもと、事件や事故で死亡や肉体的傷害を負った場合、さらには肉体的傷害を伴わない、性犯罪による精神的損害についても、国が加害者に代わって被害者へ賠償金を支払っているという。
日本でも養育費の支払いが滞った場合に国が立て替えて支払う制度を検討中だ。2021年からは兵庫県明石市が、市が立て替え払いする制度を試験的に導入し始めており、注目されている。
ただし、こうした省庁を作るとなれば予算も膨らむ。
より深刻な重大事件の被害者と比較した場合の優先順位も考慮しなければならないだろう。
「民事事件・家事事件の不払い問題は、全体をみながら議論すべきで、ネットの誹謗中傷の件だけ取り上げて、こうした議論をするのはあまり意味がないと思います」(山口弁護士)
こうした「賠償金不払い」問題にも、改めて光が当たるべきではないだろうか。
(文、写真・西山里緒)