7月16日・17日、アマゾンは年に一度の、プライム会員限定のセールス「プライムデー2018」を開催した。価格の安さもあってさまざまな製品が売れたが、ことハードウェアに関しては「2トップ」と言えるものがあった。アマゾンのスマートスピーカー「Echo Dot」と、ビデオ配信用端末「FireTV Stick」だ。
ほかにも、電子書籍端末である「Kindle」やタブレットの「Fire Tablet」など、アマゾンが自社ブランドで、独自に企画・販売する家電はよく売れた。推測される売上高の規模からすれば、いまや同社は「大手家電メーカーの一角にいる」と言っても差し支えない。
アマゾンのハードウェアビジネスを率いる、米アマゾンのAmazon Devices 上級副社長のデイブ・リンプ(Dave Limp)氏が語る、「家電メーカー・アマゾン」の姿は強烈だ。おいそれと一般の家電メーカーでは真似のできない、あまりに違いすぎるアマゾンのハードウェアビジネスの一端をお届けしよう。
「売って儲ける」ではなく「使ってもらって儲ける」アマゾン流
米アマゾンのAmazon Devices 上級副社長のデイブ・リンプ(Dave Limp)氏。都内で撮影。
アマゾンの売るデバイスには、共通の特徴がある。どれも機能や性能の割に「安い」ことだ。Fire TV Stickは4980円、Echo Dotは5980円、Kindleも最も安価なモデルは7980円だ。しかし、この値段で得られるとは思えないほどの大きな価値を与えてくれる。
なぜ、アマゾンの家電は安いのか。答えはシンプルだ。「販売価格はほぼ原価に等しい」(リンプ氏)からだ。
リンプ氏:我々は「プレミアムプロダクトをノンプレミアムな価格で」提供することを常に考えています。ビジネスモデルとしては、ハード自体を売ることで利益を得るのではなく、ユーザーが「使う」ことで利益を得るスタイルです。なので、デバイスの販売価格は製造コストに近い。そこから「使ってもらう」ことで利益が出ます。
そこで重要なのは、「アマゾンのクラウドサービスと密接につながっていること」です。我々はデバイスとクラウドのソフトウェアのアップデートに注力します。例えば「Echo」の場合には毎週、時には毎日アップデートが行われました。
クラウドによって価値を高めていくことのメリットは、消費者に「買い換え」をプッシュしなくてもいい、ということです。
家電メーカーはソフトウェアのアップデートだけでは利益を産めません。だから、数年もするとソフトウェアがアップデートされなくなる。しかし我々は、3年後でも5年後でもアップデートできる。それを前提にビジネスモデルが組み立てられているからです。これはとてもハッピーなことですね。
クラウドをベースとした家電、という考え方は、アマゾンのビジネスモデルを考える上で重要な要素である。同じビジネスモデルは、2007年にアメリカで電子書籍端末「Kindle」をスタートして以来続くものだが、以来、すべての製品が「サービスバンドルモデル」になっている。
リンプ氏:我々のインハウス(社内)家電グループのオペレーションは、家電メーカーとは違うものです。単にデバイスを作るのではなく、サービスとセットに密接に連携させたものを作ることが重要です。例えばKindleの場合、電子書籍ストアのラインナップの豊富さと同時に、セットの使いやすさ・優秀さが重要になります。
万単位の試験販売で「正式発売に耐えうるAI」を育成
他の家電メーカーと違うがゆえに、アマゾン独特の「現象」もある。スマートスピーカー「Echo」では、販売開始当初、サービスに登録した人を順に招待して販売するという販売制限を設けた。アメリカでの販売開始時もそうだったが、日本でも、2017年10月にEchoが販売開始された時は「招待販売制」で、一般販売に移行したのは今年の3月のことだった。
リンプ氏:招待制のローンチ(製品導入)は、弊社内部でのベータプロセスでは十分な改善のための情報が足りない時に行われます。とはいえ、基本は「Day1から一般販売」で、特別なプロダクトの時に行われる、と思ってください。
いくつかのプロダクトでは、完成度を担保するために、もっともっとデータを必要とする時があるのです。
初代Echo(2014年11月)の発売時もそうでしたし、日本を含む新しい国に展開する時もそうです。そうやってAIアルゴリズムを育てます。その後、(真っ先に飛びつく)アーリーアダプターだけでなく、より多くの人に適応できると確認した上で、一般販売にこぎ着けます。データを収集する対象者が数万を超えないと、納得できる成熟度には到達しないのです。
こうした考え方は、一般市場に商品を卸すのが中心であり、「AI育成のためのテスト販売」のようなことが難しい一般の家電メーカーとはまったく違う。結果的に、Echoは継続的に成長を続け、中身も(ユーザーからは見えにくいものの)大幅に進化している。
リンプ氏:スマートスピーカーは、どういう形状がお客様に使いやすいかを考えた結果、初期の満足度としては「音楽」が大きかったので、まずはミュージックからスタートしました。
実は最初は、音楽やアラームなど、13のことしかできませんでした。いま、Echoでできることは1万を超えます。最初のうちは、13の機能のうち、どれがポピュラーになるかすら読めませんでした。
今は、初期から残っている機能もかなり「スマート」になりました。例えばタイマー。最初は1つしか設定できませんでしたが、いまは「パンを焼くタイマー」「パスタをゆでるタイマー」と、たくさんのタイマーを設定できます。このように、個々の機能がどんどん改善されていくのは、機器内での処理が減っていて、主体が「クラウドであるから」できるのです。
Echoを企画した理由も、「どうクラウドを使うべきか」「どうAIを使うべきか」という点から生まれています。
失敗し、そこから貪欲に学ぶアマゾン
とはいえ、アマゾンのハードウエア事業も順風満帆ではない。
2014年には独自のスマートフォン「Fire Phone」をアメリカで発売したが、うまくいかなかった。電子書籍端末についても、現在の形に落ち着くまでには、9.7型ディスプレイを備えた大型の「Kindle DX」(2010年発売)など、さまざまなトライアルがあった。
成功した製品と失敗した製品にはどんな違いがあるのだろう? 「それが最初から分かっていれば苦労しないよ」と苦笑しつつ、リンプ氏は次のように答えた。
リンプ氏:アマゾンは「とにかく色々なものを生み出していこう」という姿勢でいます。弊社の生まれ持った性質として、多分に「実験的」な部分が伴うんです。なぜなら、成功の理由は証明できませんからね。
結果がわからないからやる。
時には失敗もありますが、そこから学び、大きなアイデアを得て、成功を加速させます。
要は、「お客様にはできない実験をアマゾンがやっている」のです。コストをかけてね。
(文、写真・西田宗千佳)
西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。