一首一首の歌のレベルがヤバい…ホストの短歌に俵万智や小佐野彈、上坂あゆ美が絶賛した理由

対談・鼎談

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歌集 月は綺麗で死んでもいいわ

『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』

著者
SHUN [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784103558712
発売日
2024/10/17
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【SHUN『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』刊行記念 公開トークイベント】俵万智×小佐野彈×上坂あゆ美×國兼秀二×手塚マキ×SHUN/沢山の薔薇を咲かせて

[文] 新潮社


歌集を上梓した新宿・歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNさん

 俵万智さんや小佐野彈さん、上坂あゆ美さんが絶賛する歌人がいる。

 下町のホストクラブで修業を積み、18歳で歌舞伎町へ。現在は寿司店で寿司も握るSHUNさんだ。

 歌を詠むきっかけになったのは、2018年より出勤前のホストたちが集って開催してきた「ホスト歌会」。その活動が結実し、75人のホストによる歌集『ホスト万葉集』(短歌研究社)が刊行され、ベストセラーとなった。

 その中でトップ歌人として才能を激賞されたSHUNさんが『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』(新潮社)を上梓し、注目を集め、サイン本も新潮社公式ECサイト「新潮ショップ」で発売されている。

 異色の経歴を持つSHUNさんの歌の魅力とは何か?

 冒頭に名を挙げた俵さんや小佐野さん、上坂さんのほか、「短歌研究」編集長の國兼秀二さん、歌舞伎町のホストクラブ「Smappa!Group」の会長でホスト歌会を主宰する手塚マキさん、そして著者のSHUNさんが集ったトークイベントを公開する。

『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』刊行記念対談「沢山の薔薇を咲かせて」

手塚マキ(以下・手塚) 歌会開催に先立ち、本日発売のSHUNの『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』について、ゲストの皆様とお話しできたらいいなと思っています。司会は、まだ昨日のお酒が抜けていない、オーナーの手塚です(笑)。まずお一人お一人に感想を伺っていきたいのですが、トップバッターは「短歌研究」編集長の國兼さん、お願いします。

國兼秀二(以下・國兼) 歌は人生を語るものだという、SHUN君の歌人としての本質をダイレクトに感じられました。上坂あゆ美さんの歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』にも感じましたが、そうそうある作品ではありません。人生の前半期から歌われた一首一首が彼の人生そのもので、かつ、人間の見られたくない部分まで、きっちりと見据えて歌われています。

俵万智(以下・俵) 内容が人目をひくし、歌われた人生のストーリーを追うだけでも惹きつけられるのですが、一首一首の歌のレベルの高さ、それを味わえるという点を外してはいけないなと思っています。内容のセンセーショナルさだけじゃない、ホストという仕事ならではの注目度だけではないということ、それをこれまで伴走してきた仲間としては強く申し上げたい。小佐野彈さんが「このレベルなら新人賞にいけるよ!」と半分煽っていらっしゃいましたが、それはあながち嘘ではなくて、選者の私たち一人一人がこれまでにもホスト歌会に圧倒されてきました。今回、歌集という一つの形に結実して下さったSHUNさんの努力に、敬意を表したいです。
 好きな歌を幾つかあげていくと、まず、第一章の「安いボート」にあります、

〈目玉焼き命まるごと焼いてからお腹辺りをナイフで裂こう〉

 これは命と食べること、エロスとが渾然一体となっていて、SHUNさんの歌の魅力が出ていて、とても好きな歌です。また、

〈傘立てに溜まるしずくは垢となりやがて乾いてまた雨を待つ〉

 も、何気ない日常を切り取っているようだけど、それもまたSHUNさんの歌の魅力の一つだということを感じますね。

〈蛸のごと浴槽から出る生足を舐めてみたいが吸盤が無い〉

 寿司屋の経験から、こういう魚を歌ったものもいいですね。一首一首に、とにかく元手がかかっているんです。SHUNさんはホスト歌会の優等生、まさにトップランナーでしたが、これを機会に多くの人に知ってもらいたいです。

小佐野彈(以下・小佐野) 一首一首が屹立していて、一五三首、これだけ読ませる歌集も珍しいです。僕は連作型で、どちらかというと一首が屹立しないタイプなんですが、SHUNさんの歌は屹立する。しかもこういう強い歌は互いに殺し合うことが多いのに、この歌集はそうなっていない。加えてインパクトがあったのが、修辞の技術です。たとえば、

〈鞭を売る少女のような老婆から高額で買う伝説の鞭〉

 鞭を売る少女のような老婆、という直喩の凄さ。緻密にして大胆で、これは僕には思いつけない。SHUNさんのレベルの高さはヤバいなと思いました。
 第一章の「安いボート」は、角川短歌賞の最終選考に残っていたわけですが、最終候補レベルの連作だと、これはもうどれが受賞してもおかしくないと僕は感じています。SHUNさんの歌は「私(わたくし)性(せい)」の強いものですが、幼少期の歌を含め、人に知られたくない、見られたくない自分もさらけ出している。これはなかなかに出来ることではありません。名歌集といっていいと思います。

上坂あゆ美(以下・上坂) 私は皆さんほどSHUNさんとの関わりが長くないので、一歌人が詠んだ歌集として読ませて頂きました。まず一首一首の強さがあり、モチーフもはっきりしていて、この著者には明確に美しいと思うものがあるのだろうなと感じます。
 また一首単位ではなく、歌集として通してみた時に、受動的な歌が多いと思いました。自分の周りで起きたショッキングな事を切り取りながらも、拒絶や抵抗、こうしたい、こうなりたいといった意思や感情は見えにくい。この控えめな主体のキャラクターが滲む、立ち上がってくるのは、ご飯だったり、クリームパンだったり、魚だったりを歌う時なんです。

〈駅中のコンビニで買う半額のクリームパンが震えていたり〉

〈それから慈愛めいたものさえ感じるのが、寿司屋としての連作です。〉

〈日曜は利尻昆布に包まれて休む真鯛をゆっくり起こす〉

 SHUNさんの人生にはヤバいことが沢山起きているのに、それらには実にドライで、一方で真鯛やクリームパンに対してはややウェットなところが面白かったです。

小佐野 人間不信なところがいいんですよね。幼少期の性虐待を描いた「安いボート」は、ホスト歌会の中で、連作にチャレンジしよう、新人賞に応募してみようと、特訓班を作った中から生まれた作品でした。ここまで見せてもらっていいのか、読んでいいのかと思う作品が幾つかあった中の、代表例でした。こうした被害や、震災等の辛い記憶、封印した思い出を振り返るのは、しんどい作業で、パンドラの箱をこじ開けることにもなります。
 この「安いボート」の中には粗い歌もありますが、それがかえって生々しい手触りを伝えていて、目を背けてはいけないと思わされる。だからこそ読んだ後に、ずっと頭の中に残るんですね。
 歌人というのがどういう生き物なのかは、タイプにもよるのですが、SHUNさんは徹底的に過去と向き合って、えぐり取っていく覚悟のある、凄みのある歌人です。

 「安いボート」に関しては、最初の読者が自分でいいのかという衝撃がありましたね。心を表す技術、例えばピッピと鳴る靴の使い方などは、小道具として生かすようにというようなことは教えましたが、この章の最後の歌、

〈さようなら体の記憶またいつか逢おうねずっと子供でいてね〉

 にまで、よくたどり着けたなと思いました。そういえば、この連作は最初「体の記憶」というタイトルでしたね。

SHUN 言い方が難しいのですが、気持ち悪かった記憶を、歌にして、作品として出していく作業は、僕自身にとっては、とても気持ちよかったんです。言葉によって、汚い記憶が美しくなっていくのが不思議でした。それが短歌にのめりこんでいくきっかけにもなったと思います。
 小さい頃から身の回りにはいろんなことが起きていて、でも、それを表現する手段がなかった時は、結局、病んでいることが多かった。そんな僕が、短歌に出会えてよかったと心から実感しています。最初はどうしても、歌い手として自分自身の人生をさらけ出すのは、いわば裸になるのは、とても怖いことで、葛藤がありました。でも、ある時から、どうせやるならとことんやろうと思ったんです。それは先生方の励ましや頂いた言葉があったからこそと思っています。

手塚 短歌がセラピーになっていったんですね。

 もう一人の自分として、その記憶を見直すことで、陳腐な言い方かもしれませんが、それを乗り越えることができたのでしょう。

手塚 先生方はセラピストみたいなものだったのかもしれません。

小佐野 これがまさに俵さんの仰るところの、定型の魔法ですね。五七五七七の定型に落とし込んでいくと、事実が歌になっていく。コツの掴み方や、勘所はアドバイスできたかもしれないけど、元々のアンテナの鋭敏さは本能的にSHUNさんが見につけていたものです。

手塚 最後にホスト歌会について、上坂さんは途中から参戦して下さいましたが、感想を伺ってもいいでしょうか?

上坂 俵さん、小佐野さん、野口あや子さんら先生方のお話を聞くだけでも、私自身勉強になっているんですが、評は勿論、ホストの皆さんの歌のレベルも高くて驚きました。また、短歌を作る効能のようなものを、オーナーの手塚さんご自身が重視しているんだなと。短歌がこれだけ機能的に用いられている場面というのは、他にあまり見たことがありません。

國兼 『ホスト万葉集』は弊社より2020年に刊行してべストセラーとなり、文庫も出ていますが、それ以後も月一回、集まってホストたちが歌会をやり続けていると言うと、皆さん、半信半疑なんですよね。でも、こうして続いている。ホスト歌会の歌人の皆さんの人間を見つめる目線には独特の鋭いものがあって、それらの歌をどう鑑賞するのか、僕自身、勉強になります。

手塚 これを機会に、もう一回、ホスト歌会、盛り上げていきましょう!

SHUN 俵さんに頂いた帯の「トゲだらけの人生を薔薇にする、それがSHUNの短歌」という言葉、何よりも嬉しかったです! これからも沢山の薔薇を咲かせていきたいと思います。

(2024年10月17日・於新宿「AWAKE」)

新潮社 波
2024年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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