待機児童問題が深刻化し、保育園に子どもを預けられるかどうか、入園許可通知が届くのを心待ちにする家庭は多い。働き方にも関わる問題だからだ。そうしたなか、公正中立であるはずの地方自治体が、「職員の子どもであることを理由に優遇して入園させた」と疑われ、裁判沙汰となっている。舞台は、人口約15万人を抱える東京都多摩市だ。
●市幹部が市職員の子を入園させるよう要求
市や原告代理人などによると、事の経緯はこうだ。
2014年11月、多摩市の子育て支援課長(当時)が、市内の認可保育園に市職員の子ども(0歳児)の入園を求め、定員を理由にいったん断られたものの、最終的に入園させた(同年12月)。子どもの両親はともに市職員で、母親が重い病気を患ったため父親が上司に相談したことがきっかけという。母親はその後、亡くなった。
子育て支援課長からの「異例」の直接要求にもかかわらず、保育園側がいったん入園を断ったのは、定員をオーバーすると、市の補助金を受ける基準を満たさなくなってしまうため。補助金は、園の面積から定員を決め、その範囲に収まれば支給するというものだ。
ところが、子育て支援課長はそうした点について十分に確認せずに、補助金を4か月にわたって計約456万円支出し続けたという。市は2016年9月21日、子育て支援課長が慎重な手続きを怠り、経過記録の作成も怠ったなどとして、懲戒処分(戒告)にした。
●訴訟を起こしたのは、同じ子育て支援課の元課員。市は却下求める
今回、東京地裁に訴訟(住民訴訟)を起こしたのは、子育て支援課の元課員である男性(現職の市職員)だ。保育園の入園に関する業務に携わった経験があり、入園できなかった保護者に泣かれたことも怒鳴られたこともあるという。
原告代理人の加藤博太郎弁護士によれば、この原告男性は「今まで同様な事例があっても市は入園を断ってきた。事情はあっても不平等な扱いをしてはいけない」と話している。
それだけに、子育て支援課長の対応に大きな疑問を抱いた。裁判では約456万円の補助金は違法な公金の支出であると主張。市が補助金の返還を保育園に求めるよう請求している。提訴は2017年10月30日付で、第1回口頭弁論は2018年1月16日にあった。
一方、市は却下するよう求めている。男性は提訴前の2017年9月21日、この問題について住民監査請求を行ったが、地方自治法242条2項が定める請求期間(当該行為があったまたは終わった日から1年)を過ぎていることなどを理由に、市に却下された。市は「適法な住民監査請求を経ていない今回の住民訴訟は、すみやかに却下すべき」としている。
●市は内々に問題の幕引きを図ったもよう
ただ実のところ、市は違法性を認識していながら、内々に手を打っていた節がある。
弁護士ドットコムニュースが関係者から入手した「内部文書」によれば、市は、上記補助金の支給に関わる面積要件を定めた要綱で、「0歳児1人につき、5平方メートル」としていた部分を、「0歳児1人につき、(略)、おおむね5平方メートル」と2016年6月に改正。しかも、2008年4月1日に遡って適用することにした。
この要綱改正により、当時の子育て支援課長による補助金支出は遡って「追認」された形となった。別の「内部文書」には以下のように記されている。
「検証会議の結果、実施基準(補助金交付基準)に抵触するという瑕疵は、要綱改正で治癒し、保育所入所の判断(緊急入所の是非)も、再検証し他児と比較した上で、結論としては適切であったということになれば、違法性はなく、補助金の返還も不要という結論となる」
加藤弁護士は「厳密に運用されていた要綱を変えて、過去の問題も帳消しするというのは禁じ手。この要綱に引っかかって入園できなかった家庭にはどう説明するつもりなのか」と首をかしげる。
●検証会議メンバーは「身内」ばかり
さらに、市は、この原告男性から訴訟前に内部通報を受けた際、検証会議を設置した。ところがメンバーには、外部の第三者を入れず、対応を問題視された子育て支援課長を含む市役所職員で構成する会議とした。加藤弁護士は「身内ばかりで、隠蔽するための会議だったことは明らかだ」と指摘する。
また、「内部文書」には、不十分な対応だと自ら認める部分もあった。「当時の本件児童の保育所入所について、緊急性、必要性があったか否かについては、本件児童と同順位の45点が複数いたにもかかわらず、同順位者全ての状況を確認せず、検討記録等も残していない点において、不公正の疑念を抱かれる余地はあり、手続面における対応は不十分であったことは認める」。
●「結論ありき」で市は対応進める
ただ、合理性があったという「結論ありき」で市の対応は進んだようだ。それは、「内部文書」の以下の記載からうかがえる。
「当時の状況を確認するのは事実上不可能なので、当時多摩市が持っていた同順位の児童のデータ等を確認して、比較し、実際には45点以上の高い点数評価が可能であった(すべきであった)ことを示すことで、当該入所の合理性を担保する」
東京都庁職員だった経験がある加藤弁護士は、「公務員は中立公正であることに最も気をつけるべき立場だ。今回の裁判は、子どもの平等に関する問題だけでなく、行政の性質など複数の問題を社会に問う性質があると思っている」と語る。
(取材:弁護士ドットコムニュース記者 下山祐治)早稲田大卒。国家公務員1種試験合格(法律職)。2007年、農林水産省入省。2010年に朝日新聞社に移り、記者として経済部や富山総局、高松総局で勤務。2017年12月、弁護士ドットコム株式会社に入社。twitter : @Yuji_Shimoyama