日本将棋連盟はこのほど、タイトル棋戦「王座戦」(主催:日本経済新聞社)における「棋譜利用ガイドライン」を公式ホームページで公開した。一定の範囲に限り、申請なしでも利用できる。
連盟はこれまで、2019年9月に公表した「棋譜利用に関するお願い」に基づき、私的利用の範囲を超えて棋譜を使用する場合は事前申請するよう求めてきた。
これに対し、将棋YouTuberのすぎうら氏が2020年3月、申請を繰り返してもほとんどは回答なしか、一律拒否されているなど棋譜利用をほぼ認めていない状況について、質問状を送付。連盟は4月、主催者とガイドライン作成も含め協議しているなどと回答していた。
今回のガイドライン公開について、すぎうら氏の代理人を務めた杉村達也弁護士は「王座戦限定ではあるが、利用基準が明確となり、一定の条件を満たせば一律に棋譜利用が可能となったことは喜ばしい」と話す。
ガイドラインは全6項で構成されているが、以下では注目すべき2点について見ていきたい。(編集部・若柳拓志)
●棋譜には著作権「的」なものがあるとの姿勢
まず一つ目は、棋譜に関する主催者側の権利についてだ。「棋譜の利用」を定義している第3項に着目したい。
3.「棋譜の利用」とは
目的ならびに有償・無償の別を問わず、上述の「棋譜」を使って、公式戦対局の指し手順を、文字情報、図面(静止画または動画)、音声、盤面、ディスプレー、集団演技等によって、刊行物、頒布物、放送、公衆送信、上映、上演等の媒体上に再現することを言います。
この規定について、杉村弁護士は、「『棋譜には著作権が認められない』という立場が通説的な見解だが、おおよそ著作権法上の権利に則した内容となっている」と解説する。
連盟も4月の時点で、「棋譜の著作権の有無に関して、様々な議論があることは承知している」と回答しており、著作権を念頭に置いているのは間違いない。
この点、ガイドラインは、主催者の権利について、「優先的使用権及び利用許諾権」と表現している(第1項)。著作権に関する議論に正面からは踏み込まないが、権利の内容としては著作権に準ずるものとして考えている姿勢がうかがえる。
気になるのは、棋譜を参考にして自分で指した場合についてだ。将棋を指す者にとって、プロ棋士の棋譜は「最高のお手本」。主催者に権利があるからといって、同じ指し方を制限されては困ってしまう。
この点について、杉村弁護士は「心配ないだろう」との見解を示す。
「ガイドライン第3項に『対局』という文言がないことや、対局が棋譜の利用に該当するとされてしまった場合の弊害が大きすぎることからして、対局は棋譜の利用には当たらないと考えるべきでしょう」
●「棋譜利用の申請なくとも、利用できる範囲がかなり広がった」
二つ目は、ガイドラインによる棋譜利用の具体的な方法についてだ。利用の態様を「商用」と「非商用」に分けて定めている(第5項)。
「商用・非商用に関する定義はありませんが、棋譜の利用によって、利用者が金銭的利益を得ることができるか否かで判断されると考えるのが一般的だと思われます。
ただし、動画配信サイトでの棋譜の利用については、棋譜利用者が金銭的利益を得るか否かにかかわらず、商用に当たるようです(第5項(3))。この部分については、少し厳しい判断がなされたように思います」(杉村弁護士)
具体的な利用方法は、おおよそ次のようになっている。
・対局日から3か月以内の棋譜については、『盤面図3図』及び『当該盤面図前後の指し手順の文字情報の合計10手』までは申請なく利用可。それを超える利用は商用・非商用問わずNG
・対局日から3か月経過後の棋譜については、非商用なら申請なく無制限に利用可。商用で『盤面図3図』及び『当該盤面図前後の指し手順の文字情報の合計10手』を超える利用は要申請
杉村弁護士は、この利用方法について、「一般の将棋ファンがツイッターやブログで王座戦の対局を話題にする際にはほとんど弊害が存在しないのでは」と評価する。
「棋譜利用の申請なしでも利用できる範囲がかなり広いといえます。今回のガイドライン策定によって、将棋の普及発展がより図られるのではないでしょうか。
現在、YouTube等の動画配信サイトで、たとえば、藤井聡太二冠の棋譜を最初から最後まで無断配信して広告料を得るといった行動を取る者が複数名います。
主催者としては、そのような行動を問題視した結果、動画配信は全て商用とみなすなど、動画配信者に対して若干厳しいルールになったのだと考えられます」
●ガイドライン違反の棋譜利用にどう対処するか
1勝2敗のカド番に追い込まれた羽生王座(当時)が、後手番で約2年ぶりに「一手損角換わり」を採用した一局。ガイドライン第5項(1)に基づき、「盤面図1図」及び「前後の指し手順の文字情報の合計10手」を紹介する。
王座戦に限られているとはいえ、ガイドライン策定が実現し、棋譜利用の可否が明確になった。一般の将棋ファンにとって、棋譜を気軽に利用しやすくなったのは間違いない。
特に、1つの盤面図につき、「前後の指し手順の文字情報の合計10手」記載できるというのは、前後の流れも相当程度把握できることから、かなり利用しやすいと評価できるのではないだろうか。
日本将棋連盟は、ガイドライン公表後に行った取材に対し、「棋譜利用に関するガイドラインは、各棋戦主催社含めて協議中ですので、現時点での回答は控えさせて頂きます」と答えるにとどまった。
将棋の棋戦のほとんどは、主催者が異なるため、王座戦以外については別途検討を要するのだろうが、王座戦のガイドラインが他棋戦のルール作りでも一つの指標として機能しそうだ。
もっとも、今回のガイドラインでは、ルールに反した棋譜利用への対処については明記されていない。
将棋YouTuberすぎうら氏の質問状は、「棋譜利用に関するお願い」に従って申請した者が棋譜を利用できない一方、申請もせずに無断で棋譜を利用する者がいるという不公平な状況があったことを問題提起するものでもあった。
ガイドラインは、主催者の有する法的な権利を第1項に明記している。だとすれば、法的な権利を侵害する行為に対する措置もセットで考える必要があるのではないだろうか。
杉村弁護士も、「違反者に対しては、適切な法的対応を取るべき」と話す。
「ガイドラインを発表した以上、ガイドラインを守っている者が損をして、守らない者が得をする状況となることは望ましくありません。ガイドラインに違反をした者に対しては、適切な法的対応を取るべきだと思います。
そのような対応によって、『優先的使用権及び利用許諾権』がどのような範囲で認められるかについての裁判例が蓄積されることにもなりますので、法学的な視点からも望ましいのではないでしょうか。
今回のガイドラインでは、違反した棋譜利用により、即座に損害賠償請求の対象となるのかどうかは明確ではありません。今後、議論が深まることを期待しています」