お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光さんが、日本大学芸術学部に裏口入学したとする『週刊新潮』の記事をめぐって争っていた裁判で、発行元の新潮社に勝訴した。新潮社側は控訴を表明している。
記事は内装会社を営んでいた太田さんの父が、暴力団関係者を通じて、裏口入学を依頼していたというものだった。
12月21日の判決は、記事が太田さんの名誉を毀損していると認め、440万円の支払いと、ネット記事の削除を命じている。
●本人は裏口入学を完全には否定せず
一方で当の太田さんは当日の会見で、裏口入学について「正直言うと、わからない」「8対2でナシくらいかな」と気持ちを語った。
それというのも、高度経済成長期を派手に生きた父親が真面目な生きかたをしていたかは断言できないからだという。
「僕の口からは絶対に潔白とは言えない。僕は親父が裏口やってようがいまいがどうでもよくて。親父がヤクザにペコペコ頭下げた。そんなイメージを世間に撒き散らしたのが許せない」というのが、訴訟の動機だったようだ。
太田さん自身も完全に否定はできないのに、どうして名誉毀損が認められるのか。櫻町直樹弁護士に、名誉毀損訴訟の仕組みを聞いた。
●「4つの〇〇性」と立証責任
ーー太田さん自身も完全に否定しませんでしたが、新潮社はどうして敗訴してしまったのでしょうか?
ある記事の内容が名誉毀損にあたるとして、削除や損害賠償、謝罪文掲載を求めた場合、まず「内容が対象者の社会的評価を低下させるかどうか」が問題となります。
「問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。」(最高裁平成9年9月9日民集51巻8号3804頁)
「裏口入学した」という表現は、対象者(=太田さん)の社会的評価を低下させるものといえるでしょう。
ただし、社会的評価を低下させる内容であっても、それが以下の3つの要件を満たしていれば、違法性が阻却または故意・過失が否定され、名誉毀損は成立しません。
①「公共の利害に関する事実」に関するもの
②「目的が専ら公益を図ること」にあった場合
③-1「摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があった」(意見ないし論評の表明の場合は、「意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があった」)とき
③-2または「事実が真実であると証明されなくても、事実を真実と信じるに相当な理由があったとき」
これら3つの要件は、表現をした方に立証責任がありますので、太田さんのケースでは新潮社側がこれら3つの要件を立証する必要があり、どれかひとつでも「立証ができていない」と裁判官が判断すれば、名誉毀損が成立することになります。
なお、太田さんは、裏口入学について「正直言うと、わからない」などと語ったとのことですが、立証責任の観点からいえば、新潮社側が「裏口入学したこと」を証明しなければならず、仮に、「裏口入学したかどうか分からない」という状態に終わった場合は、立証責任を負担している者の不利益に判断される、つまり、「裏口入学していない」という判断になります(したがって、名誉毀損が成立)。
とはいえ、裁判の勝敗ということでいえば、相手を利することになるような発言は、できれば控えたほうがよいでしょう。
●報道側の「取材源の秘匿」との関係は?
ーーメディア側は「取材源の秘匿」が求められるので、裁判になってしまうと反論したくても、反論できないこともありそうです。
確かに、報道による名誉毀損が問題となる事案では、取材源秘匿の関係で、「真実であること」(または「真実であると信じたこと」)の証明に困難が伴うことがあります。
この点について、大阪地裁平成22年10月19日判決(判タ 1361号210頁)は、記事を執筆した記者が「取材源の秘匿」を理由に具体的な証言をしなかったことに対し、次のように判示しています。
「報道の自由を確保するために、報道機関の取材源の秘匿が民事訴訟においても尊重されるべきであることは当然である。しかしながら、そのことは取材源に関する釈明や証言の拒絶等が許容されるという範囲にとどまらざるをえず、実際に報道対象者の名誉が毀損されている以上、その名誉を毀損した者が報道機関であるからといって、報道対象者の不利益において、真実性又は真実相当性に関する事実の主張、立証の程度を緩和することはできない。したがって、報道機関としては、真実性又は真実相当性を抗弁として主張する以上、具体的な取材源を明らかにしないにしても、せめて真実性・真実相当性を認められる程度の具体性のある主張立証をする必要があるというべきであるから、それをしない以上は、真実性又は真実相当性に関する抗弁を認められなくてもやむを得ないものというほかない。」
また、東京地裁平成17年11月11日判決(判タ1230号243頁)は、より具体的に次のように判示しています。
「報道機関が正確な情報を得るために取材をする記者と情報提供者との間に、取材源を公表しないという信頼関係があることが必要であるとしても、その取材源から取得した情報が真実である又は真実であると信ずるにつき相当な理由があると認められるためには、記者が当該情報提供者から情報を取得したときの状況や当該情報提供者が当該情報を取得した状況をできる限り明らかにするほかに、当該情報が真実であると認めるに足りるだけの事情を明らかにすることが必要というべきである」
以上のような裁判例を前提とした場合、報道内容の真実性・真実相当性に関し、「誰から」または「どのような立場・属性の人物から」、「いつ・どのような状況で」、「どのような方法・態様で入手したか」などについて、また、取材源の人物が自身の経験ではなく第三者から入手した情報を話しているのであれば、その取材源の人物が「誰から」または「どのような立場・属性の人物から」、「いつ・どのような状況で」、「どのような方法・態様で入手したか」などについて、具体的に主張立証できるようにしておくのが望ましいといえるでしょう。
●金額はどう評価できる?
ーー今回の440万円という賠償額はどう捉えたら良いでしょうか?
(名誉毀損に限らず)損害賠償がどの程度認められるかは、個々の事案における事情によって異なりますので、一概に多い(あるいは少ない)とは言えないところがあります。
週刊誌記事で名誉を毀損されたとして芸能人が損害賠償請求訴訟を提起したケースでいえば、例えば、女優の故・大原麗子氏が提起した訴訟で、裁判所は損害賠償として500万円の支払いを週刊誌発行元に命じました。
「本件記事等は、女優として著名である原告の私生活上の話題を提供することで、一般読者の購買意欲をあおり、雑誌の販売部数を上げようとの商業目的で公表されたものであること、本件週刊誌は、返本率が相当に上るとしても、約72万部も発行していること、本件表紙は、書店、売店などの店頭で目に付きやすいものであること、本件広告は、新聞の読者、電車に乗車している者等、不特定多数の者が、認識しうるものであり、影響が大きいことが認められる。また、本件記事等の内容は、真実と認めるに足りる証拠はなく、表現も原告を「あの女」と表現するなど配慮が見られないこと、取材方法も原告あるいは原告の所属プロダクションへの取材、確認を欠くなど相当性を欠いていることが認められる。さらに、本件記事等により、原告がこれまで長い芸能生活で築いてきた好イメージを著しく傷つけられ、今後の芸能活動に与える影響が少なくないこと、本件記事等により、原告が受けた精神的打撃は大きく、本訴提起を余儀なくされたことが認められる」(東京地裁平成13年2月26日判決(判タ1055号24頁)。控訴審でも維持)
このように、裁判所が損害賠償額(慰謝料)を算定するにあたっては、記事を掲載した動機・目的、記事が掲載された媒体の発行部数(≒記事を目にするであろう人数)、表現の態様、取材方法、生活への影響など、色々な事情に基づき、総合的に判断することになります。