東京・日野市の都立七生養護学校(現・七生特別支援学校)での「性教育」の是非をめぐり、8年以上にわたって争われていた裁判に11月下旬、ようやく決着が付いた。
同校では、知的障害のある児童・生徒に対し、歌や人形を用いる独自の性教育を行っていた。ところが2003年、一部の都議らがこれを「過激だ」などと問題視し、現地を訪れて強く批判したほか、これに同調した都教委が同校教員を厳重注意にした。教員や保護者らは不当な介入だとして、都議・都教委らに計約3000万円の損害賠償を求める訴訟をおこした。
1審・2審はこれらの行為を教育現場への「不当な支配」と認定し、教員らに対して合計210万円の損害賠償を支払うよう、都議・都教委に命じていた。今回、最高裁が上告を退ける決定をしたことで、2審判決が確定した。
裁判所の判断ポイントは、どんな点にあるのだろうか。村上英樹弁護士に解説してもらった。
●「学習指導要領」に反する内容だったのか?
「日本の教育においては、『教育現場の自主性』が尊重されています。教育基本法も、『教育は、不当な支配に服することなく』行われると規定しており、外部からの不当な介入は許されません」
このように、村上弁護士は述べる。現場の自主性で行うことができる教育と、それ以外の境界線は、どこにあるのだろうか?
「いくら『自主性』と言っても、法律や学習指導要領に反する教育はできません。
今回、都教委や都議の行為が『不当な支配』にあたるかどうかは、この学校で行われていた性教育が、学習指導要領に反するものだったかどうか、にかかってきます」
学習指導要領では、どのような性教育を行うべきだとしているのだろうか。
「学習指導要領は、性教育については、やり方を固定的に決めるような内容にはなっていません」
そうなると、性教育については、比較的幅広いやり方が認められていると考えていいのだろうか?
村上弁護士はうなずいて、「同校の性教育が学習指導要領違反には当たらないというのが、高裁判決の結論でした。最高裁でも、この考えが支持されたものと言えます」と述べる。
今回、争点となったのが「知的障害者に対する性教育」だったことについては、どう考えるべきなのだろうか。
「知的障害などで、肉体は成長していても判断力等が十分でない場合、性に関する知識が正確に備わっていないと、よく分からないうちに性被害に遭うことがあります。逆に、加害者になってしまうおそれもあります。
しかし、彼らに対する性教育では、言葉だけで十分な理解をさせることが難しいという側面があります。そこで、視覚などを活かした性教育の実践がなされたことは、現場の創意工夫だと言えます」
村上弁護士は、このように指摘し、当時同校で行われていた性教育を肯定的に評価する。
●現場の創意工夫を萎縮させる行為は許されない
一方、都議らが「過激だ」と主張したことについては、どう受け止めるべきなのだろうか。
「性教育の方法論には、いろいろな考え方があります。人形を用いたりする視覚的な方法による性教育に、違和感を覚える人がいることは理解できます。
しかし、だからと言って、学習指導要領に反するものでもなく、また、生徒の状況に応じた現場の創意工夫と言えるものに対して、都教委や都議が萎縮させる行為をしたことは『不当な支配』にあたり許されない——裁判所は、このような判断をしたということになります」
村上弁護士はこのように述べていた。
知的障害者への性教育を考える際には、この裁判のポイントも十分に踏まえて、議論すべきと言えそうだ。