フェミニズムとは? 意味や歴史、事例、課題をわかりやすく解説
フェミニズムとは女性の権利獲得からはじまり、現在は男女問わずすべての人が性差別的な搾取や抑圧を受けずに済む社会の実現を目的とする運動です。この記事ではフェミニズムの意味と歴史を俯瞰(ふかん)し、フェミニズムの抱える課題と対策を解説します。
社会保険労務士・キャリアコンサルタント。福島県出身。家業の総合士業事務所にて実務経験を積み、2014年愛知県豊橋市にて開業。LGBTQアライ。キャリアパスを生かした人事評価制度構築を得意とする。セミナー講師、コラム執筆にも取り組んでおり、現在労務顧問など160社以上の関与先を持つ。
目次
1.フェミニズムとは
フェミニズムとは、あらゆる性差別からの解放を目的とした運動のことをいいます。狭義では女性人権運動、権利拡張・尊重主義をさしますが、その本質は、社会活動家でありフェミニストでもあったベル・フックスのいう「性差別をなくし、性差別的な搾取や抑圧をなくす」ことです。
記憶に新しい例としては、「#MeToo運動」があげられるでしょう。著名な映画プロデューサーによる性的虐待・セクハラの実態を明らかにした報道をきっかけに、女性たちが次々と自分たちの受けた性被害を、「♯MeToo」のハッシュタグとともにオンラインで告発したことで、性的虐待の現状、被害の内容が社会に広く認知されることになりました。
フェミニズムと関係の深いものとしてジェンダーという概念があります。フェミニズムは性差別的な搾取や抑圧からの解放を求める運動であり、ジェンダーは一定の文化を背景に社会的に構築された性差に基づく役割のことを指しています。
私たちはこの世に生まれ落ちた瞬間から、その属する文化のジェンダーを知らず知らずのうちに身につけていきます。男の子にはミニカーが与えられ、女の子にはぬいぐるみが与えられるといったことが典型例で、その文化における「あるべき男女の姿」に基づいておこなわれるものです。このようなジェンダー規範が男女の社会的な関係性や、経済的格差を容認する発想の土壌となっています。
ジェンダー規範に基づいて男女格差が発生すると、女性だけに教育が与えられなかったり、不当に低い賃金で働かされたりすることはもとより、そのために貧困状態から抜け出せないという負のスパイラルが生まれ、それが継続してしまいます。また、幼少期より性的搾取を受け入れなければならない環境にある女性がいまだ多く存在していることも事実です。
2015年に採択されたSDGs(持続可能な開発目標)には、ジェンダー問題に直接的にかかわる目標5「ジェンダー平等を実現しよう」や目標10「人や国の不平等をなくそう」がありますが、今述べたような現状を踏まえると、ジェンダー規範に基づく課題は掲げられた17の目標のほとんどすべてに影響するといっても過言ではありません。
フェミニズムはこうしたジェンダー規範、そしてそこから派生する搾取や差別の撤廃を求める運動でもあるのです。
2.フェミニズム史における四つの波
フェミニズムはその萌芽(ほうが)から現在まで三つの波と呼ばれる段階を経て、現在四つ目の波のさなかにあります。ここではフェミニズムの歴史と背景を押さえ、現在までの動きを俯瞰していきます(この章の主な参考文献|ハンナ・マッキャン編集顧問『フェミニズム大図鑑』〈三省堂〉)。
(1)第1波:リベラル・フェミニズム 市民権獲得のための闘争
19世紀末から20世紀初頭にかけて起こったフェミニズムは、主に女性の参政権、財産権、相続権などの公的な権利保護や、女性に対しても高等教育への門戸を開くことを求めた運動です。これをリベラル・フェミニズムといいます。
フェミニズムの萌芽は18世紀フランスにさかのぼります。フランス革命で「フランス人権宣言」が採択されましたが、ここでうたわれた人権は男性に限定されたものでした。これに反発した女性たちが抗議運動を展開し、男女の権利平等に関する意識が広がっていきました。その後、19世紀半ばに入ると女性参政権を求める運動がヨーロッパやアメリカにおいて盛んになっていきます。イギリスでは「サフラジェット」のような過激な活動家も登場し、女性が男性と同様に政治参加することは当然であるという意識が各地に芽生えていきました。
日本ではこの時期に平塚らいてうらが活躍しています。平塚は日本で最初の女性による女性のための文芸誌である「青鞜」を1911年に創設。その創刊の辞として寄せた「元始女性は太陽であった」という言葉はあまりにも有名です。
ニュージーランドでは1893年に世界で初めて女性の参政権が認められ、20世紀に入りオーストラリア(1902年)、フィンランド(1906年)と続いていきます。その後、第1次世界大戦を経て、アメリカ(1920年)、イギリス(1928年)と男女普通選挙が実現しましたが、フェミニズムが生まれたフランスでは第2次世界大戦後の1944年までその実現を待たねばなりませんでした。なお翌年、日本でも改正衆議院議員選挙法が成立し、1946年4月の総選挙では初の女性議員が誕生しています。
(2)第2波:ウーマン・リブ 女性による権利解放運動
第2次世界大戦後の1960年代以降、フェミニズムは第1波で要求した権利の拡大とともにウーマン・リブ運動へと広がっていきます。
ウーマン・リブとは、女性のために、女性が男性と平等な権利を求め、男性と対等の地位や自分自身で職業や生き方を選べる自由を獲得しようとする社会運動のことです。
この時期に発生したフェミニズムは、性差に起因する差別的扱いすべてを対象としています。特に、固定的なジェンダー観を作り出す社会的抑圧や経済的格差の是正、また、中絶する権利や避妊の自由など性に関する自己決定権を主張したのもこの時期からです。
世界では国連が1975年を「国際婦人年」と決議。その年、メキシコで国連の第1回世界女性会議が開かれ、日本でも市川房枝らが全国組織の女性団体に呼びかけ「国際婦人年日本大会」を開催しています(参照:「市川房枝ってどんな人なの?」|公益財団法人市川房枝記念館女性と政治センター)。
第2波の後半、1980年代にはフェミニズム運動家たちの間にも派閥主義が生まれ、保守的な政治的機運が高まりました。そのために従来のフェミニズムはいったんは下火になりましたが、かわって台頭してきたのはブラック・フェミニズムといわれる運動です。
この運動は、それまで白人の中産階級の女性がフェミニズムの牽引(けんいん)役であったために見過ごされてきた、人種差別に光を当てるものでした。この時期の代表的な活動家であるアリス・ウォーカーはその著作のなかで「フェミニストはラベンダー、ウーマニストはパープル」と表現しています。これはあらゆる人種や民族、所得階層、性的指向を含むすべての女性のなかにフェミニストも含むという概念であり、フェミニズムはウーマニズムの一つの側面であると定義したのです。
ウーマニズムとは性差別と人種差別の双方と戦うフェミニズム運動のことです。これまで主に白人女性が主に担ってきたこの運動についても黒人女性たちが声を上げはじめたことは、この時代を象徴する出来事でした。フェミニズムは性差に関する問題ではなく、人種に関する問題とも深く関連していることを、この発言は示唆しています。
また、この時代におこった重要な動きに「インターセクショナリティー」への認知と権利に関する運動があげられます。
インターセクショナリティーとは、マイノリティーなど焦点の当たりづらい差別を受けている当事者の課題を認知し解決しようとする動きのことで、アメリカの法学者であるキンバリー・クレンショーが提唱したものです。クレンショーは黒人の女性同性愛者に対する差別を例にあげ、これは「黒人差別」「同性愛者差別」「女性差別」がそれぞれ個別におこなわれているというよりも、複雑に絡み合って「黒人女性同性愛者差別」として発露しているという状況を描きました。これは、非白人女性が経験する差別は白人女性の経験する差別とは根本的に違うものであることを示唆し、移民、宗教信条、階級など個人のアイデンティティーを構成するすべての要素に対して平等であるべきである、という価値観に発展しました。
このような運動はダイバーシティーの概念として結実し、ジェンダーに縛られずに生きる人たち、それを希望する人たちに広く支持されていきます。
(3)第3波:ダイバーシティーとジェンダーからの解放
第3波のきっかけとなったのは1992年、アメリカ人フェミニストのレベッカ・ウォーカーが「第3波になる」という記事を寄稿したことです。この記事において、テイラーは今までの運動において女性は周囲から向けられるセクシュアルハラスメントを止めることができておらず、男女間の平等も実現されていないと喝破しました。
また、ジェンダーに関する議論が活発化したのもこの頃からです。
アメリカの哲学者ジュディス・バトラーは、ジェンダーが生まれるのは社会に「生まれながらに」性的指向としての異性愛が強制されるという仕組みがあり、この仕組みは性別における二元性として外見や行動の規範によって強化されると説きました。そのために私たちはジェンダーに従った行動を無意識にとるようになるとバトラーは考えたのです。
そうしたジェンダーに対する理解が深まるにつれ、宗教や地域的慣習における女性差別や、セクシュアルハラスメントをはじめとする女性に対するハラスメント、不当な扱いの是非の議論が高まってきました。
さらに、同じ時期に、こうした問題も含めてMDGs(ミレニアム開発目標)への動きが始まりました。MDGsはSDGsの前身となるもので、2000年9月に開催された国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基にまとめられたものです(参照:ミレニアム開発目標(MDGs)|外務省)。八つの目標の3番目に「ジェンダー平等推進と女性の地位向上」が掲げられており、2015年までに達成すべきものとされています。しかし、現在に至るまで実現されていないのは周知のとおりです。
(4)第4波:オンラインフェミニズム
そして現在、私たちは4番目のフェミニズムの渦中にあります。
第4波フェミニズムの特徴はソーシャルメディア、オンラインでの情報発信や議論が活発におこなわれていることです。
例えば2014年、ナイジェリアでテロ組織が女子生徒276人を拉致した事件に対し、人々は「#BringBackOurGirls運動」を展開しました。この痛ましく、非人道的な事件はいまだ未解決で、2022年現在行方不明になっている女性もまだ100人以上存在します(参照:学校から集団拉致された女性2人、8年ぶり発見 ナイジェリア|AppBSニュース)。事件はハッシュタグによって拡散されることで世界中に認知されました。こうした状況に同じ女性として関心を寄せ、声を上げることもまたフェミニズムの一つのあらわれといえるでしょう。
さらに2017年にはハリウッド女優のアリッサ・ミラノがTwitterに「#MeToo」と投稿し、一大ムーブメントとなりました。この運動は性的嫌がらせや性的虐待を受けた女性たちにその実態を告発することを求めたものです。日本でもこの運動は広く知られ、ハリウッドはもとより多くのビジネスの現場、あるいは文化圏のなかで、現在もまだ女性に対する性的な要求が横行している現実を多くの人が認識しました。
こうしたオンラインフェミニズムは、今まで一部のフェミニストのものと考えられていたフェミニズムの裾野を広げる効果を果たしました。いわばフェミニズムの当事者として、一市民、一人一人の女性が声をあげることが当然の行為として認められるようになったのです。
また、このような動きから、それまで女性のものと思われていたフェミニズムは男性にとっても重要であるという認知が高まってきました。例えば家父長制やジェンダーロール(ジェンダーによって果たすことが期待される役割)に苦しんできた男性たちは、この動きに共鳴し、男女という二元的な枠組みにとらわれずフェミニズムを捉えなおすという試みも始まっています。
3.フェミニズムにまつわる課題
こうしたフェミニズムの潮流が繰り返し起きてきたのは、フェミニズムが抱える課題が大きなものであり、また社会的なものであったという背景があります。
前述のようにフェミニズムはもともと女性の法的権利保護から始まりましたが、それは従来の男性中心の社会に対する既得権、それを支えてきた家父長制へ疑問を投げかけるものでした。また、一部の過激な活動家らの存在により、フェミニズムに対する誤った認識もまた流布されることになりました。
ここではそうした課題についてご説明します。
(1)アンチ・フェミニズムとミソジニー
アンチ・フェミニズムとは、マスキュリズム、バックラッシュ、反ジェンダーフリーとも呼ばれる、フェミニズムと反する思想・運動のことです。
1986年、ニューズウィーク誌に掲載された調査は、30歳以上の大卒女性が結婚できる確率がわずか2割であるというセンセーショナルなものでした。しかしこの調査は誤りであり、フェミニズムが社会に与える影響について意図的に誤解させるものであるとスーザン・ファルーディは批判しています(参照:前掲『フェミニズム大図鑑』)。
このようなアンチ・フェミニズムの動きは根強く、アメリカでは妊娠中絶を訴えた女性たちが激しく非難されたり、働く母親は子育てを放棄しているといったキャンペーンがおこなわれたりしました。
また、こうした女性の自立が自身の立場を脅かすと感じる存在がミソジニー(女性嫌悪・女性蔑視)として発露すると、女性に対する暴力の形をとることもあります。
フェミニズムの運動家はたびたびレイプや暴力にさらされてきましたが、一般の女性もその犠牲になることもあります。例えば、2016年に韓国で起きた「江南駅殺人事件」が有名です(参照:フェミニズムが一気に「爆発」した韓国特有の理由|東洋経済オンライン)。この事件は同国有数の繁華街のカラオケ店内で発生し、場所でごくふつうの女性が見知らぬ男性に殺害されたというものです。この事件が多くの女性にとってさらに深刻であったのは、犯人が犯行動機について「最近女性に無視されていた」と語ったこと、その蛮行を支持する声が少なからずあったということでした。
同様の事件は日本でも起きています。2021年8月、小田急線の車内で大学生の女性が見知らぬ男性に刃物で執拗(しつよう)に追いまわされ7カ所を刺されて重傷を負い、他の乗客も重軽傷を負う事件が起きました。逮捕された容疑者が「6年ほど前から幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思うようになった」「逃げ場がなくて大量に人を殺せるから電車を選んだ。誰でもよかった」と供述したとされることから、ミソジニストによるフェミサイドの性格が強いことが示唆されています(参照:サラダ油まき「逃げ場なく大量に殺せる」 小田急線刺傷|朝日新聞デジタルなど)。
こうした女性に対する精神的、肉体的な暴力は残念ながら現在でも見られ、多くの国で女性の権利獲得の障害になっています。
(2)フェミニズムに対する誤解
アンチ・フェミニズムの原因の一つでもあるのが、フェミニズム自体に対する誤解、誤った認識が流布していることです。
最も多い誤解が、フェミニズムは女性だけの権利拡大・権利獲得を目的としているというものです。これは男性の既得権を脅かすものであり、前述のミソジニーと結びついてアンチ・フェミニズムとして行使されることがあります。現代のフェミニズムは女性だけではなく、すべての人間にとっての不当に差別を受けないでいられる権利の獲得と平等を目指すものですが、この変化に対して鈍感であったり、耳を塞いでしまったりすると、「フェミニズム=女性だけのもの」という誤解を強化してしまうことになります。
また、過去に政治的なキャンペーンの意味合いも含め、フェミニストたちが自身の同性愛指向をカミングアウトしていたことも現在の誤解の一つの原因です。
例えば1960年代に展開されたラジカル・フェミニズムでは、「女性は男性と結婚する」という固定観念を壊すために、政治的アイデンティティーとしてのレズビアニズムを主張しました。この運動はレズビアン当事者からも批判を受け下火になりましたが、こうした活動もあいまって「フェミニストは男嫌い」「フェミニズム運動は男性に相手にされない女性がおこなうもの」という誤解を生じさせています。
(3)エコー・チェンバー現象とフィルターバブル
また、最近のフェミニズムの問題として、オンラインの意見形成が原因で集団極性化がおこなわれやすいことがあげられます。その大きな要因となるのはエコー・チェンバー現象とフィルターバブルの存在です。
エコー・チェンバー現象とは、ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心を持つユーザーをフォローしていった結果、自分の意見と近しい意見しか入ってこなくなるという現象です。インターネットはあまねく広く開かれたものですが、その膨大な意見を一つずつみていくことは物理的に困難です。したがって自身で情報を取捨選択していく必要がありますが、その際に自分の思考に偏った発信元だけを選んでしまうと、その側面だけが反復強化されてしまう恐れがあります。
フィルターバブルとは、インターネットブラウザーの検索エンジン内にあるアルゴリズムによって見たい情報が優先的に表示され、個々のユーザーがおのおのの偏った価値観(バブル=泡)に閉じ込められていくさまを言い表した言葉です。この問題はユーザー自身がそれを選択しているのではないということで、情報の取得元にそもそもの偏りを生じさせる原因となっています(参照:情報通信白書(令和元年版)第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0|総務省)。
こうして自身が触れる情報を意図的に、あるいは無意識的に絞り込んでいることで、自分とは異なる意見、多様な価値観に触れる機会を喪失してしまっていることが、情報化社会のフェミニズムにおいても課題だといえるでしょう。
4.フェミニズムに対して私たちが考えておきたいこと
上記のような課題に対して、私たちは何にどのような姿勢で向き合っていけばよいのでしょうか。ここでは具体的なアクションとして取り組めることをご紹介します。
(1)フェミニズムについて正しい知識を得る
前述のように、フェミニズムにはさまざまな誤解があります。
現在のフェミニズムはそれ自体単独で存在する概念ではなく、ダイバーシティー、LGBTQ、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する権利。すべてのカップルと個人が出産に関することに対して自由に決定したり情報を得たりできることを認めるもの)などが複雑に絡み合っています。その複雑さがわかりにくさの原因でもあり、フェミニストたちのなかでもさまざまな立場があるということの証左です。
こうした状況からフェミニズムの歴史や沿革をすべて学ぶのは限界があります。しかし、基本的なこととして次の2点をまず理解していく態度が重要でしょう。
①フェミニズムはすべての人間に対する性差別的な搾取や抑圧をなくす運動であること
➁フェミニズムの根底にあるのは多様性を尊重する姿勢であること
この基本的な知識を理解したうえで、自身の周辺にある「常識」と思われているものがフェミニズムの価値観に照らしてどうか、といった問いをもつ姿勢が大切です。
(2)多様性を尊重する
ダイバーシティーはフェミニズムのなかでも重要な考え方です。これを理解することはフェミニズムのみならず、障碍者や闘病中の人などマイノリティー、社会的弱者を理解する第一歩といえるでしょう。ダイバーシティーに無配慮である企業広告やコーポレートメッセージは批判の対象になりえるため、リスクマネジメントの観点からも、フェミニズムを含めた多様な価値観を理解し尊重する姿勢はこれからの企業の必須事項です。
こうした多様性について意識するためには、企業においてはダイバーシティー研修をおこなうことが有効です。研修の内容としては女性や外国籍、シニアなど属性に対する知識を得ることを目的とするものや、管理職者・マネジメント層向けにこれらの属性の横断的知識を与えることを目的としているものがあります。
エコー・チェンバー現象しかりフィルターバブルしかり、情報化社会に生きる私たちは自分の好みの情報に囲まれやすい状況にあります。したがって、こうした研修の場を活用して強制的に他者の生き方・あり方や置かれている情報についての知識をインストールすることは非常に有効です。
筆者の関与先では、世代間研修をダイバーシティープログラムの一つに取り入れています。これは一般的に、中堅・古参社員の多いマネジャー層と、新入社員など入社間もない社員をグループにしておこなうもので、業務上でのコミュニケーションギャップの確認や認識のずれ、それぞれの価値観を、傾聴を通して学んでいくというものです。社歴の長短によって、「その会社らしさ」はそれぞれの社員の価値観として取り込まれていきますが、その価値観が時代と合っているかは定期的に検証していく必要があります。そのため、自社がどのように状況の変化に対応していくかを探るのを目的としてこのような研修を実施していくことが重要なのです。
こうした姿勢はフラットで風通しのいい組織づくりにも役立ち、心理的安全性を生み出すことにも寄与します。組織の中でフェミニズムが健全に発展するためにも、お互いを尊重し承認しあえる関係性を構築することは企業にとって大切な視点といえるでしょう。
(3)自分が権力者・マジョリティーである可能性について自覚を持つ
私たち自身が時として権力者側であり、またはマジョリティーであるという可能性について自覚的になることも重要です。
例えば日本においては、男性と女性であれば男性のほうが権力者側に立つことがまだ多いのが現状です。この場合、女性は支配を受ける側であり、マイノリティーとして扱われます。
しかし女性のなかでも既婚・未婚、子の有無でも立場が変化することがあります。圧倒的に法律婚が多い日本では、シングルマザーはマイノリティーで被支配者の側にある場合が多いのですが、事実婚が多い国ではシングルマザーであるがゆえにマイノリティーとなることはありません。
このように相対化することによって、自分が権力側にいる、マジョリティーとして集団圧力を行使しうる存在となることに気が付くことができます。これも、フェミニズムにとって重要な観点の一つです。
先にあげたナイジェリアのテロ事件のように、女性が女性として生まれただけで傷つけられるという事件は枚挙にいとまがありません。こうした事件を他人事とせず、自分の痛みとして引き受けていく態度はフェミニズムの実現のために非常に大切な視点となります。
男性についても、「男なんだから」「男のくせに」という差別的な発言が投げつけられることは多々あります。この是正もまたフェミニズムの目指すところです。もちろん男性として生まれただけで優遇されてしまうという文化的構造も大きな課題ではありますが、そのことを知識として、または実感として持っておくことは企業、またはそこに生きるすべての組織人にとっても必要不可欠なものです。なぜならこうした自分の権力性、多数派であることから生じる権力に無自覚であることがハラスメントを引き起こす大きな要因になるからです。
このため、筆者は、企業に対してハラスメント研修などセクハラ、パワハラの具体的事例を知る機会とともに、自分自身を内省する時間を設けることをおすすめしています。こうしたハラスメント当事者は自分が加害をしている意識がないことが多いため、自分が無意識、無自覚に行使している言動がなにに根差しているものなのかを自覚することが大切です。
5.フェミニズムの実現には正しい知識と実践が重要
フェミニズムの歴史は非常に長く、かつ細分化されて多様な主義主張のもとに展開されてきたことから、俯瞰して学ぶことはとても難しいといえます。しかしながら、そこであきらめず、基本的な考え方である「性差別をなくし、性差別的な搾取や抑圧をなくす運動」ということを理解し、その考え方に立ち返って行動することでその実現に寄与することができます。
一人一人がフェミニズムを実現する当事者として、性にとらわれず権利を尊重されて生きることができる社会の実現を目指していきましょう。