第1回:建築のジオメトリを拡張する
新連載:建築情報学会準備会議
建築を情報の観点から再定義しその体系化を目指す建築情報学会。その立ち上げのための準備会議が開催される。「10+1website」では、全6回にわたってこの準備会議の記録を連載。建築分野の内外から専門的な知見を有するゲストを招き、建築情報学の多様な論点を探る。連載第1回は、プログラマーの堀川淳一郎氏がモデレーターを務め、CGシミュレーションやゲームにおける人工知能の専門家をゲストに迎えて「ジオメトリ」をテーマに議論する。
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堀川淳一郎──本日のモデレーターを務める堀川淳一郎です。私は大学で建築を専攻していましたが、現在はプログラマーとして活動しています。今回は「他業種から建築のジオメトリを拡張する」というテーマを設け、建築以外の分野で活躍されている方をゲストとしてお呼びしました。ほかの業界ではジオメトリはどのように扱われているのか。その技術や知見を建築にフィードバックできればと思います。
ジオメトリ(Geometry=幾何学)の操作とは、一般的に「数理的に形を解明し、表現する」という意味合いでイメージされると思いますが、ここではもっと広く捉えたいと思います。数値データで表わされる形だけでなく、建築空間に入ることで見えてくる形のような「表現される形」という意味合いです
。建築物や地形のようなソリッドなものだけではなく、雲のような気体、水のような流体も含み、また環境あるいは図と地のように本来見えないものなど、周辺の形状により認識される形状も、ここでの「ジオメトリ」の意味に含めたいと思います。- 堀川淳一郎氏
まず、建築分野におけるジオメトリの操作をめぐる現代の状況を概観しておきましょう。ジオメトリを構築する手法のひとつに、コンピュータを用いた情報技術があります。例えば、彫刻的な手法として、コンピュータ上でモデルを成形して3Dプリンタで出力したり、プログラムを組んでパラメータを調整して形をつくりかえたり、ジェネラティブにルールを決めて、形を自動生成させることができます。建築分野において、コンピュータでジオメトリを作成・解析する目的は、おもに環境への適応や構造の最適化です。建築は自立していなければなりませんし、安全性が第一に求められます。また、造形に関わるツールとして、CADやBIMのような図面作成を効率化するものがあります。そのほかに、CGの分野で広く用いられている「MAYA」や、ARやVRといったヴァーチュアル空間の中で、建築空間を体験できるツールがあります
。では、ジオメトリは他業種ではどのように認識され使われているのでしょうか。建築の世界のなかだけにいると、考えが凝り固まってしまっています。頭を柔らかくするために、建築外の分野で活躍しているお二人にお話を伺いたいと思います。まずは自己紹介を兼ねて、どういった研究をされているのかをお聞かせください。
CGによる自然現象のビジュアルシミュレーション
菊池司──私は情報工学科の出身で、学生の頃からCGによる積乱雲のビジュアルシミュレーションの研究をしています。学生時代は、CG業界で一般的なツール(MAYAや3ds MAXなど)ではなく、C言語やC++を使ってゼロからプログラムを組む研究をしていました。
自然現象のビジュアルシミュレーションには決まったかたちの正解がなく、その生成過程をリアルにつくることが研究です。かつてのビジュアルシミュレーションは、物理学的に正しい計算式をきっちり解いていく方法もありましたが、意外なことに正しく計算されたものはリアルに感じられないことがあります。パントマイムがリアルに見えるのは、動作の誇張と省略があるからです。ビジュアルシミュレーションも物理的な正しさよりもリアルに感じられるほうがいいのです
。こうしたビジュアルシミュレーションを「プロシージャルアニメーション(Procedural Animation)」と呼びます。リアルに表現するための「手続き(Procedural)」をアルゴリズム化し、コンピュータに実装してビジュアルを生成するという手法です
。CGアニメーションは1秒間に30フレームで再生されます。つまり1秒間に30枚の画像がパラパラマンガのように連続するわけですが、1枚ずつ画像をつくるのでは時間がかかりすぎます。例えば、塔が崩壊する映画のシーンで、飛び散る破片の一つひとつの動きをアニメーターがすべて作画するのは、あまりにも大変です。そこで、キーフレームアニメーションという手法で、30枚のうちキーとなる1枚目と15枚目の絵を決めて、その間を計算で埋めていく。これを自動生成させるのが私の研究分野です。なかでも、物体が水中に落ちたときの泡や、海底で舞い上がる砂、雪崩の雪の動きなど、自然現象のシミュレーションに取り組んでいます
。- 菊池司氏
ゲーム開発における人工知能の開発
三宅陽一郎──私はゲームにおける人工知能の研究を行なっています。以前に在籍していたフロム・ソフトウェアでの仕事に「ARMORED CORE V」というゲームがあります。そこでは「3次元パス検索」というシステムが用いられています
。詳しくは後述しますが、これはAIで動くロボットたちが、ゲーム内の3次元空間を認識するための技術です。AIは空間を認識する能力がきわめて低いので、空間を「ボクセル化」と呼ばれる方法で、小さなボックスとして捉えます。すべてを同じ大きさでボクセル化してしまうとデータ量が肥大化するので、同じようなボックスは「焼きなまし法」という方法でくっつけていきます。このような仕方で空間を認識させて、3次元パス検索を行なっているのです 。ゲームのキャラクターは、3次元空間の中でキャラクター自身の身体の大きさを把握し、目の前の地形をいかに歩けるかを判断をする知的能力(=知能)が必要になります。その人工知脳は「認識」「意思決定」「運動構成」モジュールから構成されますが、最も難しいのは環境を認識する部分です
。例えば「この道は自分の運動能力では雪が積もっていて足をとられるから、雪の少ない所を歩こう」と考える必要があります 。人工的な存在(身体)を環境のなかで活動させるのがアクションゲームのキャラクターの人工知能です。- fig.0.1──キャラクターの人工知能
また、ゲームには大別して3つのAIがあります。ひとつは「ナビゲーションAI」です。キャラクター自らが3次元空間を認識して、目的に沿った場所を見つけ、経路を計算して移動します。もうひとつは「キャラクターAI」です。強化学習によってどんどん強くなったり、目的遂行のために状況に応じて行動計画を行なうAIです。そして、ゲームの状況を神様のように俯瞰する「メタAI」があります。ユーザーの緊張度を検出して、敵キャラクターの出現数を調整したり、レベルを動的に自動生成したりします
。私は、こうしたゲームのAIの研究開発や、人工知能に関する書籍の執筆などを行なっています。- 0. 建築のジオメトリと自己紹介
- 1. 各業界におけるジオメトリ操作
- 2. 業界の制限
- 3. 業界で進んでいないこと、面白いこと