BOSEの変革は「ちょうど間に合った」。正念場はこれからだ

創業60年のBOSEは、人間で言うなら還暦を迎えるタイミングだ。ノイズキャンセリング技術における優位性を維持している同社は、いまや車載オーディオやスマートグラスまでを幅広く手がけている。CEOのリラ・スナイダーに今後について訊いた。
BOSEの変革は「ちょうど間に合った」。正念場はこれからだ
Photograph: AbdoulNasser Mika

ボーズは創業60周年を迎えた老舗だ。しかしその若々しさを保った落ち着きは、例えていうなら大学院生といった印象も受ける。

あまり知られていないことだが、創業者であるアマー・G・ボーズは2011年、マサチューセッツ工科大学(MIT)に過半数の株式を寄付した。これを機に、ボーズは高等教育機関にとって最も重要なオーディオブランドとなり、事業の幅を広げていった。有線スピーカーや、ボーズ・ウェーブCDラジオと一緒に使うためのヘッドフォンを出しているメーカーだった時代もあるが、それはかつての話だ。

一時停滞しかけていたボーズだが、マッキンゼーでの15年の経験をもち、マサチューセッツ工科大学で機械工学の修士号を取得した最高経営責任者(CEO)、リラ・スナイダーの4年のリーダーシップ下では再び勢いを取り戻すことができた。

スナイダーが率いるチームは、パンデミック中ボーズの直営店が閉鎖し続ける中に舵を取った。ワイヤレスイヤフォンやBluetoothスピーカーが市場で不安定なスタートを切っている時期に、最高品質のモデルを提供させ、オーディオ業界変革の一翼を担った。

経営コンサルタントや技術系幹部は、企業を解体したり、商品価格を引き上げたりすることが多い。しかしスナイダーは身軽になったボーズを率いながら、アップルやソニーなどとの激しい競争の中でも、ノイズキャンセリング技術における優位性を維持し続けている。

いまのボーズで最もおもしろい点は、上場企業ではないので、トレンドを追いかける必要がないことだ。60年間、製品開発から小売戦略まで独自の革新性を維持し続け、自動車用ノイズキャンセリングやビームフォーミング技術を搭載したスマートグラスの開発を着実に進めながら、小規模会場向けのPAスピーカーシステムの開発にも取り組んでいる。

10年前のボーズは、ノイズキャンセリング以外の強みが少なかった。それがいまやソノスの牙城を脅かす勢いだ。

Photograph: AbdoulNasser Mika

60年間のサウンド

ここ60年間でパーソナルオーディオ技術をこれほど進化させたブランドはほとんどない。レコードプレーヤーからCDへ、そしてストリーミング、ポータブルリスニングへと移り変わる間、ボーズはハイエンドリスナー向けに競争力のある製品をつくり続けてきた。もっとも、初期のワイヤレスイヤフォンのいくつかは、大きすぎたり装着感が悪いデザインだったりと、失敗がなかったわけではないが。「このような文化の企業に参加するのは、なんとも不思議な経験です」とスナイダーは語る。

ボーズ初の女性CEOであるスナイダーは、幼少期から物をいじるのが好きで、初めてボーズのラジオを買うためにお金を貯めたという。「ボーズはわたしにとって憧れのブランドで、象徴的な存在でした。そういった企業に入ることになるとは、なんとも面白いご縁ですね」と彼女は語る。

もちろんスナイダーはもう、最新機器を買うために貯金までする必要はない。しかし、ボーズの社員になると友達から「社員割引はある?」と尋ねられるようになるのだと、スナイダーは冗談交じりに語る。

ボーズの製品は常に高価格帯に位置してきたが、一部には、そのブランド力に見合わない商品もあった。2010年代に投入されたノイズキャンセリングイヤフォンは大きすぎ、音質も平均的で、バッテリーもちもよくなかった。さらに、誰も欲しがっていなかったディスプレイ付きの高額なBluetoothスピーカーも販売していた。

スナイダーの就任直前、ボーズは小売業界からの期待が薄まっていた。当社は当時、オンライン販売やBest Buyなどの既存の家電量販店での存在を強化するという戦略へ舵を切り出していた。

直営店が期待していたような宣伝成果を出せていなかったため、ボーズはスナイダーの就任直前、劇的な方針転換を決断した。この「方針転換」という言葉は、しばしば「パニック」の遠回しな表現となるのだが、具体的には、オンライン販売に注力し、米国のBest Buyなど既存の家電量販店での展示を強化する戦略へと舵を切ったのである。

その結果ボーズの直営店は、米国、欧州、オーストラリア、日本にあった全店舗(119店)が閉鎖され、数百人の従業員が解雇された。いままでのところ、スナイダーの指揮下でオンラインと家電量販店への注力方針は、会社の見解としては「うまくいっている」ということだ。しかし、この作戦は、必ずしも成功するとは限らないものだった。

例えば、ナイキなどの大規模ブランドは、自社店舗から撤退したことで、売上低迷を経験した。違いはボーズがBest Buyなどの小売パートナーに注力したことだ。それにより、実店舗内での商品の存在感を高めつつ、オンライン小売業者にも焦点を当てることで、広範なリーチを維持しながらコストを削減した。スナイダーによると、ボーズを救ったのは、このスリム化されたアプローチと良質な新製品の組み合わせだった。

オーディオに完全にフォーカスした企業として、ボーズの強さを生み出しているのは研究力だとスナイダーは主張する。エンジニアたちは常に、素材、音響、設計、生産などの各分野でイノベーションを追求している。同社のソリッドステートドライバー技術について尋ねると、スナイダーは綿密な市場調査に触れながらこう語った。

「ボーズの面白いところは、60年間オーディオ企業としてあり続けてきたことです。この分野は競争が激しい市場です。ヘッドフォン、室内向け、車向けと常に激しい競争をくぐり抜けてきました。ユニークなのは、オーディオしかやっていないことです。保証してもいいですが、音にまつわる実験は何でもやってきました。世に出せる準備が整った技術は、すぐに出しています。わたしたちは常に、ゲームチェンジャーとなるテクノロジーを探し続けているのです」

その主張には裏付けがある。特にノイズキャンセリング技術に関してはそうだ。そもそもノイズキャンセリングはボーズが(乗客でなく)パイロットのために開発した技術で、その分野においてボーズは強い競争力を維持し続けている。

「プロ向け」の開発がブランド力に

ボーズは長年、パイロットたちと対話しながら、コクピットで安全・快適に過ごすための技術開発を続けてきた。『WIRED』が試した中で、最も完成度の高いノイズキャンセリングアルゴリズムをもつのは、ボーズ製品だった。それもそのはず、最新世代の「QuietComfort」ヘッドフォンやイヤフォンには、航空業界のプロ向けの技術が使われているのだ。

ミュージシャン向けのPA機器も、プロやセミプロの意見を採り入れながら開発しているとスナイダーは語る。そのことは、製品改良だけではなく、ハイエンドオーディオに興味をもつ人々へのマーケティングにもつながっている。「プロのミュージシャンは優れた耳をもち、いい音とは何かを深く理解しています。彼らの意見がボーズの製品に特別感をもたらしてくれるのです」とスナイダーは主張する。

ただ、長年保ってきたNFLとの契約は終了した。8年間にわたり、試合中にコーチらが使用するヘッドセットの公式サプライヤーを務めていたが、現在はソニーがその座を引き継いでいる。

Photograph: AbdoulNasser Mika
Photograph: AbdoulNasser Mika

未来を見つめる

ボーズが直面している課題は、どの業界のトップメーカーにも共通するものだ。ノイズキャンセリング技術で築いた優位性を維持し続けるために革新を続けること。そしてスピーカーやサウンドバーといったほかの製品でも同様の成功を収めなければならないことだ。

現在、スナイダーが最も注力しているプロジェクトのひとつは車のオーディオ開発だ。電気自動車(EV)の静かな環境では、外部ノイズが聴こえやすくなる。ボーズはさらに特化したノイズキャンセリング技術の開発を目指している。「これまでずっとあったように、ボーズにとっては音楽が中心的な存在であり続けるでしょう」。スナイダーはまもなく登場する新しい技術をほのめかしながら「これから市場に出る製品が非常に楽しみです」と語っていた。

インタビュー取材が終わった数週間後に、ボーズが発表した新しいノイズキャンセリングイヤフォンも、市場から高評価を得ている。AIベースの会話モードを搭載した新しいサウンドバーも発表された。さらにボーズは、Ultra Openイヤフォンを同社のサウンドバーとペアリングすれば、イヤフォンが疑似リアスピーカーとして機能し、擬似サラウンド・サウンドを楽しめるようになるという発表もした。スナイダーが言及していた「ジャンルを超えたリスニング体験」とは、まさにこのことだ。

今後もさらなるイノベーションが期待される。ビームフォーミング技術を導入したサングラス型スピーカー「Frame」が、ボーズ特有のノイズキャンセリング技術や、車用のパーソナルオーディオ体験とどのように組み合わさっていくのか、想像するだけでもわくわくする話だ。60年の歴史を経て、いまだ「ボーズの全盛期」は到来していないのではないか。わたしには、そんな風に思えてならない。

(Originally published on wired.com, translated by Miranda Remington, edited by Mamiko Nakano)

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