イーサリアムを生んだ23歳の天才が語る、ブロックチェーンのこれからと「分散の力」

ヴィタリック・ブテリンが19歳のときに考案した「Ethereum」(イーサリアム)は、ブロックチェーンの力を通貨を超えたすべてのものに与えることになった。若き天才は、いかにしてブロックチェーンに出合い、「分散型」という思想に魅了されることになったのか?果たして彼は、ブロックチェーンとイーサリアムの可能性をいかに捉えているのか?
イーサリアムを生んだヴィタリック・ブテリンが語る、ブロックチェーンのこれからと「分散の力」
PHOTOGRAPHS BY by SHINTARO YOSHIMATSU

ヴィタリック・ブテリンは、1994年、ロシア・モスクワに生まれた。6歳のときに家族とともにカナダに移住した彼は、小学生のときにはすでに数学や経済学の分野で驚くべき能力を発揮し、プログラミングを学んでいたという。神童はやがて、ビットコインに出合う。ブロックチェーン・テクノロジーのポテンシャルに魅せられた彼は、2013年、19歳のときにブロックチェーンプラットフォーム「Ethereum」(イーサリアム)を考案する。

イーサリアムの特徴は、「スマートコントラクト」と呼ばれる各ユーザーが設定した契約を扱えることだ。あらゆる目的のために使えるブロックチェーンプラットフォームといってもいい。この技術を活用すれば、人が行ってきた取引や契約を、改ざん不可能なかたちで自律的に行うことが可能になる。それはビジネスや組織のあり方を根本的に変えうるポテンシャルをもつ。またイーサリアムで使用されるトークン(仮想通貨)の「ETH」(イーサ)は現在、世界に700以上ある仮想通貨のうち、ビットコインに次ぐ市場規模をもつ。2017年6月時点で、その時価総額は約2兆3,500億円を超える。

送金、決済、デジタルアイデンティティ認証…。いま、イーサリアムを基盤として世界中でさまざまなサーヴィスが登場している。ヴィタリック自身も、日本を含むアジアを拠点にサーヴィスを展開する分散型の決済プラットフォーム「OmiseGO」のアドヴァイザーを務めている。

果たしてイーサリアムを生んだ若き天才は、ブロックチェーンの未来に何を見ているのか? 2017年夏に来日したヴィタリック・ブテリン、そしてOmiseGOのスペシャルアドヴァイザーを務めるトーマス・グレコに訊いた。

取材は8月某日、渋谷のあるクラブにて行われた。ヴィタリックが来日するのは今回が3度目だという。

「8.5BTCでTシャツを買ったことを覚えている」

──まずは、ビットコインとの出合いから教えてください。

ヴィタリック・ブテリン(VB) :17歳のころに、父がビットコインについて教えてくれたのが最初だった。「おもしろい仮想通貨があるぞ」と父は教えてくれたんだけど、そのときはコンピューター上に書かれたただの数字の羅列にしか見えなかったんだ。その本質的な価値に気づいていなかった。でもそれから1カ月後に、どこかでまたビットコインに関する話を聞いたんだ。そのときになって、ようやくビットコインについて調べてみたほうがよさそうだと思うようになった。

ヴィタリック・ブテリン|VITALIK BUTERIN
1994年ロシア生まれ。プログラマー。イーサリアム考案者。『Bitcoin Magazine』共同創業者。決済プラットフォーム「OmiseGO」アドヴァイザー。2016年、『Fortune』誌の「40 Under 40」に選出されている。@VitalikButerin


1994年ロシア生まれ。プログラマー。イーサリアム考案者。『Bitcoin Magazine』共同創業者。決済プラットフォーム「OmiseGO」アドヴァイザー。2016年、『Fortune』誌の「40 Under 40」に選出されている。@VitalikButerin

それからビットコインの情報が集まる掲示板を読んで、知識を得ていった。あるとき掲示板でビットコイン関連のブログの記事を書く仕事を見つけて、1記事あたり5ビットコイン──当時は4ドルくらいだった──をもらいながら記事を書いたよ。その仕事で20ビットコインを稼いで、8.5ビットコインを使ってTシャツを買ったのを覚えている。

ひとつの企業がネットワークを構築するのではなく、何千という人々が自分のコンピューターを使うことでネットワークをつくるというアイデアはクールだと思った。そうしてつくられる新しい金融システムは個人に力を与えるものだ。このときからぼくは、どんどんビットコインにのめり込んでいった。

──イーサリアムのアイデアはどのように思いついたのでしょうか?

VB :ビットコインとの出合いから2年後、ぼくは大学に通っていた。でもそのとき、週に30時間以上をビットコイン関連のプロジェクトに費やしていることに気づいたんだ。ぼくは大学を辞めることを決め、世界中のビットコインのプロジェクトを見て回る旅に出ることにしたんだ。ビットコイン界でいま何が起きていて、人々はどんなことをやっているのかを知るためにね[編注:ヴィタリックは当時、ピーター・ティールが大学中退者に10万ドルの支援を行う「Thiel Fellowship」に選ばれている]。

旅は5カ月続けた。そのなかで次第に、人々がブロックチェーンを仮想通貨以外の目的に使おうとしていることに気づいた。分散型の送金システム、モノの売買、個人認証、クラウドファンディング…。そうしたさまざまな用途のアプリケーションにブロックチェーンが活用されていることを知ったんだ。でもそのときに人々が使っていたブロックチェーンのプラットフォームが、彼らをサポートするのに十分ではないとも思った。

──十分ではない、というのは?

VB :特定のひとつ、あるいはいくつかのアプリケーションのためだけに設計されたブロックチェーンをつくる代わりに、あらゆる目的のために使えるブロックチェーンのプラットフォームをつくればいいんじゃないかと気づいたんだ。少しのコードを書いて、アップロードするだけで、個別のアプリケーションのためのブロックチェーンシステムが手に入れられるようなプラットフォームだ。それがイーサリアムの核となるアイデアにつながっていった。

──アイデアを思いついた瞬間、というのはあったのでしょうか。

VB :あるひとつの出来事があったわけじゃない。アイデアは1カ月くらいかけて徐々にかたちになっていったんだ。最初はぼくも既存のブロックチェーンプロジェクトに参加をしていたんだけど、ブロックチェーンをもっと一般化なかたちで使う方法があると気づき始めた。そこでブロックチェーンを、あらゆるアプリケーションで機能させる方法を探したんだ。それから1カ月かけて、まったく新しいプラットフォームをゼロからつくることで総合的な目的に使える仕組みを生み出せるはずだという考えに至った。

VOL.25「ブロックチェーンは世界を変える」

2016年10月発売の『WIRED』日本版VOL.25は、「ブロックチェーン」特集。未来学者ドン・タプスコットからのメッセージ、岩井克人のビットコイン論、斎藤賢爾が語る5つの可能性。ビジネスパーソンの「次の常識」ともいえるブロックチェーンの基礎を学び、ポテンシャルを読み解くための1冊。

──ビットコインに魅了され、ブロックチェーンの力をあらゆるものに適用できる方法を突き詰めていったということですね。ところで、サトシ・ナカモト(ビットコインプロトコルの発明者として知られる正体不明の人物)を“神”のように崇拝しているとお聞きしました。

VB :もちろん。サトシ・ナカモトは30〜50歳くらいの男性だと思う。そして実際に日本人なんじゃないかと思うよ。なぜかといえば、日本人の名前を使っているからそういう気がするというだけだけれど(笑)。大発明を生み出すためには2つの方法があると思っている。ひとつは50人くらいの人々が集まり、1億ドルといった大金をかけることで生み出せるもの。そしてもうひとつは、ひとりの人間が自分の部屋に長い間こもって生み出されるもの。ビットコインは後者だよね。

ネコのキャラクターが描かれた時計とバッグを身に着けていたヴィタリック。時折見せるチャーミングさが、彼が23歳であることを思い出させる。

「ぼくを惹きつけてやまないのは『分散型』というアイデアだ」

──あなたにとって、ブロックチェーンの魅力とは何なのでしょう?

VB :ブロックチェーンの魅力は、これまでとはまったく異なる方法でアプリケーションの構築を行えるところにある。ぼくを惹きつけてやまないのは「分散型」というアイデアだ。フェイスブックのようなひとつの企業にコントロールされるネットワークの代わりに、人々がコラボレートすることでできるネットワークを構築することができる。ひとつの会社やひとりの人間に支配されることはない。そしてそこには、より効率的で、より公平なマーケットが生まれる可能性がある。人々のやりとりが透明化されて、攻撃されにくい、よりレジリエントなシステムが生まれる可能性がある。それらすべての特徴が、人々のためになると思う。

たとえば、ぼくらはいま、いくつかのデジタルアイデンティティをもっているけれど、それぞれのデジタルアイデンティティはひとつの企業によってコントロールされている。さまざまなサーヴィスにログインするためにGoogleアカウントとTwitterアカウントとFacebookアカウントを使うけれど、それはグーグルやツイッターやフェイスブックといった企業がぼくらのデジタルアイデンティティを管理下に置いていることにほかならない。ヤツらはぼくらがどんなサーヴィスを使っているかを知っているし、アカウントを閉鎖することだってできる。そして誰かがそうした企業をハッキングしたら、別のアカウントになりすますこともできる。

でも、ブロックチェーンを基盤とした分散型のプラットフォームならばどうだろう。人々が、自分のデジタルアイデンティティを自分の管理下に置くことができるプラットフォームだ。あるアプリケーションを使いたいと思ったときには、自分で自分のアカウントが本物であることを確かめることができる。ひとつの会社が全員のアイデンティティを管理する代わりに、そのアプリケーションにかかわる人々によって管理されることになる。より分散型のウェブ、と呼ぶことができる。

OmiseGOスペシャルアドヴァイザーのトーマス・グレコ(左)。

──おふたりが手がけるイーサリアムを基盤とした決済プラットフォーム「OmiseGo」では、そうしたブロックチェーンの特性をどのように生かしているのでしょうか?

トーマス・グレコ(TG) :OmiseGOには、ネットワークレイヤーとアプリケーションレイヤーの2つに大きなアイデアがある。ネットワークレイヤーのアイデアは、誰も所有できない仕組みであること、そしてパーミッションレス型のパブリックブロックチェーンであることだ。ビットコインやイーサリアムのように、誰もがサーヴィスの運営に参加できるし、誰もが運営をサポートすることでお金を稼ぐことができる。そしてアプリケーションレイヤーのアイデアは、メインストリームのデジタルウォレットを使っているユーザーでも使えるネットワークであることだ。

ぼくはクリプトアナキスト

ブロックチェーンの力でヒューマニティを奪還するべく権威と戦う静かなる21歳のアナキスト、ルイス・アイヴァン・クエンデの肖像。

つまり、個人でも企業でも銀行でも、誰もが参加することができ、異なるブロックチェーン間でもやりとりが可能なんだ。ビットコインとイーサを交換することも、もし企業が望めば、彼らのウォレットサーヴィスでビットコインやイーサを扱うことも可能になるということだ。

──OmiseGOは、タイを拠点にして、インドネシア、シンガポール、そしてここ日本でも事業を展開しています。アジアのマーケットにこうした分散型、かつサーヴィス横断型の決済プラットフォームを普及させる意義とは?

TG :クレジットカードの普及率が低いアジアでは、これからますます電子通貨が必要とされるようになるだろう。多くの企業が新しいウォレットサーヴィスをつくろうとしている。だがそのときに問題となるのは、異なるスタンダードをもつ企業の電子通貨同士では互換性がないことだ。だがブロックチェーン技術によって、各企業がそれぞれのスタンダードを保ったまま、共有の決済プラットフォームを構築できるようになる。

ヴィタリックは、常に「世界中のあらゆるところに住んでいる」と語る。世界を飛び回りながらブロックチェーンの可能性を模索し続けている。

「イーサリアムはもっとパワフルになると信じている」

──日本では2017年春に仮想通貨法(改正資金決済法)が施行され、仮想通貨に対する法整備が進んでいます。日本市場のことをどのように捉えていますか?

VB :日本の仮想通貨への適応レヴェルは驚くべきものだ。ビットコインでの支払いに対応している企業が増えているのも知っているし、その状況はほかの多くの国よりも間違いなく進んでいる。日本は新しいテクノロジーを受け入れることに抵抗が少ない国だと考えている。

──その一方で、2014年に起きたMt.Goxの破綻によって、日本にはビットコインに対して悪い印象をもつ人もいます。

VB :その通りだね。でもぼくは、ビットコインで起きた問題は、あらゆる新しい、かつ急速に成長するテクノロジーにはつきもののものだと思う。突然ある産業が大きくなって、突然多くのユーザーが現れる。大金を稼ぐチャンスがあり、それをさらに大きくするチャンスが転がっている。そしてなかにはテクノロジーの本質がよくわからないままに参加する人もいる。こうした環境では、ハッキング、詐欺、窃盗が起きるのはある意味では当たり前だ。

でもこの2〜3年で、ビットコイン関連のハッキングや犯罪は減っているんだ。今年の7月にはMt.Goxの事件にかかわったといわれる人物(ロシアのBTC-e取引所のアレクサンダー・ヴィニック)も逮捕された。これが意味するのは、業界自体が成熟しつつあるということだ。The DAOが2016年6月にハッキングにより約65億円を失ったのも、できてから2年も経っていないときの出来事だった。

今後2〜4年ほどの間に、ブロックチェーン技術のスタンダードが確立され、それを使う人々も賢くなり、ブロックチェーンを使って「何をすべきか/すべきでないか」「何を避けるべきか」を理解するはずだ。どんな新しいテクノロジーもそうであるように、ブロックチェーンにはリスクがある。しかしそれと同時に、この革命的テクノロジーには大きな価値をもたらす可能性に満ちている。長期的な視点で見れば、ぼくらはブロックチェーンから恩恵を受けることができると思う。

史上最大の闇サイト「Silk Road」の盛衰

ヴィタリックが言及した「Silk Road」とは、ビットコインの存在を世界中に印象づけた史上最大の闇サイトだ。ユートピアを夢見ながらダークサイドに落ちてしまった青年ロス・ウルブレヒトの劇的な逮捕を、『WIRED』日本版VOL.25より一部転載。

──ブロックチェーンをよりよく使うために必要なことは何だと考えていますか?

VB :Silk RoadもBitfinexも、分散型ネットワークで運営されているはずなのに「脱中央」という考えに従っていなかった。ひとりの人物がネットワークを支配していて、彼らが大金を稼いでいるんだ。こうしたリスクを減らすためにぼくらが長期的にやらなければいけないのは、ブロックチェーンというテクノロジーを支える「分散」という原理を保つこと。その原理がきちんと機能することは、この8年間でブロックチェーンがさまざまなサーヴィスに適用されてきたことを見れば明らかだ。

たとえば、これはひとつのアイデアに過ぎないけれど、あるプロジェクトを行うひとりの人物に5,000万ドルを投資するのではなく、「プロジェクトそのもの」に投資をすることはできる。同じプロジェクトを行ういくつかのチームをつくって、あるチームにお金を与えてみる。そのチームがうまくいかなければ、別のチームにお金を与えてみる…という方法だ。こうしたメカニズムをつくれれば、The DAOと同じような過ちを冒すリスクは減り、より脱中央的な方法でプロジェクトを進めることができる。

──最後に、長期的な目標を教えてください。

VB :特にないね。ただ少なくともいまは、イーサリアムのシステムをよりよくすることを考えていきたい。ユーザビリティとスケーラビリティの両方を、バランスよく伸ばしていくということだ。そのためにはブロックチェーンの技術を、もっと速く、簡単に、そして安価に使えるものにしなければいけない。セキュリティーについての課題もある。ブロックチェーンをハッカーの攻撃から守り、どうすれば安全なものにできるかということに取り組み続けていかなければいけない。

ブロックチェーンは、まだまだ急速に進化し続けているテクノロジーだ。ぼくはそれをさらに進化させるために取り組んでいくよ。そしてイーサリアムにもまだまだ改善できるところはあるし、いまよりももっとパワフルなものにできるはずだと信じている。

PHOTOGRAPHS BY by SHINTARO YOSHIMATSU

TEXT BY by KOTARO OKADA


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