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アダム・ロジャース

科学と雑多なオタク趣味に関する記事を執筆している。『WIRED』に加わる以前は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のジャーナリスト向け奨学プログラム「ナイト・サイエンス・ジャーナリズム」の研究生に選ばれた他、『ニューズウィーク』誌の記者を務めていた。著書『Proof: The Science of Booze』は『ニューヨーク・タイムズ』ベストセラーに。

授業の初日、ジョージ・ワシントン大学の数学者ダニエル・ウルマンは、学生たちにある実習をさせる。まずA、B、Cの3人の候補者が争う三つ巴選挙を想定したうえで、学生たちに投票者99人のプロフィールを渡す。この人はAをBより、BをCより好む、次の人はAをCより、CをBより好む……という内容が99人分続く資料だ。

そしてこの資料をもとにクラスで3種類の選挙──最も多くの票を獲得した人が勝つ「多数決方式」、候補者の選好順位を記した投票をもとに一対一の対決を連続して行なう「コンドルセ方式」、同じく選好順位を記した投票をもとに、勝者が出るまで集計を続けていく「順位選択方式」──を行なった。

ウルマンの実習でどのようなことが起きるかは推測できるだろう。それぞれの投票方法で、異なる勝者が生まれる。どの方法も間違ってはいなし、誰も不正をしていない。しかし、それでも、同じ投票で、異なる集計結果が出て、異なる勝者が生まれるのだ。それはよくないことのような気がするのではないだろうか。

だが、数学者であるウルマンは、数字が常に真実と一致するわけではないことを誰よりもよく知っている。「わたしはこの選挙が接戦になるようにデータをつくっています」。彼はそう言って、信頼できる数学によって未来がどれほど違ったものになるかを示すために、99人の架空の有権者のプロフィールを作成した方法を説明してくれた。「選挙結果が圧勝なら簡単です。すべての有権者が同意すれば、このような問題を心配する必要はありません。しかし接戦になると、こうしたことが重要になります。そして、米国では選挙が接戦になることが非常に多いのです」

より完璧な合意形成とは

実際のところ民主主義は、より完璧な合意形成を目指すことを約束しているだけで、実際に完璧な合意形成ができているというわけではない。何十年もの間、社会的選択理論と呼ばれる研究分野では、揺れ動いていた投票をさらに激しく揺さぶるための新しい方法が模索されてきた。厳正さを求める選挙運動員たちは、「勝者」が実際に勝者であることを確認するために、公正で、公平で、実現可能な方法で多数の人々が自分の好みを表現できるよう投票方法をあれこれいじくり回してきた(承認投票だ! 二乗型投票だ! 評価投票だ! という具合に)。

優先順位付投票(Ranked Choice Voting)は最近人気のある方法で、もしかしたら米国人が一番よく知っている多数決による勝者総取り式の選挙よりも優れているかもしれない(何をもって「より優れている」というかは諸説あるが……)。ニューヨーク市ではいま、民主党の市長候補がこの方法で選ばれようとしている[編註:原文執筆時点。2021年6月22日に行なわれ現ブルックリン区長エリック・アダムスが民主党の市長候補となった]。もしこの選挙がうまくいけば、もしかしたらあなたの次の投票も順位選択式になるかもしれない。

民主主義の目標が、有権者の最大の参加を得てできるだけ民意を反映した政治体制をつくることであるならば、選挙は有権者の真の願望を把握するための調査メカニズムだ。一方で選挙では、コスト・ベネフィット(費用対効果)についても考えなければならない。

有権者にとってのコストとは、誰に投票するかを考え、実際に出向いたり郵便を使ったりして投票するのにかかる時間だ(このコストは、ある場所では他の場所よりも高く、たとえば長い行列ができたり、期日前投票や郵便投票の選択肢が少なかったりするし、また特定の種類の人々──多くは貧困層や有色人種──にとっては高くなる場合がある)。

ベネフィットとは、政策が制定されたり、望ましい人物が代弁者として権限をもつ立場になったりすることだ。よいシステムは、コストを削減して投票を容易にし、メリットを増やして投票者の要望をより多く反映する投票を実現し、理想的にはその要望を法律や行動に変えることを可能にする。

米国人が最も慣れ親しんでいるのは多数決方式だが、このタイプの投票は、人々の願望を最も正確に反映するものではないかもしれない。それは、候補者が多数で、どちらか一方ではなくさまざまな選択肢がある選挙の場合に特に言えることだ。

優先順位付投票のベネフィット

ニューヨークで採用されている優先順位付投票(即時決戦投票: Instant Runoff Voting(IRV)とも呼ばれる)では、1回目の集計で過半数を獲得した候補者がいない場合、得票数の最も少なかった候補者がまずこの時点で落選する。2回目の集計では、落選した候補者を1位に投票していた有権者が2位に選んでいた候補者にその票が割り振られる。これがくり返され、最終的に過半数を獲得した候補者が当選する。長引いた18年のサンフランシスコ市長選挙を見ればわかるように、この方式は結果が出るまで時間がかかる場合がある。

この方式ならいいかもしれない! 賛成派によると、たとえ勝者が自分の第一候補でなくても、何らかの形で勝者を選んだという感覚をより多くの人に与えることができるという。ペンシルヴェニア大学の〈Program on Opinion Research and Election Studies〉のデータサイエンス部長であるスティーブン・ペティグルーは、「政治家を選出しても、その人が有権者から30%の支持しか得られなかったとすると、なんだかまずい感じがしますよね」と言う。

「優先順位付投票は、そのような問題を解決してくれます。この方式は、最終的に役職に就く人が、何らかの形で半数以上の支持を得たことを保証するからです」。候補者は他の候補者の熱狂的な支持者を遠ざけることを避けたいと思うだろうから、キャンペーンにおけるネガティヴな要素や攻撃性も抑えられるはずだ。

加えて、より幅広いイデオロギーの候補者が選挙に参加できるようになり、二大政党以外の候補者──リバタリアン、緑の党、無政府主義者、その他なんでも──にも有権者の第3の選択肢として機会が与えられるだろう。また、ふたりの候補者の間で票が割れる可能性がある場合に、別の党の候補者がスポイラー(妨害者)の役割を果たすことを防ぐこともできる。

こんな風に考えてみてほしい──00年の大統領選挙で、ラルフ・ネーダーに投票した有権者がアル・ゴアを第2希望に挙げていたかもしれないと想像してみよう。あるいは、もっと近いところでは、ジョージア州の20年の大統領選挙と上院選挙における集計を見てみよう。この選挙が順位選択式で行なわれていれば、民主党およびリバタリアン党の候補者と戦った共和党の上院候補者の少なくともひとりが当選していたと考える選挙専門家もいるのだ。

「ひとり決めるだけも容易ではない」

いま挙げたのはベネフィットだが、当然ながら順位選択式にはコストの面もある。技術的には投票者がそうしようと思えば、システムを利用して、一見自分の利益にとって最善でない投票をしたり、嫌いな人を負けさようとしたりすることもできる (例えば、わざと嫌いな人を2位に投票して、さらに嫌いな人を排除しようとすることなどが考えられる) 。

つまり、このシステムは、選挙研究者が言うところの「モノトニック(単調)」ではなく、政治に詐術(なんと!)をもち込む可能性があるのだ。「しかし、これは理論上の話です」とエモリー大学の数学者であるヴィクトリア・パワーズは言う。「実際にこうしたことが現実の状況で起こるかどうかは誰にもわかりません」

それより可能性が高いのは、人々がこのシステムそのものを理解しないことだ。「大多数の有権者は、政治に関心をもっていません。人によっては、代表者としてふさわしいと思う人をひとり決めるだけも容易ではないこともあります」とペティグルーは言う。

優先順位付投票では、従来とは異なる経歴をもつ候補者や、まだ充分な支持を得ていないグループの候補者に選挙を開放する可能性があるだけでなく、より複雑な投票用紙が、教育を受けていない人や説明の言語に慣れていない人にとって、投票をこれまで以上に難しいものにしてしまうことも考えられる。

また、候補者の数が投票枠の数よりも多い優先順位付投票の場合は、何割かの投票者が最終的に除外されてしまった人ばかりを選んでしまう可能性がある。そのような投票用紙は、最終的な集計の前に「用済みになってしまう」ので実質的にはカウントされないことになる。「それもちょっとおかしいですよね」とペティグルーは言う。

ニューヨーク市の壮大な実験

確かなことは誰にもわからないが、ニューヨークがそれを解明する場所になるかもしれない。優先順位付投票は、これまではサンフランシスコやマサチューセッツ州ケンブリッジのような、比較的小ぢんまりとした均質的な場所でしか行なわれてこなかった。しかし、ニューヨーク市には幅広い社会経済的・民族的背景をもつ500万人以上の潜在的な有権者がいる。こうした有権者がいままさに現実の世界で優先順位付投票を行なおうとしているのだ[編註:21年11月2日の本選挙でも導入される]。

「理論的には、社会経済的地位が低く、所得が低く、投票に消極的な人々が、投票用紙が複雑になることで不利になる可能性があります」と話すのは、プリンストン大学選挙イノヴェーション研究室の博士研究員で、優先順位付投票を専門にしているジェシー・クラークだ。「それは、わたしたちがニューヨーク市の選挙で研究しようとしていることのひとつです」と彼は言う。今回の選挙は、選挙研究者にとって膨大なデータの蓄積となるはずで、彼らはいまからそれを心待ちにしている。

例えば、ニューヨークの予備選挙後、クラークと彼のチームは、使用済みの投票用紙を投票者の人種別に調べることになっている(投票者の人種は、投票場所から不完全ではあるが有意に推測される)。「これまで深く研究されてこなかった理由は、優先順位付投票が実施された場所を見ると、どこも有権者がかなり均質な地域だったからです」とクラークは言う。

「ニューヨーク市は多様性に富んでいるので、研究者にとってとても魅力的です。このような多様性は、かつて全米で最も白人の多い州だったメイン州では見られません」(クラークはメイン州で育ち、同州がこの方式を最初に導入した議会区のひとつであることをよく知っていた。彼がこのシステムに興味をもったのもそれがきっかけだった)。

クラークは、最終的には、優先順位付投票によって選挙戦の醜い面が抑制されるかどうかを定量化することもできるかもしれないと言う。例えば、感情分析の手法を使えば、候補者らが広告でどれだけ意地の悪い言葉を使ったかを集計することができる。先週、クラークに会ったとき、彼は楽観的だった。「まだ1週間と経っていないのにもう効果が出始めました」と彼は言った。「ニューヨークの政治は、理論的にはもっとずっと意地の悪いものになるはずなんです」

彼の判断は少し早過ぎたようだ。確かに前大統領候補のアンドリュー・ヤンは、有権者に対して自分を1位に、別の候補者であるニューヨーク市衛生委員のキャサリン・ガルシアを2位にすべきだと言ったが、ガルシアの方はそれに応じなかった。ヤンを含む対立候補たちが、やはり候補者のひとりであるブルックリン区長のエリック・アダムスを、実際にはニューヨークに住んでいないと非難し、アダムスは、ガルシアとヤンがジューンティーンス(奴隷解放記念日)に選挙運動を行なうのは人種差別的だと言い、これをさらにもうひとりの候補者であるマヤ・ワイリーが非難した。アダムスはヤンを「嘘つき」「詐欺師」と呼んだ。ニューヨークよ、大丈夫か? と言いたくなる有様だ。

多元的なパラレルフューチャーへ

だが、優先順位付投票を支持する人々にとって、これらは成長に伴う痛みでしかない。「そのなかには、政治システムに関わるすべての人にこの方式に順応してもらうことが含まれます。候補者には立候補の仕方を、有権者には、より意見を表明できるこの投票用紙の使い方を学んでもらうのです」と言うのは、優先順位付投票の全米支援グループであるRank the Voteの代表、ネイサン・ロックウッドだ。彼は、優先順位付投票の満足度は人々がこの方式を利用するたびに高まっていて、ニューヨークがムーヴメントの始まりになるかもしれないという。

ほとんどの研究者は、共和党が選挙に関する他のさまざまな権利を抑制しようとしているなかで優先順位付投票が全米に広まったとしても、格差の拡がりを止める鍵にはならないだろうし、投票する人を増やすこともできないだろうと考えている。

「メイン州では総選挙の際に、市民的なキャンペーンの拡がりは見られませんでした。しかしそれは現在の党派性がそうなっているからです。熱心な共和党員は、左派の無党派候補には投票しないし、順位付けさえしません。逆もまた然りです」とクラークは言う。それでも、第三党の候補者に投票する人は増えているようで、おそらくその割合は5%程度だろう。大した割合ではないと思われるかもしれないが、ふつう選挙学者がその規模の変動を目にするのは、新しい人口集団が選挙権を得たり、古い人口集団が亡くなった場合だけだ。

だが皮肉なことに、優先順位付投票は、政党エリートの力を強化する役割も果たす。もし、テッド・クルーズとマルコ・ルビオの支持者が、ドナルド・トランプに対抗して1位-2位指名で連合を組んで活動できていたら、16年に誰が共和党の候補者になっていたかわからない。ウルマンの授業初日の実習が教えてくれたように、すべての選挙が、わたしたちの目の前で枝分かれする多元的なパラレルフューチャーへと開かれた窓なのだ。そうした選挙が、有権者の意思をよりよく反映したものになればよいのだが。

ニューヨークの選挙は、どのような選挙制度を用いるべきかを知るための大きな一歩となるかもしれない。

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